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書籍レビュー『TR-808〈ヤオヤ〉を作った神々』田中雄二(2020)電子楽器と駆け抜ける40年

リズムマシンを楽器にした名機

現在のようにパソコンが普及するまで、
電子音楽ではシンセサイザー、
サンプラー(外部の音を取り込み加工)、
リズムマシンを使って
作られるのが一般的でした。

本書で取り上げられている
ローランドの「TR-808」
通称「ヤオヤ」は、
’80~’83年に製造されていた
リズムマシンの名機です。

TR-808 以前のリズムマシンでは、
あらかじめセットされた
リズムパターンしか
鳴らすことができませんでした。

TR-808 が画期的だったのは、
プレイヤー自らが、
様々なリズム、
音色を設定できるようにしたことです。

TR-808 の登場によって、
リズムマシンは、
「リズムをとるための機械」から
リズムや音色を作ることのできる
「楽器」へと進化しました。

TR-808 の世界的な成功

TR-808 をはじめとする、
’80年代のローランドのリズムマシンは
伝説的な名機として知られています。

その由縁は、日本国内だけでなく
海外の音楽シーンで
多用されたことにあります。

海外アーティストの使用例として、
有名どころでは、
アメリカの黒人シンガー、
マーヴィン・ゲイの遺作となった
『Midnight Love』(’82)が挙げられるでしょう。

モータウンを追放された
マーヴィン・ゲイは、
アルバム制作の際に、
奏者を集める予算もなかったため、
レコーディングに TR-808 を使用しました。

それまで R&B の分野では、
このような楽曲制作の手法が
取られたことはありませんでした。

多くのシンガーは、
本番録音前のデモの段階に
リズムマシンを使用することが
あったのだそうです。

そのため、発表当初、
『Midnight Love』の斬新なサウンドは、
「デモテープまがい」と揶揄されました。

ところが、このアルバムは、
シングルカットされた曲が、
英米のトップチャートに入り、
アルバム自体もグラミー賞を獲得しています。

それまでの R&B では、
ありえないサウンドでしたが、
今の耳で聴けば、
まったく古臭さを感じさせないサウンドです。

TR-808 のサウンドが
新しい R&B のフォーマットを作ったのですね。

時代に翻弄される楽器メーカーの葛藤

この他にも’80年代の
ローランドのリズムマシンは、
製造中止になってからも
クラブミュージックの音楽で、
定番のサウンドとなりました。

ヒップホップ、アシッドハウスなど、
幅広いジャンルで使われました。

これらのジャンルで、
ローランドのリズムマシンが
使われたのは、
それらが海外の市場で大量に
安売りされていたからでした。

貧しい黒人の若者たちが、
それらを手に入れ、
独自のサウンドを作り上げたわけです。

ちなみに、2016年にヒットした
ピコ太郎の
『ペンパイナッポーアッポペン』でも
TR-808 が使用されていました。

本書は、その名機・TR-808を
はじめとする電子楽器を
手掛けた製作者・菊本忠男氏への
インタビューを中心に構成されています。

深い部分は、
実際に電子楽器に
触れたことのある方でないと、
なかなか難しいところもあります。

しかし、これを読めば、
一通り電子楽器の歴史が
わかるでしょう。

80年代までは、
電子楽器もハードの時代で、
ヤマハ、ローランド、コルグ
といった三大メーカーが、
世界的な成功を収めていました。

この状況が変わってきたのは、
90年代以降にパソコンが普及し、
ソフト上のシンセが一般的になった頃です。

そういったタイプのビジネスモデルでは、
海外の少数精鋭の個人企業が台頭し、
日本の楽器メーカーは、
規模の縮小を余儀なくされました。

そんな状況の中で、
日本の技術者たちは、
どんなことを考え、
何を作っていたのかも
語られています。

TR-808 をメインとしつつも、
音楽業界、コンピューター業界など、
さまざまな産業の歴史に触れられるのも
本書のおもしろいところです。


【書籍情報】
発行年:2020年
著者:田中雄二
出版社:ディスクユニオン

【著者について】
雑誌、書籍編集者を経て、
現在は制作会社の
映像プロデューサー。

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