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書籍レビュー『書と日本人』石川九楊(2004)政治制度を利用するために漢語・漢文を輸入した


政治制度を利用するために
漢語・漢文を輸入した

本書は書家、書道史家である
著者が日本の「書」の歴史について
綴った本です。

「書」というと、「書道」「本」
といったいくつかの意味を持ちますが、

本書では、「書道」を中心としつつも、
日本の文学史も含め、
幅広い範囲で捉えられています。

本書によれば、わが国における、
もっとも古い「書」の歴史は、

西暦57年の『漢委奴国王印』
(かんのわのなのこくおういん)
だそうです。

漢委奴国王印
Wikipedia より引用)

この金印は、漢(中国)の
支配下にあった委(わ)の地方にある
奴国の王への贈り物です。
(なこく、なのくに。現在の福岡と推定)

こう書くと、「記念品」のような
気軽なイメージを
持たれるかもしれませんが、

実際にはそうではなくて、
中国の皇帝を中心とする
東アジアの政治体制に
組み込まれた証でした。

つまり、当時の奴国は、
東アジアの政治体制に精通し、
漢詩・漢文を読み書きできる
状態にあったことが推測できます。

では、中国にはいつから
文字があったのかというと、
少なくとも紀元前200年頃にはあり、

その頃には大陸の中央部から、
周辺の国々に漢語が
流れていったとされています。

識字層は、ごく限られたもので、
国王と高級官僚に限られていました。

そして、その時代の東アジアでは、
漢語によってのみ、
政治制度や政治思想が
成立できたので、

漢語・漢文に精通した人物が、
国王であり、高級官僚だったのです。

女性がいたからこそ、
確立された和文・和歌の世界

中国から漢字が伝わり、
それを読み下すために
日本独自の「仮名」が生まれた、
という話は以前から知っていましたが、

その漢字・漢語・漢文が、
中国の政治体制を輸入するために
浸透したというのは、

本書を読むまで、
想像すらできませんでした。

漢字が文字のシステムとして、
優れていただけでなく、

そこに付随する政治システムが
当時の日本からすれば、
とても優れたもので、

それを利用したいからこそ、
漢字が日本でも浸透したのですね。

そして、文字の歴史において、
日本と中国が
大きく違うところは、

日本では「書」の世界に
女性が入ってくるのが
早かったことが挙げられます。

「漢字」は「男手」
「平仮名」は「女手」
と言ったりもしますが、

もともと「漢字」は、
政治的な正式な文書に用いられ、
まさに「男」の世界の文字でした。

一方の「平仮名」は、
905年に『古今和歌集』によって、
和歌が誕生し、

『古今和歌集仮名序』
Wikipedia より引用)

その後、『土佐日記』(935年)、
『伊勢物語』を経て、

1000年過ぎには、
紫式部による『源氏物語』が
登場しています。

紫式部
Wikipedia より引用)

さらに、その少し後に
清少納言の手によって
『枕草子』が生まれ、

清少納言
Wikipedia より引用)

漢文とは異なる
和文・和歌が成立しました。

これらの作品は
「平仮名(女手)」を
主体にして綴られ、

恋愛・性愛など、政治の世界とは
一線を画す文学が生まれたのです。

遊郭は街に出た後宮

本書では、このように
日本の書の歴史がわかりやすく
解説されているのですが、

中でも、出色なのが、
この「女手」の歴史の中に、
遊女を入れたところです。
(第6章「遊女と書」)

『源氏物語』を書いた紫式部、
『枕草子』を書いた清少納言は、
ともに貴族でした。

貴族階級だからこそ、
幼い頃から漢文に親しみ、
文を書くことができたわけですね。

著者が言うところによると、
「遊郭は街に出た後宮」であり、
遊女がその文化を受け継いだ
とされています。

本書の中には、
実際に遊女が筆を持って
書を書いたり、

本を読んだりする姿が
描かれた浮世絵の写真が
いくつも掲載されています。

遊女と言えば、容姿が艶やかで、
華やかに着飾ったイメージですが、

それだけではなく、
教養が求められる
職業だったんですね。

この他にも本書では、
寺子屋が日本にもたらした
識字率の向上、
(第5章「寺子屋の手習い」)

日本と中国の文化の関係、
(第7章「日本のなかの中国趣味」)

柿本人麻呂、空海、小野道風、
菅原道真、王義之(おうぎし)
などの歴史的な書家について、
(第8章「書の巨人たち」)

筆記具と文字の変遷、
(第9章
 「近代化がもたらしたもの」)

など、興味深い内容が満載でした。


【書籍情報】
発行年:2004年
   (旧題『「書」で解く日本文化』)
    文庫版 2007年
著者:石川九楊
出版社:毎日新聞社、新潮社

【著者について】
1945年、福井県生まれ。
書家、書道史家。
1990年、『書の終焉』で
サントリー文芸賞を受賞。
2002年、『日本書史』で
毎日出版文化賞を受賞。

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