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存在、在り難し。第3話

前回記事の続き。


臨床心理士さんを『先生』と呼び慕うようになってから、私は相談室が開く毎週木曜日になると、相談室に入り浸るようになった。
正直、何の相談も無いのに遊びに行くような感覚で出入りをしていた。とにかく、先生と会って話がしたかった。完全に先生に依存していた。できる限りの時間、相談室に居た。それぐらい、私は教室に居場所が無かった。

私は当時、教室に居ることが苦痛で堪らなかった時、こっそりトイレの個室でリストカットを日常的にやっていた。
ある日、先生が居る木曜日にやってしまったことがあった。思ったより血が出てしまい
「どうしよう、どうしたらいいんだろう」
と動揺した。そして、ふと先生の顔がよぎった。私はセーラー服の内側が汚れるのを承知の上で傷と出血を服で隠し、先生の居る相談室に駆け込んだ。
私「やってしまいました。どうしよう」
先生が怒り出すのでは、と怖くて仕方がなかった。でも、先生にしか言えなかった。
すると先生は
先「痛かったよね、手当てしよう」
と私の手首を消毒し、ガーゼとサージカルテープで手当てをしてくれた。
一切、怒ることはしなかった。衝撃を受けた。
私は先生が「怒らない」ことが不思議で仕方がなかった。

先生が本気で怒った出来事があった。私が中学生にも関わらず、市販薬をODした時だった。
私はヘラヘラした感じで
私「この前ドラッグストアの薬を1瓶丸々飲んだら、学校で吐いて倒れちゃって早退したんですよね」
と話してしまった。その時の先生は怒ってはいなかったが、少し表情が強張っていた。
そして翌週の木曜、私は担任からこう告げられた。
担「川原、○○さん(先生のこと)がお前のお母さんを呼び出したんだけど、何かあったのか?今、お母さんが職員室で待ってるけど」
驚愕した。先生は、自分の臨床心理士としての判断で母を呼び出したのだ。
母と先生が面談をする前、私は先生に相談室に呼び出された。
先「川原さん、何で私がお母さんを呼んだかわかる?」
真剣な面持ちで、私にそう問いかけた。
私「この前のODのことですよね……」
私は恐る恐る答えた。
先「そうだよね。自分が何をしたか、分かるかな?命に関わることなんだよ。だから、○○先生(担任)にお願いしてお母さんを呼んでもらったの。薬とか剃刀とか、危険な物を川原さんが使わないように、お母さんにお願いしたいの」
私「それは言わないで下さい!」
私は即座に拒否した。母に知れられたら、両親に知られたら、あの家でどうなるか。それを想像すると恐ろしくて家に帰れないからだ。
私「本当にすみませんでした……お願いします、本当に母には言わないで下さい。言われたら、私あの家で生きていけない……」
泣く寸前の私を目の前に、先生はこう続けた。
先「お母さん、きっと心配すると思うよ」
あの母が私を心配?正直理解ができなかった。激怒され罵倒される事態しか想像が付かなかった。
私「そうですかね……きっと怒るだけだと思います」
先「何でそう思うの?」
私「例えばの話……もし私が腎臓でも何でも移植する手術をする必要があったとしても、あの人達(両親)は移植を嫌がると思う」
先「そんなことないよ」
先生がそう即答したので、私はカッとなってしまった。
私「先生は、仕事だから私の相手をしてるんだよね。家族じゃない。だから今だって怒り出さないんでしょ!?」
ただの子どもの逆ギレでしかなかったが、先生は真剣な表情でこう即答した。
先「怒ってるよ」
私の目を見ながら、いつもの穏やかな顔ではなく、怖いぐらい真剣な顔をした。
先「もし川原さんが私の妹とか家族だったら、叩いてるよ。怒るよ。心配なんだから。川原さんが心配だから、命を守りたいから、お母さんを呼んだんだよ」
いつも穏やかで丁寧語で敬語の先生が、口調を乱して怒っていた。
私はバカだった。先生がどれだけ私を心配してくれていたか。どれだけ私のリストカットや自傷行為を叩きたいぐらい怒りたかったか。その叩いて怒りたい感情を抑えて、いつも話を聞いてくれたり、傷の手当てをしてくれていた。
私が本当にバカで愚かだった。悲劇のヒロインぶってるイタい中二病のメンヘラそのものだった。
私「……本当にすみませんでした。もう二度としません。だから、母にはリスカやODのことは絶対言わないで下さい。お願いします。じゃないと私あの家にいられません」
そう、懇願した。先生はしばらく間を空けて
先「……分かりました。自傷行為の類については、お母さんに言わないでおきます。でも、学校生活で悩んでることがある、ぐらいは説明してもいいかな?」
そう提案してくれた。妥協案を出してくれた。それについて、私も了承した。
こういった経緯で、リストカット・ODの件は母に伏せられた。

そして、私は高校受験を間近に迎える時期になった。

(続く)

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