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私の人生に影響を与えた人物#1 植村直己

(2020年9月23日水曜日) 

1.前書き

「なぜ貴方は毎年ネパールやベトナムなど、アジア中を駆け巡っているのですか?」

累計30回以上もアジア諸国へ学生たちを連れて行っているにも関わらず、その理由を言語化することは怠ってきた。忙しすぎたから・・・と言うと、まるでレポートの提出が遅れた学生の言い訳じみてしまうのであえて何も言うまい。

コロナウイルスによって十何年ぶりに現地での国際交流プログラムを開催できなくなったことをきっかけに、自分の半生を振り返る「私の履歴書」を2020年2月〜9月にかけて連載した。

一方で、語りきれなかったことも数多くある。それは「私の履歴書」という観点から編集するにあたって、断腸の思いで削ぎ落とした要素たちだ。

「孟母三遷の教え」の慣用句では場所が人に与える影響の大切さについて説いているが、何も人間が影響を受けるのは場所だけではなく、人間からも大きな影響を受ける。

本連載は「私の人生に影響を与えた人」という観点から、しばらく書き綴って行く予定だ。

2.本文

 植村直己という登山家を知っているだろうか?

 植村の人隣りは以前から知っていたが、先日息子が読売新聞のコラムに記事を書くために家に転がしていた本を読んでふと思いついたことがあったのでこの機会に取り上げる。

まず植村のことを知らない読者のために彼の経歴を下記に引用する。

1941(昭和16)年、兵庫県生まれ。明治大学卒。日本人初のエベレスト登頂をふくめ、世界で初めて五大陸最高峰に登頂する。76年に2年がかりの北極圏1万2000キロの単独犬ぞり旅を達成。78年には犬ぞりでの北極点単独行とグリーンランド縦断に成功。その偉業に対し菊池寛賞、英国のバラー・イン・スポーツ賞が贈られた。南極大陸犬ぞり横断を夢にしたまま、84年2月、北米マッキンリーに冬期単独登頂後、消息を絶った。夢と勇気に満ちた生涯に国民栄誉賞受賞。(引用:植村直己『青春を山に賭けて』文集文庫,「BOOK著者紹介情報」より,強調は引用者)


 世界の錚々たる山々を制覇した植村の経歴だけでイメージすると、彼の話しているところを聞いたことがない人は、ともするとあたかもスーパーマンかのような体育会系のエネルギッシュな人物像を思い浮かべるかもしれない。

 だが、実際に彼がテレビなどで話しているところを目にしたことがある人が抱く印象は、プロフィールから抱く印象を大きく異なるはずだ。木訥とした、寡黙な男。世界的登山に成功した「覇者」のような貫禄をイメージしていた人は肩透かしに合うかもしれない。

 実は僕も最近、思いがけず学生を「肩透かし」な目に合わせてしまった。

 2020年の夏は、数多くの国際交流団体が活動中止になる中で僕の関わる団体はなぜか活動を増やしていた。例年行ってきたネパールやベトナムの海外交流プログラムに加えて、新たにバングラディシュ・プログラムも開幕。さらには新勉強会企画の発案。コロナ禍で逆に活発化する我々は周囲からは異様に見えていたことだろう。「肩透かし」を食らわせてしまったのは昼夜を問わずに続く準備会議やプログラム開催中であった。

 何しろ史上初のオンライン国際交流は想定外の事態の連続。会議は「ああでもない」「こうでもない」と錯綜。僕はネガティブ発言の連発にしびれを切らしたAAEEの学生から「しっかりしてください!」と怒られてしまった。(“学生を怒った”のではなく、”学生に怒られる”大学教員など前代未聞である・・・)

  僕の“華やかそうな”部分を見て共に活動することを希望してきた学生からすれば、「こんな頼りない人だったのか」と肩透かしを超えて幻滅に近い気持ちになったかもしれない。

 しかし一見矛盾するように感じられるかもしれないが、実は今までに手掛けてきた国際交流プログラムの成功は、この「自信のなさ」があるが故に生み出せたものなのだ。

 『青春を山に賭けて』のインタビュー箇所で植村さんが、「登山家・探検家として何が一番大切か」と問われて印象的な答えを返す。

 「臆病者であることです」(引用:前掲書)

 一瞬意外な答えだと思ったが、同時に深く納得した。世界的な探検家と自分のような一介の大学教員をなぞらえることは不遜にすぎて赤面するが、その無礼を承知でいうならば、どこか自分と植村さんが似ていると感じたのだ。

 

 僕自身のこれまでの経歴や現在の肩書だけ見ると、外交的な猛者だと勘違いされがちだ。

 しかし実際のところ僕は、他に類を見ないほどの空前絶後の超内向的人間なのだ。僕の胸中は常に不安が渦巻いている。他の人が「えっ、そんなこと気にしなくていいよ」と驚くほど些細な問題でも、僕にとってはまるで隕石が落ちて地球が滅亡するかの如く大問題として捉えて悩み込んでしまう。人が僕に向けて発するコトバの一つ一つに過敏に反応し落ち込む。クヨクヨと後悔する。

 考えすぎると、自分の心の中との戦いで忙しくなってしまって布団から体を起こすことすら億劫になってしまいそうになる。精神世界での戦いにエネルギーを取られてしまって、現実世界の体を動かすエネルギーが足りなくなってしまうのだ。数少ない僕の理解者が、僕が心身的にまずい状況になるのを見計らってお茶に誘ってくれるのが唯一の救い。

 そんな自分の性質を理解してからは、悩みすぎる前に行動に移すようになった。周りからは超行動的だと思われたりする。“衝動的スピード感”とさえ称されることもある。だが実際のところ、悩みすぎて歯磨きすら面倒くさくなる前に行動に移すという、自分の性格に合った戦略で行動をしているにすぎない。

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