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「完璧な評価制度」なんてこの世に存在しない

みなさん、そろそろ新年度の目標設定も終わって、動き出している頃だと思います。

多くの会社は3月決算なので年度末の評価はまだ先ですが、上期で半期の評価がされる会社もあるでしょう。

人事考課(評価)というのはすごく悩ましい会社経営における永遠の課題で、現場で評価への不満が鬱積すると組織内に不穏な空気が流れ出し、組織はじわじわ崩壊へ近づいていきます。

評価される方も、「まあ納得しているよ」という人から「ぜんぜん納得できない!」という人まで様々でしょう。

てことで、この難しい問題について個人的な考えを書いてみます。

人は2~3割増しで自己評価をするもの

有名な話ですね。

僕も、特に若い頃はそうでしたが、上長や会社からの評価よりも、自己評価の方が2~3割(ときにはもっと)高い時代がありました。

「俺はこんなにやってるのに、あいつ(上長)は、会社はわかってない!」という状態です。

でも、この法則は、かなり多くの人に当てはまるものなので、評価される側もこの「不都合な真実」をちゃんと自覚した方が良いと思います。

自分で会社をつくって経営者にならない限り、組織人は一生、誰かに評価され続ける宿命にあります。

そのたびに、「あいつはわかってない!」と思い続けることはヘルシーではありません。

透明性の限界

ほとんどの会社では、人事評価は最も秘匿性の高いものであり(居酒屋での噂話は別として)誰がいくらもらっているという情報は非開示でしょう。

「それがいけないんだ!」「やましいことがないなら開示すべき!」という風潮が強くなった時期に、「我が社は誰がいくらもらっているのか全社員が見ることができる」とガラス張りにした会社がありましたが、その後、そのやり方が成功しているという話も、多くの会社が追随する話もあまり出ていません。

その理由は、全社員の給与を開示することのメリットよりもデメリットの方が大きいからでしょう。

透明性を高めることは大切です。

でも、全員の給与まで開示することがベストなのかと問われれば、僕はそうは思いません。

プロセス(評価方法)の透明化は大切ですが、結果(給与金額)の透明化(開示)はデメリットしかないとすら思います。

理由は、隣の部署で働くAさんが創出している価値を、違う部署で働く人が正しく推し量ることは不可能だからです。

Aさんがどんな課題に向き合っていて、どのような創意工夫と努力で成果を出しているのか(出していないのか)。その背景情報や事実を知らないで給与だけ見ても「こんなに高い給与をもらっていてけしからん!」としかなりません。

その人の給与が適正なのかどうかを判断することができない人に、額だけ見せても正しく解釈することはできません。

じゃあすべての社員がすべての社員の給与が適正なのかを判断する情報を提供するのか。

そんなことは不可能です。

かくして、このやり方は「あいつは高すぎる!」「私は低すぎる!」という幼稚な議論(愚痴)しか産まないため、百害あって一利なしだと思います。

定量評価は定性評価の定量版

評価の透明性・妥当性・納得性において、「定性評価」ではなく、人間による恣意的な操作がしにくい「定量評価」の比重を高めるべし、という声があります。

それはそうなんですが、これにも2つの難しさがあります。

まず、機械的な定量評価がしにくい職務の人をどうするか。

営業職なら獲得売上が出ますから、否応なく客観的な定量評価が可能です。でも経理職はどうでしょうか。

1時間でどのくらいの請求書をさばいたか、などの定量化はあまり意味がありませんよね。

すべての職務で定量化ができるわけではないのです。

次が、定量評価も結局は定性評価である、という事実です。

期初に立てた目標を何%達成することができたか、などの評価はある程度機械的に定量化可能ですが、全社貢献活動や部下や後輩の育成貢献などはどうしても5段階評価や点数化をしなければなりません。

5段階評価や点数化は誰がどのように行うのか。

さまざまなファクト情報を見ながらではあるものの、結局、人(上長)の主観的判断によって5なのか4なのか3なのかが決まるのです。

この世に、個人の主観が入らない100%客観的な定量評価というものは、なくはありませんが、極めて少ないのが実情なのです。

評価を細分化するほど不満度は上昇する

日本的経営システムは、終身雇用制、年功序列、企業別労働組合の三種の神器から構成されていました。

その日本企業の成長を支えてきたのが、独特な賃金体系を含む日本型人事システムです。

多くの企業は、基本給のほかに、職能資格制度による職能給と、職務給、各種手当などの合算による複合的な賃金システムを採用しました。

でも、細かくすればするほど、不公平感や納得のしにくさが増してしまった気がします。

「あなたは職能ランクD5からS2に上がります」と評価されても、今度は「なぜS4ではなくS2なのか」とか、「あちらの職務給はXX円なのに、なぜ私の仕事の職務給はYY円なのか。こちらの仕事の方が大変なはずだ!」など、なにをどうやっても結局不満は絶えないのです。

システムを複雑にすればするほど、出てくる不満も細分化され、結果、もう面倒だからシンプルにしよう!となるのは自明なのです。

個人成果主義人事はほとんどの人を幸せにしない

じゃあ完全成果主義人事にすればいいんじゃないか、と言うとこれがまたそうとも言えません。

そもそも成果主義人事システムは、年功序列と職能資格制度によって肥大化してしまった人件費を(企業の都合の良いように)抑制することが目的で導入が進んだものです。

「頑張った者に多くの報酬を」という思想も当然ありますが、目的が人件費総額の抑制と低減なので、トータルとしての給与総額は減る(減った)のです。

つまり、成果主義人事は、給与が増える人よりも減る人を増やしました。成果主義人事は、必ずしも働く側に寄り添った人事システムではないことを知っておいてください。

そして、働く側にも、良いことばかりではありません。

トライバルを創業する前、僕は5つの会社で働きました。その中で、一番個人の成果主義を徹底していた会社では、給与は個人の利益目標、部署の利益目標、会社の利益目標達成率の3階建てで評価をしていました。

一見、合理的に感じますが、個人で部署の数値や全社の数値を劇的に押し上げることは難しいため、どうしても個人の働き方は個人目標の達成に偏ります。

会社のお財布はひとつなので、個人の評価(もらえる給与や賞与)も相対的なものにならざるを得ません。

すると…もうわかりますよね。

自分の相対評価を上げるために、他者(同僚や後輩)への情報提供やナレッジ共有をしなくなるんです。

底上げがされればされるほど、自己の相対評価は下がってしまう。典型的な「囚人のジレンマ」です。

かくして、社内には個人主義が蔓延し、自分さえ良ければ良い、自分の目標が達成したから仕事は終わり、誰かが困っていても助けない、という企業文化ができあがり、会社は衰退に向かうのです。

努力をして成果を出した人間を昇給・昇格させる。それは誰も否定しないだし、トライバルでもそうしています。

しかし、過度な個人の成果主義人事は、結局誰も幸せにしないと僕個人は強く思っています。

インセンティブの弊害

蛇足。

インセンティブ制度ってありますよね。これも、メリットよりもデメリットの方が大きいと思っています。

ちょっと難しいですが、インセンティブには「金銭的インセンティブの情報的意味」と、「金銭的インセンティブの統制的意味」という2つがあります。

「金銭的インセンティブの情報的意味」は、プロスポーツ選手のように、努力して成果を残せば、次年度の年俸が上がる、というものです。これはあくまで個人が望むことによる高い自律性によって自らの努力や成果を上げる場合に効果を発揮します。

一方の「金銭的インセンティブの統制的意味」は、あまりやりたくないことだけど、これやったらXX円あげるから頑張れ!というものです。

情報的意味は内発的動機によるもの、統制的意味は外発的による強制的な動機づけです。

一件売ったらXX円!というインセンティブは、統制的意味合いが強く、健全ではありません。健全でないものはどこかで歪みが出て長続きしません。

インセンティブは、あくまで情報的意味の領域において活用すべきであり、短期的な成果を上げるために安易に採用すべきではないと思っています。

その「成果」は誰のもの?

話を戻します。

人事評価のためには、個人の「成果」を測定しなければなりません。

実はここが一番難しいんです。

個人商店が集まったような営業会社なら話がわかりやすいですが、ほとんどの会社はチーム単位で仕事を進めます。

しかも、うちのような業態だと、チームは、プロデューサー(営業)、プロジェクトマネージャー、コンサルタント、プランナー、ディレクター、リサーチャー、運用担当など、異なる機能が集まって構成され、それぞれがそれぞれの持ち場で価値を発揮します。

となると、この案件が取れたのは、または実行段階で大きな成果を上げることができたのは、誰かひとりの成果ではなく、チーム全員の成果と考えるのが妥当です。

そもそも、ひとりでできる仕事なんてほとんどありませんから、多くの仕事はチームで取り組みます。これが「個人の成果」を測りづらくする要因のひとつめ。

もうひとつが、所属部署や所属チームの違いです。

たとえば、引く手あまたで営業しなくてもガバガバ売れるサービスを提供するA事業部と、だいぶコモディティ化が進み、営業努力が必要なB事業部があった場合、どう考えてもA事業部に配属されている社員の方が成果を上げやすいですよね。

でもそれはその個人の努力による成果ではなく、単に所属されている部署が提供するサービスが売れ筋だからというだけです。

新規サービスの立ち上げも同様です。

トライバルのようなベンチャーだと、毎年数多くの新規事業や新規サービスを立ち上げます。

新規なので、当然、成果が出るかどうかはやってみなければわかりません。

もし、成果主義人事を徹底していたら、誰も結果が出るかどうかわからない新規事業や新規サービスの担当はやりたがらないですよね。

売れ筋サービスを扱う事業部にいた方が安心です。

このように、人事評価のためには「個人の成果」をできる限り正しく測ることが必要ですが、その成果が個人の努力によるものなのか、外的な要因によって得られたもの(得られなかったもの)なのかを正確に測って評価をすることには限界があるわけです。

評価のゴールは「納得感」

ということで、社会人経験25年、会社経営を13年やってきた僕の現時点でのファイナルアンサーは、「良いときはみんなで喜ぶ、駄目だったときはみんなで反省する」という極めて集団主義的な評価思想です。

もちろん、個人の成果はちゃんと評価します。学歴、年齢、性別、社歴に関わらず、ちゃんと努力し、成果を出した個人には抜擢人事をするし、昇給させます。

でも、その成果とは、あくまでチーム、組織、全社に対してポジティブフィードバックを与えたかであり、単に個人の目標達成率XX%というものではありません。

そして、全社の年間予算目標を達成したときの賞与の分配も、部署間やチーム間の傾斜はほとんどつけません。

理由は、先に述べたとおり、部署間による事業ポートフォリオ(売りやすさ、売りにくさ、既存サービス、新規サービス)に違いがあるからです。

これも、「良いときはみんなで喜ぶ、駄目なときはみんなで反省する」という思想によるものです。

結局は「どんな会社をつくりたいか」に戻る

「組織は戦略に従う」というアンゾフ先生の有名な言葉があります。

同様に、「評価思想は経営方針やつくりたい企業文化に従う」のだと思います。

だから、この世に「(唯一無二の)最高の人事システム」は存在せず、何十年経っても、永遠に侃々諤々議論がされるのでしょう。

結局、人事評価システムは、「どんな行動や成果を称賛するのか」という各社のコアバリューを写し出す鏡のようなものであり、「誰をバスに乗せるのか」という問いへの答えでもあるのです。

全員が100%納得できる評価制度を目指さない

唯一無二の最高の人事評価システムが存在しないのであれば、すべての人が心の底から納得できる評価システムを構築することは不可能であるということです。

であるならば、できないことに永遠と悩み続けるのではなく、そこを出発点として、ひとりでも多くの社員が納得感を得られる努力をしたほうが生産的です。

そして、その努力とは、緻密な人事評価システムをつくり上げるのではなく、「うちの会社はこういう思想だからこういう評価をするよ」ということをしっかり伝えていくインターナルコミュニケーションを頑張ることと、そもそもその思想を是とする人にバスに乗ってもらうことを徹底することしかないと思うのです。

あなたは、どんな会社で働きたい?

ここに書いてきたことは正解ではありません。

100の会社があれば、100人の経営者がいて、100通りの思想があります。

思想がコアバリュー(組織共通の価値観)を生み、それが評価システムと連動します。

評価の妥当性や納得感もとても大切ですが、そもそもその根底にある思想に共感ができているのか。

もし、そこに大きな、埋めがたいギャップがあるのであれば、それは評価システムの問題ではなく、いまいる会社そのものと合っていない可能性もあるということです。

なんだかんだ言って、いまいる会社を信頼しているか、いまいる会社が好きかどうか。

結局、最後はそこなのかな、と思うのでした。

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