学校が嫌いだった少年
これは、特別支援教育支援員として小学校のサポートに入っている私が体験したエピソードです。ささやかですが、多くの方に知ってほしい、ある少年の物語。
昨年6月、コロナの影響で学校が2ヶ月遅れでスタートした。
朝、出勤すると、学校の昇降口で2年生になったばかりのS君を見かけた。S君は前年度に担当した子だった。
始業時間を過ぎていて、彼のほかに昇降口には誰もいなかった。険しい表情を浮かべながら、うつむき加減で、昇降口を行ったり来たりしていた。
「S君、おはようございます」
と声をかけると、怒りのこもった声で訴えた。
「学校なんて大っ嫌い!学校なんてなくなっちゃえばいいんだ!」
彼の言葉に耳を傾けると、どうやら周りの子たちと上手くコミュニケーションが取れず、なかよくしたいのにできないフラストレーションがたまっているようだった。
「学校は本当は楽しいところのはずなのに…」
ぽつりとつぶやいたS君の言葉に、言いようもない悲しみや淋しさを感じて、私も胸が痛んだ。
1年生のときの様子
一般級に在籍していたS君は、入学したときから学校生活に困難さを抱えていて、そばで見ていてとても辛そうだった。
どうやったらS君が心地よく過ごせるか、学校生活が楽しくなるのか、先生方と協力しながら対応してきた。
口頭での説明や指示が通りにくい、感覚過敏、苦手なことへの強い抵抗、人とのコミュニケーションが上手く取れない、感情のコントロールが効きづらいなどの特性が見受けられた。
説明や指示をするときは、口頭だけではなく視覚的に示すようにした。
感覚の過敏さは、苦手意識のある体育のときに現れた。肌に当たって気になるという体操着のタグを切ったり、夏は、薄い風通しのよい素材の服に変えたりした。また、がやがやとした教室の大きな音に耳をふさぐこともあった。
苦手なことへの強い抵抗は、スモールステップで取り組むことで抵抗を徐々に解消していった。
周りの子とのコミュニケーションでトラブルが発生した際は、両者の話を聞いて、大人が通訳をすることで相手の気持ちを理解したり、相手にどう伝えればいいかを一緒に考えた。
イライラしたときには静かな場所に移動してクールダウン。担任の先生の許可を得て、廊下に出て深呼吸をすることで気持ちを落ち着かせた。
ある日、授業の予定が急遽変更になった。急な変更、しかも苦手意識がある科目。「あー、もうイライラする!」と苛立ちを隠せない様子。
いつものように「廊下に深呼吸をしに行きますか?」と声をかけると、こくんとうなづく。
授業中に廊下に出て、窓から入って来る爽やかな風を感じながら、二人で手を広げて深呼吸をしていると、校長先生が通りかかった。「今、深呼吸をして気持ちを落ち着かせているところなんです」と伝えると、校長先生も一緒に深呼吸を始めた。
スーハー、スーハーと何度か深呼吸を繰り返すうちに、気持ちが落ち着いたようだった。校長先生が「よし。勉強をがんばれるようにパワーを充電しよう」と言って、S君の手を両手で優しく握り、「ビビビビビー」と充電音を発しながらS君を充電し始めた。教室に戻るころには、S君の表情もすっかり穏やかになっていた。
温かくて幸せな時間だった。
2年生になって
コロナで学校が長期間休校になり、長いことストレスのない環境にいたからなのか、久しぶりの登校で、それまでなんとか学校生活を送れていた彼のしんどさが顕著になったようだった。怒りの感情が爆発していた。
S君は保健室で過ごすことを選んだ。でも、彼の心は満たされなかった。たしかに勉強は保健室でもそれなりには可能だけれど、彼は友だちがほしかったし、居場所がほしかった。
先生方は、一人ひとりのペースや特性に合わせた学びができる個別支援級への移籍を保護者に提案し、保護者による授業見学、S君のクラス体験へと進んでいった。
はじめは、新しい場所への不信感、抵抗感が強かったため、S君が一緒に楽しめそうな授業のときに、短い時間からスモールステップで参加するという形が取られた。
まだこの段階では、彼には「自分にはどこにも居場所がない」という孤独感があるようだった。何かが上手くいかないとすぐに「学校は嫌い」「学校なんか来たくなかった」と言って荒れる彼に対して、私は「今日もS君に会えて嬉しいです」と言い続けた。これは、以前、担当した子にかけ続けた言葉で、今でも大切にしている魔法の言葉だ。
ある朝、出勤すると教室の前の廊下でS君に会った。いつものように「今日もS君に会えて嬉しいです」と伝えると、それを聞いていたRくんが、流し場から「ぼくも池田先生に会えて嬉しいよー!」と声をかけてくれた。なんて嬉しいことを言ってくれるんだろう。言われてみて、それがどれほど嬉しい言葉なのかを改めて感じた。
しばらく経ったある日、「今日もぼくに会えて嬉しい?」と聞かれるようになった。「うん、嬉しいよ」と答えるとS君も嬉しそうな笑顔を浮かべた。S君は、週に2回支援に入る私と過ごす時間を楽しみにしてくれるようになった。
個別支援級の先生方は、優しさのあるクラスづくりをしていて、ことあるごとに子どもたちに温かい声かけをしていた。
「ありがとう」「どんまい」「いいね」「よかったね」「いってらっしゃい」「おかえりなさい」「がんばってね」
その温かさが子どもたちにも伝わり、子どもたちも自然とそういう声かけをお互いにするようになっていた。そうした温かい雰囲気の中で、少しずつ心を開くようになり、笑顔が増えていったS君。
「3歩進んで2歩下がる」を繰り返しながら、S君は新しいクラスに溶け込んでいった。
ぼくの下駄箱にも名前を付けてほしい
下校時間。
この日、私はS君を校門まで送り届けることになっていた。
下駄箱のところで上履きから運動靴に履き替えるときに、S君は自分の下駄箱を見て、「ぼくの下駄箱にも名前を付けてほしい」と言った。
下駄箱には一人ひとり名前シールが貼ってあったが、個別支援級に移ったばかりのS君の新しい下駄箱には、名前シールが貼られていなかった。
そして、下駄箱のところで会った一般級の同級生に向かって「ぼく、〇組なんだよ!」と嬉しそうに、そして誇らしげに宣言していた。
S君が個別支援級を自分の居場所だと認識しているのが分かって、その心の変化が嬉しかった。
深呼吸するといいよ
そんなある日、発語がほとんどない自閉症のM君が朝から落ち着かない様子で、部屋をぐるぐる歩き回りながら、奇声を発していた。自分の言葉で説明できないため、はっきりとした理由は分からなかったが、家庭で、あるいは登校中に何かあったのかもしれないと思いながら様子を見守っていた。
その日、S君も朝からイライラしていて、あまり状態が良くなかった。S君は、両手で耳をふさぎながら「M君、うるさいよ。静かにさせてよ」と言った。
「そうだよね。『静かにしてね』とは伝えてあるんだけど、自分では声を止めたくても止められないみたい。なにか嫌なことがあって気持ちが落ち着かないのかも」
と説明した。すると、
「それなら、深呼吸するといいよ」
とS君はM君に向かって優しい口調で言った。
ああ、去年、イライラしたときに一緒に廊下で深呼吸をしたことを覚えていたんだね。私は、校長先生と3人で深呼吸したのを懐かしく思い出した。
ぼく、学校が大・大・大好きだよ
2年生の終業式の日。
個別支援級の担任の先生が今年度いっぱいで離任することになり、教室でお別れの挨拶をした。先生に内緒でみんなで作った色紙をサプライズで渡したら、担任の先生は思いがあふれてきたようで、顔をくしゃくしゃにして男泣きされた。
現場が大好きで、現場にこだわっていた方だった。子どもたち一人ひとりと丁寧に関わって、成長へと導いてきた先生だっただけに、現場を離れて教育委員会に異動しなければならないのは心残りだったようだ。
「みんなとお別れするのは淋しい」と泣きながら挨拶をする先生を見て、S君も机につっぷして泣いていた。私は、そんな彼の背中をそっとさすった。
そういえば、先日、同じクラスの6年生が卒業した際も、S君は別れが淋しくて泣いていたっけ。
別れが淋しいと思うほど、このクラスの先生とクラスメイトのことが好きになったんだなぁと感慨深かった。先生方と積み重ねてきた日々が色鮮やかに蘇った。
下校時間、私は校門までS君を見送るため、S君と一緒に昇降口を出た。すると、ちょうど保健室の先生が外に出ていた。S君がどこにも居場所がないと感じていた年度初めに、優しく寄り添って見守ってくれていた先生だ。
「S君、Y先生がいるよ。挨拶して帰ろう」
とS君に声をかけると、S君は、口元に両手を当てて保健室の先生に向かってさけんだ。
「Y先生、さようなら!ぼく、学校が大・大・大好きだよー!」
2年生の最終日に、S君からこの言葉を聞けるなんて。もしかしたら10年間続けてきた小学校の支援員を辞める私への、最後のご褒美だったのかもしれない。
笑うS君の後ろでは満開の桜が揺れていた。
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