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飴雨短歌の表現領域——国木京子の生涯より【小説】

 飴の降るわが屋根つたい星が散る
 二つにわれて湧くは寂寥

 京子の代表作として知られるこの短歌が読まれたのは、一九一八年のことでした。十八歳にして『アララギ』に短歌を発表した背景には、父である大学教授、二見禄郎の存在がありました。幼少期より父を通じて歌壇と接点を持っていた京子は、その瑞々しい感性で世の情景を三十一字の世界に起こしていきます。
 飴雨(ジウ)を題材としたこの短歌も、二見家の縁側で生まれました。
 十一月、毎年のように寒空から降ってきた飴玉を、京子は眺めていました。手のひらですくい取れる飴玉がぽつぽつと庭に降り注ぎます。青やら赤やら、彩り豊かな球体が地面に広がるのです。
 地面に降るものばかりが飴玉ではありません。こんこんと、硬い音が屋根を叩きます。屋根に降った飴玉は斜面を転がり、雨樋をつたって地面へ。しかし、雨樋から零れる飴玉もあります。弾みをつけて飛んだ飴玉は、屋根の真下にある石畳へと落下しました。
 当たりどころが悪かったのでしょうか。飴玉は、石畳の上で真っ二つに砕けました。
 落下から破砕までを見ていた京子は一瞬、音が聞こえなくなったといいます。儚く砕けた飴玉に意識の一切を奪われ、あれだけうるさかった飴の降る音が止んだのです。
 その感覚を、京子は巧みに書き留めます。こうして書かれた歌は歌壇で評判となり、京子は歌人としてデビューを果たします。
 このような話があるように、京子は飴雨とともに過ごした歌人でした。たくさんの歌を残した京子ですが、あまり知られていない飴雨の歌がまだまだあります。

 逢えぬ日につもりつもりし飴雨の粒
 かさへらずともなおものみこむ

 二十二歳、京子は恋をします。縁談の多かった京子ですが、奔放な京子は次々と破断にしていました。父の方針もあって放任されていた京子は、歌壇の催しでその人と出会います。
 国木巳太郎。出版社に勤める編集者で、京子の三つ上。短歌論争から始まった二人の関係は恋愛へと転じ、時の経つごとに想いを深めていきました。
 ですが、運命は意地悪です。
 一九二三年、関東大震災。地震とその後の動乱は、連絡手段のない二人を引き裂きました。被害の少なかった二見家の縁側にも、十一月がやってきます。
 人の心を無視して、飴雨は降り注ぎます。ぱらぱらと降る粒が空の色を吸って輝きます。美しい光景です。その世界の美しさが、嘲笑のように聞こえることだってあるのです。
 日が経つごとに、飴が庭を埋める。自身の不安を打ち消すように、暗い地面を輝きが塗り潰す。どんどんと煌めき、自分とは無関係に景色が綺麗になる。京子はそれに耐えられなかったのでしょう。
 父の禄郎が目覚めると、庭から飴玉が消えていました。同時に台所からは鈍い音が響きます。慌てて様子を見に行けば、京子が大量の飴をばらまき、槌で粉々にしているではありませんか。砕いた端から、京子は飴玉を飲み込みます。かなり苦しそうだったといいます。結局、飴を食べて消そうとしても、すべてが消えることはないのです。
 それでも、京子は消そうとした。積もり積もった不条理を消して、想い人に会うために。
 この短歌は、恋と不安と執念の歌なのです。
 その年、飴はそれっきり空から落ちなかったといわれています。京子の想いが天に届いたのでしょうか。巳太郎とは三か月後に無事再会を果たし、二人は晴れて夫婦となります。歌についての激論が飛び交う明るい家庭だったといいます。
 その幸せな生活も、長くは続きませんでした。
 一九二九年、京子は結核に侵されます。療養のため、国木夫妻は京子の生家である二見家の厄介になります。病床に伏した京子が眺めた庭は、幼い頃から季節の変化を感じていたあの庭でした。
 治療も空しく、京子の病状は悪化。進行する病に、手の施しようはありませんでした。
 やがて、十一月が来ます。家の外では飴が降り、色を放って瞬いていました。殺風景な景色の中、花火のように飴が飛び散ります。
 布団から這い出て、京子は庭へ向かいます。巳太郎が京子を発見したときには、京子は口を開け、空を仰いでいました。空から降る飴をほお張ろうとする姿は無邪気な子どものようで、巳太郎は京子を抱きしめました。
 京子は舌で飴を転がし、巳太郎に見せつけます。意図を理解した巳太郎は、京子に口づけをしようとしました。彼女が結核であるにもかかわらず。
 その瞬間、京子はぷっと飴玉を吐きました。飴は空へ飛んで、降る粒に混じって地面に落ちます。溶けかけた飴を見て、京子は幼子のような微笑を浮かべたといいます。
 ほどなくして、京子は息を引き取りました。二十九歳、短い生涯でした。
 後日、布団の下から一枚の紙切れが見つかります。京子の細い字で書かれた歌に、巳太郎は涙しました。

 たましひをほお張り空へはきすてよ
 飴玉は溶け君に流るる

 京子の命日である十一月十四日は、甘露忌と呼ばれています。
 この日は、大粒の飴がよく降るそうです。



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この小説はゲンロンSF創作講座第2回講義「『ありえない』を描く」のテーマに沿って、非公式的に執筆したものです。
形式に沿ってアピール文も書きましたので、お時間があれば読んでいただけると嬉しいです。

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