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泥酔して監獄に行く~辛亥革命への道⑯

シンガポールの宿屋で英国の警官に取り調べを受けることになった宮崎滔天。

警官は構えていたピストルを収めると、宮崎滔天の身体検査を始めた。

真夏の暑い時期だったので、彼は褌もしておらず裸に浴衣一枚という姿だった。

帯を取れば、何も身に着けようがないのが警官にもすぐにわかった。

その警官が合図をすると、7,8人の警官が部屋の中に入ってきた。

その中で警部長だという男は名刺を出すと

「康有為暗殺の嫌疑により、ここで取調べを行う」

と言ってきた。

「名前は?」
「宮崎寅蔵」

「シンガポールへ来た目的は?」
「漫遊の途中で寄っただけだ」

「康有為に面会を求めたことがあるか?」
「ある。最初は手紙で、後に訪問したが会ってはいない」

「康有為との関係は?」

そう聞かれたので宮崎は以前、康有為の命を救ってやったこと。亡命の手引きをしてやったことを説明した。

すると警部長は不審そうな顔をして

「これは…妙だな」とつぶやいた。

それから警官達は荷物の検査を始めた。

すると二口の日本刀が隅に立てかけられているのを見つけた。

「何のためにこのような刀を所持している!」

という詰問に対して宮崎は

「日本人が海外へ行くときには皆、刀を持参する。これは武器ではない。貴方達が十字架を身に着けるのと同じで、刀は日本人における魂、つまりはお守りである」

 もっともらしくそう言うと、警部長も納得した。

さらに警官が鞄を検めると香港で調達した三万円の軍用金が出てきた。

「このような大金をなぜ持ち歩いている!」

 と言われたので

「貴方達はこれくらいの金を大金というか知らぬが、日本では外国へ旅行する時はみんなこれくらいは用意していく。別に驚くことでも何でもない」

すまし顔でそう答えると警部は決まりの悪そうな顔をした。

「とにかく、政府から拘引状が出ているからにはご苦労ながら監獄まで同行してもらいます」

それにはやむをえぬと思った宮崎だったが、朝から冷蔵庫にビールを冷やしていたのを思い出した。

これを飲まずにいくのは残念だと思い警部にこう相談した。

「どうだろう。ビールを飲んで夕食を食べてから行くわけにはいかんか?」

すると警部長は呆れた顔でこう返事をした。

「よかろう。我々は待っているから。ゆっくりおあがりなさい」

これはいいと、宮崎はさっそくビールを運ばせた。さらに監獄に入れば、しばらく日本食も食べられらいだろうからと料理も注文すると、ビールを警官達にも振舞い、その場で宴会を始めてしまった。

さんざん飲み食いした後、泥酔した宮崎を同じく酔っぱらった警官達が周囲を囲んで宿屋を出ていった。

宿屋の主人もお客も、皆不思議そうな顔でその様子を見ていたという。


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