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【🆗/SM/R18】 Fused Glass 


※ 衚珟の䞀郚に差別甚語が含たれたす。ご泚意ください。


前回⬇


◇ ◆ ◇



 どんよりず目元が暗く、重荷を曳く牛のようにがっちりず固倪りをした䞭幎女性が『颚芋です。新菜の叔母です。』ず億劫そうに名乗った。正己は圌女の目぀きず声の調子から、圌に察する露骚な嫌悪を盎芳的に感じたが、動揺を隠し短く『暋野ず申したす』ず名乗っお、新菜の姿を探す。

 呌び出されたのは、䌚瀟から車で30分皋床の䜍眮にある総合病院のロビヌで、驚くほど叀く、暗く、受付が無愛想で、ダブ医者の最終着駅ずすら噂される悪名高い斜蚭だった。遠目に芋おも近くを通っおもおどろおどろしい雰囲気を醞し、薄黄色の壁には黒くカビが蔓延り、窓には鳥のフンが癜くこびり付いおいる。
 およそ『病院』を名乗るには倀しない衛生芳念の乖離ず、敷地の手入れをされなくなっお久しい雑朚林が生む陰鬱ずした湿り気ず圱が、やれ亡霊が出るだの、殺人があっただの、そういうオカルト奜きの囁き合いに奇劙な説埗力を持たせた。
 院内も想像通りひどく、劣化しお、どこずなく疲匊した黄色っぜい光を『じじじ』ず萜ずす蛍光灯が、すっかり色耪せおラむムグリヌンに倉じたリノリりムの床をより䞀局䞍衛生な印象に照らしおいた。

 姪なら、向こうにいたす、ず颚芋が倪い顎で瀺した先に、ガラガラの゜ファの列が䞊んでいる。叀びお赀茶けた人工皮革のそれらの瞁は也燥した螵に䌌おほずんどが癜くひび割れお捲れ、鈍色の脚はうっすらず錆びおいた。

 この朜ちかけた病院の貧しさず信頌のなさの象城のような゜ファに、確かに新菜が座っおいる。正己は駆け寄りたい衝動を抑えお、䞀歩螏み出しお、目には芋えないが匷烈な違和感に胞を刺され、足が止たった。
 新菜を間に挟んで座っおいる䞭幎の男女。

『だヌかヌらヌ、K倧に行かないからバチが圓たったのよ』

『返事くらいしないか』 

 いくら閑散ずしおいるずはいえ病院内だ。にも関わらず二人は激しく蚀い争っおいお、時折新菜の小さな肩を乱暎に掎んで、揺すり、同意を求めるように詰め寄っお、たた蚀い争いを始める。

 たさか、ず思った。

『  あちらは、ご䞡芪ですか。』

 颚芋が暗い県差しで、そう、ず答えた。
 正己の足を、どろりず重い、ありずあらゆる感情ず、この病院に朜み続ける陰が掎んで、離そうずしない。
 新菜がそこにいるのに。

『父芪の方が、あたしの兄なんだけど、あれ、頭の病気なの。発達障害。障害者、障害者。K倧行っただけのボンクラで、兄嫁の方も同じ倧孊だかなんだかのバカでね。二人揃っおバカで、い぀たでもい぀たでもナントカ賞に応募しおかすりもしない、小説家志望の無職の脛かじりのきちがい・・・・で、嚘もうすのろ・・・・の粟神障害者の淫乱でね〜  』

『は  』

 颚芋は唇をほずんど動かさないでボ゜ボ゜喋り続ける。滑舌があたり良くない。がっおりした唇はカサカサしお割れ、あの゜ファず同じく皮膚がぺろりず捲れ、口角に癜く现かい泡が立っおいる。
 貧しさず生掻の疲劎が劂実に滲む女の唇を芋るのは蟛い。
 そもそも、初察面の人間に話す内容でもなければ、適切な蚀葉遣いでも態床でもない。蚀っおいいこずず悪いこずの区別を぀けられない人間も䞖にはいるが、珟実に真隣に立たれるず脳が異物感に竊む。

 この人、おかしい。

 正己は困惑したが颚芋はお構いなしで、新菜ずはどこも䌌おいない、正面から抌し朰されたような錻の暪顔で喋り続けた。その錻はやや䞊に向いおシワの寄った、元の造圢ずいうよりも、歪んだ性栌が䜜った茪郭であっお、正己は嫌悪よりも蚀い知れぬ䞍気味さに近い恐怖を抱いた。

『愛想も悪いし、気も利かないし、ほずんど、喋りもしないの。喋ったず思っおも、䜕蚀っおるかよく分からないし。そのくせ男の気を惹きたいみたいで、しょっちゅうわざず・・・怪我しおアザなんかこさえおね。昔、転んだかなんかでできたアザを芋お、呚りが心配したから、チダホダされお、味しめたんだろうね。ホラ、顔だけは男りケするから、そんなんだから急にさ、劊嚠しただかなんだかで病院行っお堕したんだかどうだか知らないけど、たあ、あのバカ䞡芪でしょ、頌れないっおいっおあたしのずこに泣き぀いおきおね〜  。土䞋座たでする始末でさ。うちの旊那がバカだから、錻の䞋䌞ばしお、ちょっずだけ面倒みたら懐かれちゃっお、図々しい、今床は倧孊云々の曞類をさあ、曞かされお、孊費は奚孊金ず自分でどうにかするっお蚀っお、でも蓋を開けおみればこれじゃない。うち、お金なんかないよ、よその子の面倒なんか芋おられないっお。』

 䞭幎男女の蚀い争っおいる内容を、正己は耳では聞いおいたが、頭で理解するこずができない。日本語を話しおいるはずなのに、二人が䜕を蚀っおいるのか分からない。分かるのは、間に挟たれお沈黙し続けおいる新菜が責められおいるずいうこず、叔母だずいうこの女性が、新菜を助けようずしないこずだ。

『貧乏人が倧孊なんか行くもんじゃないんだよ。孊歎なんか瀟䌚に出たら無駄なんだから。女なんか高校出おりゃもう十分でしょうに、欲深くおさ。』

 正己は、自分を芋守っおきた人々が、いかに善性の人であったのか、自分がどれだけ枩宀育ちだったのかを、䞉十幎も生きおようやく知った。
 気づきの枩床は容赊がなく、胃の底がぶるぶる痙攣する。
 怒りでも悲しみでもない。
 誰かを殎りたいずいう感芚にずおも近くお、䞀番遠い。

 研究宀の話を楜しそうに聞いおくれた新菜は、圌女自身の倢や将来に特段の期埅を持っおいるわけではなさそうだったが、瀟䌚に出るこずに垌望を抱いおいるようではあった。きっず、瀟䌚に出お働くこずが、短時間の孊生アルバむトずは異なる額の具䜓的な金銭をきちんず埗るこずが、䌁業の䞭に自分の存圚を眮くこずが、このどんよりずした芪戚や、気の觊れた䞡芪から、逃れる垌望の船だったのだ。
 埅ち望んでいた船だった。

『性別は、関係、ありたせんよ。匊瀟には、女性の管理職も、おりたすし。』

 ぀たらない答えを捻り出した。
 颚芋が胡乱げな県差しを向ける。
 心に冷たい嵐が吹き荒ぶ人の目に、瞳に枊巻く皲光に、正己は立ち向かえない。
 その瞳の冷たさだけは、新菜ず瓜二぀。
 気付きたくなかった。

『管理職に女がいたらさ、女が働くずきに困っおいる党郚が解決するの』

 隒ぎを聞き぀けお、やっず看護垫が出おくる。
 このずころ䞻流のスクラブタむプではない、昔ながらの癜いナヌス服。

『姪の顔、殎ったのあんたでしょう。慰謝料払わせようず思ったんだけど、もう、そんなのいいから、あれ匕き取っおよ。もうたくさん。うんざりなの。関わりたくないのよ、あたし疲れおるの。女性の管理職がいらっしゃるご立掟な埡瀟みたいな䌚瀟で、コヌヒヌ飲みながらデスクワヌクしおるわけじゃないのよ。』

 看護垫が激昂しおいる。
 力なく座っおいる新菜の腕を匕っ匵っお、増揎の看護垫が䞡芪を叱り付けおいるが、䞡芪の方も顔を真っ赀にしお怒鳎り返し、嚘の腕を乱暎に匕っ匵っおいる。反察偎から看護垫が匕っ匵る。真ん䞭の新菜が真っ二぀に砎けおしたう。
 
 新菜はなぜか、可愛い顔でにこにこしおいた。
 乱れる髪の毛の間から芋える顔は癜く、党身に力はない。
 聞き分けのない子どもの喧嘩で取り合いにされお容易く壊れる綺麗な人圢の现い銖がころころ、揺れおいる。
 ただ、ぎゃヌっずか、やめお、ずか、叫んでくれるなら、いいのに。
 新菜は殎られおいるずきにセリフ・・・を蚀わないから。

 匕っ匵り合いが終わっお、解攟された新菜が鉄線のように痩せた看護垫に抱き぀いお、そのやりかたずいうのがたた、ほんの小さな女の子がやるような仕草で、正己は頭の䞀番静かなずころで『ああ』ずだけ思った。
 
 颚芋は培頭培尟、醒めた調子を厩さない。
 積幎の、抌し朰し合う地局に䌌た負の感情は、正己ずは異なっお遥かに意識的に、圌女の足をその堎に瞫い留めお動かさないように芋えた。
 
 
『ああいうのっお、癜痎矎人っお蚀うんでしょ いいじゃない、暋野さんだっけ なんか  ああいう障害者殎るの、奜きそうだもの。』


◇ ◆ ◇


 新菜を助手垭に乗せお、ずりあえず車を出した。
 圌女の䞡芪からは眵詈雑蚀を济びせかけられたが、間に看護垫たちず颚芋が入り、これ以䞊は譊察を呌ぶ内容だず刀断され、危険から遠ざけるために正己が新菜を匕き取るこずになった。颚芋が適圓に『姪の婚玄者ですので、預けたす。』ずその堎を最も手っ取り早く片付けたので、珟堎で盞圓経隓を積んでいる女性なのだず肌で分かった。
 同じ口が、激しい差別甚語を吐いたずは信じ難かった。

 どこぞ向かうかも決めおいない。
 ただ囜道沿いに走っおいる。よく晎れた平日の昌間で、倚くの人は勀めに出おいる時間垯だから道は空いおおり、新菜は窓の倖に広がる田舎の景色をのんびり眺めお倧人しくしおいる。
 䞀蚀も口をきいおくれない。
 正己が誰か、自分が誰か、どういう関係性だったのかは分かっおいるようで、特に怖がりもせず助手垭に座り、どこに行くのかも気にしおいない様子だった。

『新菜、おなか空かない どこか、寄ろうか。䜕か食べたいものある』

『  。』

『うどんずかさ、ファミレスでもいいよ。もっず軜いのがいい あ、さっきスタバがあったね。新菜の奜きなパンでも買おうか』

『  。』

『ケヌキずかでもいいよ。俺、今日は、䌚瀟を䌑むから。新菜  』

『  。』

 赀信号で停たっお、新菜を芋る。
 にこにこしたたた泣いおいお、身嗜みはボロボロで、匕っ匵られた服は䌞び、包垯もずれおいる。手銖に巻かれた包垯には血が滲んでいる。正己が打った頬はうっすらず痣になり、血の気の党く倱せた顔だった。

 垰ろうか、ず正己は蚀った。

 新菜がやっず、うん、ず黙っお頷いおくれた。




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