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【小説】 親の期待 (マキコ)


 お母さんは笑ってた。
 バンドを馬鹿にして、夢を鼻で笑っていたはずなのに。
 なんとなく首を上下に動かしながら、曲に合わせてノッていた。

 信じられない・・・。
 私はアナタの期待から外れた行動をしているのに・・・。

 頭の中に溜まっていた汚れた水溜りが、ポタポタと音を立てて、ろ過されていくような気がする。
 思わずギターの手が止まりそうになったので、慌てて耳を音楽に集中させた。メンバーの演奏に耳を澄ませて、アキさんの歌う世界に再び入っていく。
 不思議と心と身体は音楽に浸しながらも、視線だけは母に向けてボンヤリと眺めることができた。

 母の笑顔を見たのはいつぶりだろうか・・・。

 アキさんの歌に合わせてコーラスを入れる。自分の声質が少しずつ分かってきたこともあり、アキさんの透明感に色をつけないように慎重に繊細に声を出す。
 曲のイメージによって歌い方を変えて、世界観や伝えたいことを表現することの面白さをなんとなく感じていた。それは、自分で曲を作ったから分かったことだと思う。
 夢の邪魔をしないで欲しいという思いで、「ドリーム・キラー」という曲を作ったが、最初から最後まで歌詞に流れていたのは怒りの感情だった。そして、その怒りの奥底には、祈りも含まれていた。真っ赤なマグマの底にはコバルトブルーの清流が流れているようなイメージだ。
 絶対にお客さんには伝わらないが、自分で曲を作ったからこそ明確に見えるビジョン。理想に近づけるための自己闘争が、新しい音楽の模索方法だと思ったし、奥深いなと感じていた。
 曲を感じながら、出過ぎず、消えすぎず。絶妙な加減で声を出し、音楽と混ざっていく。曲のイメージを自分なりに解釈し、頭で想像しながら。

 「チクタク、チクタク、チックタク」

 とても可愛らしくキャッチーな歌詞だが、曲のテーマは「時間」だ。流れていってしまう時間や見過ごしてきた瞬間。チクタクという歌詞に合わせて、客席の母の姿を見ていると、自分までも時間の旅にいざなわれるような感覚があった。
 
 「チクタク、チクタク、チックタク」

 厳しい母だった。
 家の中ではルールが設けられていたため、自由に遊ぶことができず、保育園や学校が自分を解放できる場所になっていた。おかげで社会性を重視するようになったし、どう立ち振る舞えば人に愛されるのかなどの知恵がついたと思っている。そして、家の中では読書だけが遊びとして許されていたため、本と仲良くなり、学校以外の社会、大人の考え方、世界の窓口として本から沢山のことを学んだ。
 学校の成績もそうだが、いつも母の期待に応えることに必死になっていた。いや、応えることが当たり前になっていたのかもしれない。「また母の面倒なルールが生まれたよ」と心の中で呟きながらも、当然のようにそのルールをこなしていた。反発するだけ無駄だから。素直に従っている方が楽だった。
 でも、期待に応えた時、母の嬉しそうな顔を見るのは好きだった。

 思えば、母はいつも私に期待をかけてくれていた。それが重荷になることが多かったし、友達に愚痴をこぼしても「面倒くさいね」とか「大変だね」と慰められたから、母を悪として捉えていた。

 「全部とは言わないけど、テレビとかゲーム、漫画で仕入れた情報は流れていってしまうからダメ。でも、友達とはたくさん遊びなさい。友達はたくさんいた方がいい。友達はあなたの心に絶対に溜まっていくし、友達から得た情報の方が大切なのよ」

 「世の中っていうのは、『問題を作る側』と『解く側』の二つになっているの。勉強をしなければ、いつまでも解く側にしかなれない。でも、勉強をすれば信頼を勝ち取れて、作る側になれるチャンスが巡ってくる。勉強をすれば、どちらにでもなれるのよ。あなたには問題を作る側になって欲しいの」

 「あなたには人と違う才能がある。圧倒的に容姿に恵まれている。それを自覚して欲しいの。世の中っていうのは、とても汚くできてしまっているから、いつ危険が訪れるかは分からない。あなたには、そんな汚れを消してくれるような強い存在になって欲しい」

 「肌を見せるとか、メイクをして夜まで遊んだり、色気づくことに興味が湧くのは分かるけど、それは『隙を作る』ってことだから。あなたには違う方法で大人の魅力を手に入れて欲しいの」

 期待とは言っても、母は「なんでも一番になりなさい!」というような無責任なことは決して言わなかった。なんのためのルールなのか。説明がきちんとされた。だからこそ、息苦しかったし、反論させてもらえないことが辛かった。

 でも、母の期待の中には確かな愛情があった気がする。
 「あなたのため」なんて言葉を使われるから、より抵抗感が生まれていたが、結局は、こうしてライブに足を運んでくれた。「あなたのため」という言葉の奥にある優しさを少しだけ感じることができた。

 愛とは「期待をかけること」なのかもしれない・・・。

 期待のかけかたには色々あるのかもしれないが、その気持ちの底には、愛があるのだろう。
 父親を亡くしたアキさんは、「親からの期待が無くなるって、とっても悲しいことなんだよ」と言っていた。確かに、両親とも健在の私には気付けなかったことかもしれない。

 期待してくれる人がいるから頑張れる。

 大前提がスッポリ抜けて、母のルールをくぐり抜けているうちに「自分で自分に期待する」ことにシフトしていた。

 チクタク、チクタク、チックタク

 歌の歌詞に合わせるように、音を立てて時間が現実に戻ってくる。
 夢か現実か分からない音楽の世界に浸っていたことに気付き、ハッと客席に目を移したが、母の顔は、やっぱり、嬉しそうに笑ってた。

 1時間36分 2300字
 

 

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