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【小説】 レコーディング

【ミウ】

 レコーディングが始まった。
 スタジオに入り、演奏をし、録音する。作業としてはとても単純。
 色々な方法があるらしいのだが、まずは全員でスタジオに入り、一曲丸ごと録音してみる。ヴォーカルはなしで、楽器だけの演奏。
 その後、各パートに分かれてのレコーディング。間違っては少し戻り、再び収録を繰り返す。これを春休みの二週間、丸ごと費やした。朝から夜までビッチリと。一人一人のレコーディング時間は学校に行くよりも短いはずなのに、学校以上にくたびれた。
 最初の頃は緊張もあったが、あまりの体力の消耗に一瞬で緊張は消え去り、高いクオリティを求めるレコーディングは熾烈を極めていた。
 
 経験の浅い私たちは、とにかく時間がかかった。練習量がどれだけあっても、所詮、楽器を触ってから2年弱しかない。プロと日常的に仕事をしているスタッフからしてみたら、赤ちゃんの演奏に聞こえてしまうのだろう。大きな溜息を吐かれたが、何度も喰らい付いた。
 特にマキコのレコーディングは大変そうだった。単純に年齢が一つ下だから、経験値もその分浅くなるのは当然だ。しかも、彼女はギターだけでなく、ヴォーカルも担当するため、3倍くらい時間がかかってしまう。彼女は何度も涙を流しながら、「もう一回お願いします」と悲痛な声をあげていた。

 一人でレコーディングをすると、技量が丸裸にされてしまうため、自信もプライドも、何もかもズタズタになる。すぐに録音したフィードバックが聞けてしまうから、なおさらだ。決して怒られることはないのだが、大人の無言の圧力に恐怖を抱いてしまう。「はあ・・・、またかよ」、「ヘタクソだな・・・」、「いつまでやるんだよ・・・」と言われてもいないことを勝手に妄想してしてしまい、毎日、ボコボコに凹んだ。だって、それくらい何度も録り直したから。
 お互いに励まし合わないと、心が壊れるかと思った。

 そんな中、唯一涼しい顔をしていたのは、アキだった。
 ポンポンとレコーディングが進むから、なおさら差を感じてしまう。普段と変わらない調子で、ギターもヴォーカルも、ほとんど一発でクリア。
 やはり、圧倒的な音楽の才能を持っているようで、スタッフも小声で「彼女、化ますね」と言って、大人同士でコソコソ盛り上がるほどだった。

 五日ほど経つと、スケージュールの差が生まれてきてしまい、録音方法が変わった。全員で集まることはなくなり、一人一人のレコーディングを中心にスケジュールが綿密に組み込まれた。
 朝一番でヒロナのレコーディングが始まり、昼前に私が入る。そしてマキコ、アキへとバトンが渡されていく。それぞれのレコーディングが終わったら解散するようになり、メンバーとも合わない時間ができてくる。

 レコーディングが終盤に差し掛かった頃、少しだけ異変を感じた。
 日記帳を開き、長いようで短いスケジュールを振り返っていた時のことだ。小さな四角の欄に小ちゃな文字でスケジュールやその日の感想が綴られているのをボンヤリ眺めていると、私とヒロナとマキコの収録順は前後しても、アキだけは絶対にその日最後のレコーディングになっていたことに気づいた。
 もちろん、アキのレコーディングがすんなり終わるから、彼女が最後なのは納得がいくが、それなら朝一番でも同じことのはず。
 でも、絶対にアキは最後の収録だった。最後のテコーディングなら、途中でメンバーが入ってくることもないし、誰かが残っていても途中で帰らざるをえない。
 最後までアキのレコーディングに立ち合えるのは大人しかいないのだ・・・。
 そもそもアキは夕方にスタジオ入りをするし、帰りも車で家まで送ってもらえるらしいから、体力的にも精神的にも負担はないと思うが、他のメンバーはアキのレコーディングには絶対に立ち合えない。

 心がモヤモヤした。
 これは本人に聞くべきなのか、それとも阿南さんに聞くべきなのか。はたまた、リーダーであるヒロナに聞いてみるべきなのか。いや、そもそも、こんなことに疑問を抱く自分がおかしいはず。
 聞くとしても、何を聞けばいいのか分からない。「どうして、アキがいつも最後のレコーディングなの?」と聞く意味もないし。
 「もしかして、私たちが知らないところで何かしてる?」なんて口が裂けても聞けない。でも、心のモヤモヤを感じてしまうのだ。

 「ねえ、アキってなんで、いつも最後のレコーディングなの?」

 メッセージをヒロナに送ろうとするが、最後の指が動かない。これを聞いて何になる。大した返事がないことは目に見えているじゃないか。
 自分の意思に反するように親指が震えている。しかし、徐々に親指はスマホ画面に近づき、とうとう送信ボタンを優しく触れてしまった。

 「ん? アキちゃんのレコーディングが一番早いからでしょ!」

 すぐに返信がきた。
 想像通りの反応。反射的に指は「だったら朝でもいいじゃん」と打つ。
 しかし、これを送れば、天然のヒロナでも流石に異変に気付くだろう。
 もしかしたら、これで何かが発覚してしまうかもしれない。アキが大人に虐められている可能性だってゼロではない。高校生が夜まで働いているのだ。そう思われても仕方がない。そうだ。私の疑問は、なんの邪推もなく、純然たる疑問なのだ。これを送ったところで・・・。

 「だったら朝でもいいじゃん」

 すぐに既読マークはついたが、ヒロナからは返信が来なかった。

 2200字 1時間51分

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