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話し合う前の段階2  (ヒロナ)

【ヒロナ】

 多数決は嫌いだった。
 「これが民主主義の原点だ」と先生は言っていたが、どうも腑に落ちない。なんともいえないズルさを感じるのだ。
 トラブルが発生したときに「だって君たちが決めたことだろう」と言い逃れするための制度。間違いを批判された時、それを決めた大勢の仲間で、批判の声を分散させるための制度。誰も責任を負わない。都合の良い制度な気がしてならなかった。

 だから、やりたいことは自分でやる。人を巻き込むときは、私が決めて突っ走る。きちんと責任を負うことを胸に決めてきた。
 おかげで沢山失敗したし、人にも迷惑をかけてきたが、所詮、私たちは子どもなのだ。だからといって家族を失うワケではないし、友達がいなくなることもない。素直に謝れば皆、許してくれた。
 そして、いつの間にか「ヒロナだからしょうがない」という空気が生まれて、より挑戦しやすい環境になっていったのだ。

 もちろん、こんなチャンスはない。
 私たちのバンド「HIRON A’S BAND」に大手芸能プロダクションから声がかかった。夢のような話だ。頭では分かっているのに、即答できない自分がいる。

 「うーん・・・」

 何度も唸るが、うまく言葉が出てこない。この気持ちはなんだろうか・・・。
 マキコちゃんは完全に舞い上がって「即答ですよ!」「会うだけ会ってみましょ!」とピョコピョコ身体を動かしているが、ミウもアキちゃんも静かに黙っている。私と同じような心境なのだろうか。

 「うーん・・・」

 バンドの方針を最終的に決めるのは私だ。ミウとアキちゃんを巻き込んでバンドを始めた時も、マキコちゃんのバンド加入を決めたのも私。今後のバンドのスケジュールを考えるのも私だし、そのための手続きをするのも私。
 曲作りなどは皆で話し合いをするが、それ以外の演出やバンドのプロデュースは、全て私が決めてきた。
 
 「うーん・・・」

 声がかかったとはいえ、すぐに芸能プロダクションに所属できるワケではない。まずは名刺をくれた“阿南リョウ”さんと話し合いをしなければいけない。
 気が早いのは分かっている。でも、そこに行けば、話がグングンと進んでしまう気がしてならなかった。

 「・・・あのさ、みんなの意見を聞かせてくれない?」

 多数決は嫌いだ。
 最終的には私が決めようと思っている。でも、みんなの声が聞きたかった。マキコは聞かずとも「行きましょう!」の一点張りだったが、ミウとアキちゃんは黙ったまま。どう思っているのか知りたかった。

 「わ、わ、私は皆と音楽ができるなら、そ、そ、それ、それでいい」

 アキちゃんは最初からシンプルだ。音楽と寄り添い、音楽を心から楽しめることが出来るならば、それ以上のことは何も望まない。天性の歌声を持ち、聞いたものの心を動かす天才的な才能を持っているのに、欲がない。
 だからこそ、彼女の歌を多くの人に知ってもらうために、光を当てる人が必要なのだ。バンドを組んだ最初の理由もそれだった。
 芸能プロに入れば、さらにアキちゃんの才能は認められるという確信がある。

 「・・・私も正直どっちでもいい。ヒロナが決めた方にバンドは進むだけだし」

 ミウは迷っているみたいだった。
 いつもは私の背中を押してくれたり、ぶつかってくるはずなのに。
 たぶん、私と同じことを感じているのだろう。
 そして、その直感はきっと現実になる。
 
 「あたしは絶対に行くべきだと思います! みんなおかしいです! なんでそんなに消極的なんですか!? 大手なんですよ? 奇跡なんですよ?」
 
 マキコちゃんは分かりやすくて可愛い。芸能の世界に憧れていたのだろう。持って生まれた容姿を生かせるの華やかな世界だ。当然といえば当然だ。
 過去にスカウトされた時は「よく分からない会社だったから断った」と言っていた。それが今回は、有名アーティストが大勢所属する大企業なのだ。興奮するのも無理はない。
 たぶん、華やかに芸能界デビューができれば、ジャンルはなんでもいいのだ。俳優でもモデルでもグラビアでも。誰もが認めるような存在になりたいようだった。そんな硬くて脆い意志が彼女から覗いた。

 「なるほどね。分かった、ありがと! 参考になった! もう少し考えてみる! じゃ、今日のところは解散!」

 話し合う前の段階だ。もう一度、自分と話し合わなければいけない。そして、決めることになる。
 いや、腹の内では最初から結論は出ているのだ。ただ、クッキリと見えてしまう未来に不安が募ってしまう。

 引っ込み思案だが、天才的な歌唱力を持つアキちゃんと、王道と言っていいほど直球美人のマキコちゃんがいるのだ。
 高校生ガールズバンドというのも面白い。キャッチーだ。カバー曲よりもオリジナル曲に特化している点も売りやすい。本格的に業界に進出したら、絶対にバンドに火がつく。

 一度足を踏み入れたら最後。もう、日常には戻ってこれないだろう。
 
 家を後にするみんなの背中を見送った。
 
 見えている未来に飛び込む勇気は、未知に飛び込むことよりも恐ろしい。

 多数決をしても、全員が一致するだろう。

 分かってる。全部、分かってる。

 だから、恐い。

 みんなの背中が見えなくなってから、私は大きく手を振った。


 1時間53分 2100字
 

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