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【小説】 ワンオブゼム (ヒロナ)

【ヒロナ】

 「終わったねえ」

 「た、たの、楽しかったね」

 文化祭が終わった。初のワンマンライブが終わった。無事に。いや、ビックリするくらい大成功だった。盛り上がりすぎて現実味がないほどに。
 学年関係なく沢山の生徒や先生から声をかけられ、学校の有名人扱いをされた。「デビューしたら売れるんじゃね?」なんて無責任なことまで言われ、注目を浴びるほど心にモヤがかかった。

 「次なにしよっかね?」

 「きょ、去年はクリスマスまで、あ、あい、空いちゃったよね」

 次にやることは? いつライブがある? それまで何の練習する・・・?
 昨年の文化祭とは違い、立ち止まることは無くなっていた。燃え尽きるほどの達成感みたいなモノはなく、続けていきたい気持ちが自分の身体を追い抜いて先に走っている。それはアキちゃんも同じらしい。
 走らないとモヤで前が見えなくなってしまう。

 「入場料無料とはいえ、ワンマンであれだけのお客さんが集まったワケだから、ハロウィンが近くなれば対バンのライブのお誘いとかもあると思うんだよね。先輩たちからもさっき声かけられたし」

 「凄い! う、うれしいね!」

 今回のライブでは、マキコちゃんのギターの弦が切れるというトラブルがあった。なんとか切り抜けることはできたが、どうして、あの状況を想定してスペアのギターを用意しなかったのか。いかなる場合を予測してライブ設計をしていなかったことが悔やまれる。自分の想像力が足りない。そして、みんなを守る意識が足りなかった。

 「でもさ・・・、その先は?」

 「そ、その先?」

 大きな発見もあった。私たちは、お互いの演奏を尊重し合った時に音楽が爆発する。動揺するマキコちゃんを励まそうとドラムを叩いた。急遽変更されたアコースティックバージョンの新曲に、必死で魂をのせた。“誰も欠けてはいけない”ことを初めて自覚したんだと思う。

 「うん。その先。たぶん、これからのバンドスケジュールって、対バン、クリスマス、音楽祭、そして、受験でしょ? 去年の繰り返し、増えてもライブハウスが増えるだけだと思う。あまりにも分かり切った未来だなって。受験になったら、みんな忙しくなっちゃうと思うしさ」

 「そうだね・・・」 

 友達といる時や授業を受けている時。この輪から自分一人がいなくなっても世界は変わらないだろうと思ってしまう時がある。喪失感はあるかもしれないが、すぐに自分の替えになる何かが現れるだろう。当たり前だ。
 友達は“快適に生きること”が目的だし、学校や会社は“存続させる”ことが目的で、私がいようがいまいが関係ない。大きな社会の中で、人は記号と化し、ワンオブゼムとして生きることになる。

 「ねえ、アキちゃんって、いつまでバンド続けたいって思ってる?」

 「・・・・ず、ずっと。・・・かな」


 それがバンドは違う。
 誰かが欠けたら成立しない。ヘルプで同じ楽器を使う人間が入ったとしても、それは違う。メンバーの演奏が必要なのだ。人にこそ、価値があり、意味がある。

 「・・・私も」

 「うん」

 バンドを続けることで、自分の存在をクッキリと認識できつつあった。アイデンティティというか。バンドこそが自分の居場所のような気がしていた。
 父親を亡くし、音楽をやることで自分を保つことができたというアキちゃんの気持ちが少し理解できた気がする。

 「どうしたら続けられると思う?」

 「え、えーっと。うーん・・・。む、むず、難しい質問」

 「あはは! ごめんね。そうだよね・・・」

 「ヒ、ヒロナちゃん、い、いつ、いつもバンドのために色々と考えてくれて、あ、あり、あり、ありがとうね」

 次にバンド目線で考えたらどうだろうか。結局、ワンオブゼムのバンドになってしまうのではないだろうか。文化祭も、対バンも、大会も。私たちが欠けたところで替えがきく。
 人もバンドも、それ自体に意味と価値を生み出さないと活動できなくなってきてしまう。
 大学進学、就職、結婚を考えるとライブ頻度も少なくなっていくだろうし、何よりモチベーションの維持ができなくなっていくだろう。
 このまま、大人になってしまうのか・・・。

 「ううん! バンドのためってのもあるんだけど、一番はバンドを続けていきたい自分のためだから!」

 「わ、わた、私は一人で音楽をやっていければいいと思ってた人間だったから、ヒロナちゃんが誘ってくれて本当に嬉しかったし、バ、バ、バンドに出会えてよかったと思ってるから。バンドがなくなることとかは、う、うま、上手く想像できないや」

 続けていくためには、続けなければいけない仕組みを作る必要がある。圧倒的なファンを作るとか。安定を捨てて背水の陣を敷くとか。仕事にしてしまうとか。一番、可能性が高いのは・・・。

 「実はね、阿南さんが、また声をかけてくれたの」

 「え、そ、そうなんだ」

 「私はね、今回は引き受けようと思ってるんだ」

 「・・・うん」

 一瞬、アキちゃんの言葉に間が生まれたが、それはネガティブな空気ではなく、決意の時間のように感じた。

 「私たちは、事務所に入って本格的にバンド活動をしていくと思う。食べていけるのかは分からないけど、続けていくことができる理由になると思うから」

 「ヒロナちゃ・・・」

 「もちろん、事務所に入らなくたって続けていくことはできるんだけど、今、待ち受けてる未来と、事務所に入った先に待ち受けてる未来を比べた時に、やっぱり持続することとかも含めて、可能性は事務所に入った方がいいんじゃないかと思ったんだ」

 自分の意見を言うのが怖かった。相手の意見を聞くのが怖かった。
 もしかしたら、私の決断でバンドが分裂してしまうかもしれない。それこそ、全てが台無しになってしまう。それでも、突き進むしかなかった。
 相手の言葉を遮ってでも。

 「ヒロナちゃ・・・」

 「事務所をクビになったところで、結局、続けるときは続けるんだから! 何もしないで未来をただ待つよりも、声をかけてくれた人の力を借りながら、自分たちで未来を歩いてみたくなっちゃった」

 「大丈夫だよ。伝わってるから。私はヒロナちゃんの決意を信じてるから」

 鼻の奥がツンとした。
 もしかしたら、気付いていないだけで、文化祭でのライブが終わったことに寂寥感みたいなものがあったのかもしれない。センチメンタルが身体を覆った。
 
 「・・・ありがと」

 始まりがあれば終わりもある。

 何かが終われば、何かが始まる。

 これは世の常、人の常。

 文化祭が終わり、私の中で何かが始まっていた。

 アキちゃんは言葉に詰まることがなくなってきている。

 たぶん、彼女の中でも、何かが始まってきているのだろう。

 何が始まっているのかはわからない。

 でも、終わりがくることは、考えたくなかった。


 2時間 2750字

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