見出し画像

外側にいる人が持つナイフ  (マキコ)

【マキコ】

 思い返せば、笑っているのはいつも外側にいる人だった。自分は何もしないで、ただ遠くから見てるだけ。俺には関係ない。私には関係ないという心がそこには隠れている。関係がないから大笑い出来るのだ。
 生徒会として活動している時も、学級委員として活動している時もそうだ。新しい提案をする時や、クラスのみんなにアイデアを募る時、バカにしてくるのは輪には入らず意見を言わない人。それなのにチャチャを飛ばしてくる。
 昔から人前に立つ事は好きだったし、周りの人も文句なく立たせてくれたのは運が良かった。人の目に晒されるのだから逆風が吹くことは予想していたが、いざ現実として目の前に立ちはだかると、辛いことも多かった。

 闘わない者の笑い声ほど痛いモノはない。純度の高い悪意のナイフに何度も傷ついてきた。彼らのナイフに数々のアイデアや挑戦が切り刻まれ、意欲が奪われていく。世間を上手く生きていくには、心の痛みに鈍感にならなければいけないのだと思った。

 「じゃ、あの、傑作ができたので、歌詞を読み上げまーす」

 ヒロナさんに続いてミウさんまで「傑作」という言葉を使ったことで、場は笑いに包まれた。自分でハードルの高さを上げて、思いっきりそのハードルにぶつつかってしまったヒロナさんが報われた瞬間だ。
 おかげで後に続く私の緊張はほぐれ、胸の中がジンワリと温かくなるのを感じた。順番がきたら「傑作」の言葉を使った説明をしようと思ったし、もし、大失敗をしても、この人たちは絶対にバカにしないという確信が持てた。

 ミウさんがノートに書き綴った歌詞を読み上げると、場はパッと明るくなった。「時間」がテーマになっているようで、歌詞もいわゆるロックバンドっぽくはない。ミウさんの優しさや悲しみが伝わってくるような愛らしい印象だ。
 ミウさんの挑戦にヒロナさんは喜び、しきりに「作家になった方がいい!」と絶賛した。歌詞を聞いて、そこまで夢を飛躍させることができるヒロナさんは素敵だと思う。ミウさんもまんざらではないような表情をしている。

 この場所は、挑戦の後押しをしてくれる。
 そして、みんな、挑戦することの大変さを分かってくれている。

 「えっと、じゃあ、次はあたしの傑作を聞いてください!」

 「おおー!」という声が上がる。みんな、笑顔だ。私を見る目の奥には挑戦する人への敬意が見えた気がした。晒されるという感覚はない。もちろん反応の良し悪しはあるという不安はあるが、心を痛めるような心配はない。

 ドリーム・キラー 作詞:広瀬マキコ
 
 私 一人 歩いてる
 友達 たくさん 人 たくさん
 全部 うそ 全部 うそ

 私 一人 歩いてる
 先生 両親 みな 同じ
 あなたのため こんな時こそ
 それって結局 誰のため?

 負けるために 生まれてきたワケじゃない
 泣くために 生まれてきたワケじゃないよ 
 一人ぼっちが怖いから カッコつけて生きてきた

 ドリーム・キラー 千ナイフを投げつけて
 ドリーム・キラー 愛を抱きしめて 
 
 私 一人 歩いてる
 小人の国の 巨人 
 巨人の国の 小人
 違いはたったのそれだけさ

 私 一人 歩いてる
 成功すること 好きになること
 意味はほとんどおんなじだ
 こんな気持ち わかるでしょ?

 負けるために 生まれてきたワケじゃない
 泣くために 生まれてきたワケじゃないよ
 一人ぼっちが怖いから 背伸びには疲れたよ

 ドリーム・キラー 大事件だ
 ドリーム・キラー 手を握って

 星はグルグル回ってる
 今がチャンス カギを開けて
 出かけよう さあ 始めよう
 ありのままでいいじゃないか 

 ドリーム・キラー 
 ドリーム・キラー
 ドリーム・キラー
 ドリーム・キラー・・・

 ノートから顔を上げようとしたときには、もう、胸の中にいた。
 アキさんが私を強く抱きしめていたのだ。
 心臓が高鳴っているのがわかる。私もアキさんも。
 
 「ありがとう!」
 
 なんでアキさんが感謝の言葉を言っているのか分からなかったが、なぜだか目頭が熱くなった。ヒロナさんもミウさんも興奮している。たぶん、私の作った歌詞は彼女たちに評価されたのだと思う。
 
 「やっぱり、一人一曲作る夏の課題を出したのは大正解だったね! みんなの才能が爆発してるもん!」

 ヒロナさんは自慢顔で言った。
 彼女の顔を見ていると、不思議と自信が湧いてくる。

 「本当に! わ、わ、私たちは奇跡のバンドだよ! ヒロナちゃん、ありがとう!」

 アキさんの興奮は誰よりも激しかった。抱きしめる力はドンドン強くなる。音楽の才能に恵まれ、音楽と手を繋いできた彼女の中には、何か違う感情が巻き起こっているのかもしれない。
 気持ちが昂ったせいなのか、いつもよりも言葉がスラスラ流れている気がした。

 容姿や勉強、スポーツのように目で見て分かりやすく判断することができない、自分の作品や感覚を褒められることがこんなに嬉しいとは思わなかった。
 
 目や耳や口があるから、外側にあるものばかりに気を取られてしまう。

 でも、大切なものは身体の中にある。

 アキさんの抱擁には、心まで抱きしめてくれたような優しさがあった。

 
 2時間50分 2100字

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?