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暇つぶし (ヒロナ)

【ヒロナ】

 負けず嫌いが好きだ。

 ライブハウスでの演奏が終わってから、マキコちゃんはギターの練習を本格的に始めた。これまで、楽器をやってこなかった人間がギターをやるのだ。手は当然血豆だらけになってしまう。でも、時間はある。まだ、人生は始まったばかりなんだ。「完璧」なマキコちゃん像が一変した。ギターを背負い、愚直に練習する姿は、人々の心を討つようで、彼女の評判はさらに上がっていた。

 彼女の尊敬するべき点は、プライドを捨てて素直に教えを乞うことができたことだ。暇さえあればアキちゃんの横に位置付けて、ギターを習った。学校でも公園でも家でも。時には二人でユーミンのカバーを歌ったり。

 美女が二人揃ってギターを弾いて歌うのだ。人気が出ないワケがない。周りからは「アキ・マキ」と呼ばれるようになり、マキコちゃんのおかげでアキちゃんまでも後輩の中で有名になっていた。

 私とミウも「アキ・マキ」に触発され、さらに練習に励んだ。やればやるだけ技術が磨かれるのは楽しいものだ。ある程度できるようになっても、所詮高校生レベル。上を見れば、練習が足りることなんてなかった。

 夏休みに入って2週間後に「全国高校生バンド大会」の本戦が始まる。それまでは毎日のように集合し、練習に明け暮れた。
 高校生になって最初の夏休みを躊躇することなくバンドに返上したマキコちゃんの情熱はすごかった。
 曲はできている。お客さんの前での演奏経験もある。それでも、練習が足りないと思ってしまう。まだ、完成度が低い。リズムがずれる。ミスしてしまう。とにかく、不安要素をなくしたかった。毎日、毎日、同じことの繰り返し。同じ曲を何度も練習する。歌は抜きにして、演奏をひたすらに。

 「型を作るから、型破りになれるんだよ。型がなかったら、型なしになっちゃう! だから頑張ろ!」

 一日中練習をしていると、何度も心が折れる瞬間がきてしまう。飽きもくるし、何度もやっているから集中力もなくなっていく。そんな時は「型を作ってる最中なんだ」と励まし合った。

 この話は離婚した父親がよく言っていた。歌舞伎や演芸が好きで、家庭を顧みず道楽に溺れた父。
 酒、ギャンブル、女。
 生まれてくる時代を間違えてしまったかのように、自由奔放に生きていた。彼は「人生は死ぬまでの暇つぶしなんだ」と好きな芸人の言葉をよく言っていた。当時は家族全員呆れてものも言えなかったが、確かにバンドを始めてから、「暇だな」と思うことはなくなった。

 アキちゃんは音楽の神様に抱きしめられているのか、休憩時間も次から次へとオリジナルのフレーズを弾いたり、新曲を作っていた。ぼんやりと世界の外側に焦点を合わせているのだろう。歌詞をポツリポツリと呟いていた。
 すっかりその光景に慣れてしまい、私とミウは創作中のアキちゃんに話しかけることはなくなったが、バンドに入ったばかりのマキコちゃんには異様に映ったようだ。彼女は心配そうに尋ねたが、「ご、ご、ごめんね、家にいるみたいに安心しちゃって。こ、この、このモードになっちゃうの」と言われていた。
 この時間がアキちゃんにとっての「暇つぶし」なのかもしれない・・・。

 「ねえ、この夏休みの間にさ、一人一曲、曲作りしてみようよ! これ、夏休みの宿題ね!」

 ミウもマキコちゃんも凄く嫌そうな顔をした。大会前で練習に必死で、その後は夏期講習や友達との遊びもあるのに、さらに追い討ちをかける気か! と目で訴えられた。

 「だって、これまでずっとアキちゃんが曲作りしてるんだよ? それでいいの?」

 「楽しい暇つぶしになるじゃん」なんてことは口が裂けても言えなかった。やることが沢山あったほうが充実する。自分一人で決めたことよりも、みんなで決めた約束の方が守れる自信があった。

 「ま、メロディ全部は難しいかもしれないけど。私ギターとか持ってないし、なんたってドラムだし。でも、少なくとも歌詞は作ってこようよ! それで、その歌詞にみんなでメロディをつけるってことを2学期から始めてみない?」

 アキちゃんは黒目がちな目を大きくして喜んだ。新しい音楽に出会えること。新しいみんなに出会えることが嬉しいみたいだ。
 何かを生み出すということは、心の奥底に眠る、その人なりの本音が現れるはずだ。また、違ったコミュニケーションが生まれるかもしれない。
 
 アキちゃんの反応を見たら、もう、反対なんてできないだろう。
 案の定、ミウもマキコちゃんもコクリと頷いた。
 二人とも視線を上にあげて、どんな歌詞にしようかを早速考えているようだ。
 
 「あはは、まあ、真剣に考えるのは大会が終わってからね! でも、作ってこなかったら・・・」

 みんなに緊張感が走ったことが面白かった。
 人は罰ゲームみたいなモノが好きらしい。

 「特になし! ・・・でも、自分で決めた約束よりも、みんなで決めた約束の方が守れるでしょ? だから、みんなで約束ね!」

 安堵と同時に、「約束」という言葉がみんなを見えない糸で繋いでくれた気がした。“約束を破ると信用を失う”ということは、少ない人生経験でも分かる。
 でも、約束を守った時に生まれる絆のことも分かっていた。

 「じゃ、もう一回合わせよっか!」

 みんなの顔が引き締まった。
 また、同じ曲の繰り返し。練習の繰り返しだ。
 それでも少しずつ、見えてくるものがある。
 演奏のクセ、ミスをした時に見せる表情、ノッテいる時の空気感。
 時間を忘れて、私たちは、最高の「暇つぶし」をしている。


 1時間20分 2200字

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