見出し画像

じゃ、ライブで (ミウ)

【ミウ】

 「うち、メンバー4人しかいないのに、毎年文化祭のクラスリーダーがいるって珍しくない? なんか、いわゆる尖ったバンドじゃない感じでいいよね」

 二回目の文化祭。ヒロナの声が人の少ない体育館に響いた。熱気を閉じ込めることが得意なこの場所も、まだ涼しい風が通っている。
 私たちは朝から体育館で音響や照明機材の調整をしなければいけなかった。今年はイベントの企画として「HIRON A’S BAND」のワンマンライブが開催されるのだ。昨年行われたバンド企画とは違い、今年は私たちだけが披露することができる。そのため、機械周りのことも全て自分たちが主導となって行動しなければならなかった。

 「ああ、確かにね。でも、外側から見ているとね、尖ってはないんだけど、特別感が出てるバンドって感じだよ」

 準備を手伝ってくれていた中草くんが答えた。彼と私は一年前の文化祭をキッカケに付き合うようになった。彼は文化祭の実行委員でもあり、今回のワンマンライブ企画の裏には彼の推薦の力もあったそうだ。
 
 「特別感ってなんですか?」

 マキコがすかさずに聞いた。私たちと話す時とは違い、言葉遣いまでカッチリとした優等生を演じる“女優モード”のスイッチが入っていた。一緒にいると忘れてしまうが、彼女は今年入学した後輩なのだ。
 去年は私がクラスリーダーに選ばれてしまい、今年はマキコが選ばれた。いや、もしかしたら天性の女優気質の彼女は立候補したのかもしれない。しかし、私と違い、マキコはクラスとバンドを両立させていた。

 「それこそロックバンドとかのイメージって、はみ出しものとか、社会への反抗とか、そういう感じじゃない? でも、ここには広瀬さんみたいにクラスリーダーになるような人もいれば、茂木みたいなおてんばな子もいる」

 マキコはケーブルを引っ張りながらも真剣な表情で耳を傾け、ヒロナは「おてんばって! 小学生じゃないんだから!」と全力でツッコミを入れた。

 「かと思えば、静かで雰囲気のある谷山みたいな子もいるし、緒方みたいなバランスの取れた人もいる」

 アキは照れたような顔をしていたし、私も「バランスが取れている」と言われ、むず痒い気持ちになった。

 「だから、バラエティ豊かというか。一見すると、なんでこんなバラバラな人たちが集まってるの? って思うんだけど、ライブになった途端に全員が一丸となって輝き出すから、見ていて本当に面白いんだよ」

 「バラバラな人たちが集まっている」と思われていることに笑ってしまった。
 彼氏という点では内側の人間なのかもしれないが、バンドがどう見えているかの客観的な意見を聞いたことがなかったので新鮮だった。

 「あはは! 面白いねー! 確かにさ、私とミウは幼馴染っていうのがあるかもしれないけど、それぞれ交友関係が全然違うよね」

 「あたしもそれ思ってました! 入ってみて、そこが意外だったというか。バンド以外ではそこまで頻繁に会わないというか。でも、それが自立していていいなって」

 「わ、わ、私は友達少ないけど・・・」

 「アキ、それは否めないわ」

 体育館に楽しい笑い声が響いている。
 手伝ってくれている他の実行委員も、話を聞きながら笑っていた。「そこがいい」「いつも楽しそうだからこちらまで笑顔になれる」「ベタベタしてない感じが好感持てる」と男女問わず、次々に言葉が飛び交い、笑い合っているうちに準備が終わった。

 その後、騒音問題のため小さな音でのリハーサルがあり、ヒロナと照明チームで打ち合わせが行われ、マキコと中草くんは文化祭の準備に向かう。
 「じゃ、ライブで」の一言だけで、アキと私は放り出されてしまった。

 「な、なん、なんかプロみたいだね」

 アキの言葉には寂しさがある気がした。
 確かに、スタジオに篭ってひたすら見えないゴールを目指すようなリハーサルとはワケが違う。機械的であり、現実と向き合わなければいけない。

 「今回はバンド出演が私たちだけだから、やることも多いしね」

 アキがどんな反応を求めていたのかが分からず、目の前に広がる事実だけを言った。

 「え、え、えら、偉そうに聞こえちゃうかもしれないけど、みんな、い、いち一年前とは見違えるように成長したよね」

 校舎のいたるところから胸を躍らせた生徒たちの声が聞こえてきた。まだ登校時間にはなっていないのに。ペース配分なんて言葉は存在しないのだろう。
 
 「そうかもねー!」

 「こ、こ、こんな楽しい未来が待ってるんだよって、小学校の自分に教えてあげたい」

 小学生の頃に父親を亡くして、真っ暗闇を歩き続けきたアキ。
 彼女はギターという懐中電灯を握り、歌うことで不安や恐怖を乗り越えてきた。自分を守る行為だったのだ。

 「この先はもっと楽しい未来が待っているよ。たぶん、未来のアキもそう言ってる。未来はいくらでも変えられるんだから」

 「うん! あ、あ、ありがとう! み、みら、未来の自分がタイムスリップしてきたら、何て言うんだろうね?」

 「あー難しいね。『変化を恐れるな!』とかかな?」

 アキはクスクス笑って「そんな、説教みたいなのイヤ」と言った。

 未来の自分は何をしているのだろうか。

 今日のライブでは何が起こるのだろうか。

 分からない。

 未来の私に問いかけてみる。

 今、私はどうすればいいですか?

 どれだけ投げかけても返事は返って来ない・・・。
 
 でも、やっぱり未来の私は、私に説教をしている気がした。

 
 1時間58分 2200字

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?