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短編小説 「塔」 〜後編〜

またあの声だ。

「Bと同じ道を歩む気か」

「いつまで続けるの」

(成果も出てないのに)

町との連絡。

いつしか、皆が後ろにそう付け加えているように僕は感じていた。

呼吸がしにくいのは、塔の中の空気がこもっているせいだろうか。


僕が塔に入って、半年が経過している。

幸い怪物にはまだ遭遇していないが、遺物はなかなか見つからなかった。
おそらく『彼ら』が既にあらかた持っていったためだろう。
使える遺物を見つけるためには、もっと塔の上に登らなければいけない。

塔の中を進むのは容易ではなかった。

道らしい道はほとんどなく、瓦礫や家具やなにかの装置が行く手を阻み、
僕は周りの鉄くず等を使って、自力で障害物を除去しなければならなかった。

だが、探索は見たことのないものの連続で、不安よりも楽しみのほうが勝っていることに、自分でも驚いている。

その間だけは、肺と外気が一体になって、何にもせき止められることなく呼吸をすることができる。


ただ一つ、あの非常扉の前に立つと、ひどく気が滅入った。

糸電話と、使い道の見いだせなかった遺物をパラシュートに括り付けて落とす、あの間だけ、僕はまだ地上にいた。

ドロドロが糸を伝って鼓膜に張り付いてくる。

そのドロドロは塔に戻ったあとも耳にこびりつき、肺に入り込み、鼓膜を勝手に揺らした。

それが何より厄介だった。

それが続いている間は、僕の中の『町の人間』と『彼ら』が争いを始める。

いずれ怪物に喰われて死に、ましてや町を黒船から救うような遺物を見つけることなんて出来ないかもしれない。
それなら地上に戻り、また溶鉱炉のお世話をしたほうがいいのかもしれない、と。

町での生活自体は嫌いじゃなかったので、

「そんな未来もあったのかもしれない」

という憧憬も自分の中にある。

一方で、そうした憧れはあの「ドロドロ」をだんだんと呼び寄せ、

僕の目や耳や口の中に入って、息を塞いでくる。

そして、その憧れによって僕自身も溶け、肺も粘り気を帯びて、「ドロドロ」と一体になって水槽の中でぷかぷか浮かんでいることが、僕はなにより怖かった。

また、そうした恐怖は探索に没頭することで薄めることが出来た。

そんなことを僕は塔の中で繰り返している。


「お前も登るのか、どうしてなんだ」

塔に登ると言い出した僕を町の人間が囲む。

塔は近くで見るとそれが円形だとわからないぐらい径が大きく、
また快晴の今日であっても頂上がどこにあるのか、霞んで見えないほど高い。

「ドロドロ」のことを言うと殴られるんじゃないかと思ったので、前例に習うことにした。

「Bの言う通り、誰かが登らなきゃいけないと思うんです」

僕はBとまではいかないまでも、エリート寄りの人間だったので、町の人間は前と同じように怪訝な様子だった。

「Bでも無理だったんだ。やめておけ」

「Bで無理の場合、なぜやめたほうがいいのでしょうか」

やや攻撃的な口調で、それも勝手に口から出たので、自分でも驚いた。

町の人間も驚いていたが、次第に憐れみの表情に変わっていき、
さらに、それがねじ曲がった不健全な嘘を孕んでいることを僕は見逃さなかった。


Bがなぜ成果が出ないにも関わらず塔にこだわり続けたのか、分かった気がした。



塔からの連絡が途絶えた。

Bは2週間に一回は糸電話で状況報告をしてきていたが、最後に連絡をとってからも3ヶ月になる。

「怪物に喰われたんだ。いわんこっちゃない」

そう町の人間は口々に言ったが、その顔はまるで何かを成し遂げた後のような、何らかの決意じみたものを含んでいた。

そのことが僕の肺をいっそう重くした。


僕は耐えられず、その晩に町長に伝えた。

「塔に登ろうと思います。」

僕にはBのような大義はない。

ただ息がしたかった。



目の前に非常扉がある。扉の色がくすんで見えるのは、錆のせいだろうか。

手を伸ばせば掴める距離に、ドアノブ。

そのドアノブから、生暖かく、ネタネタと重い空気が匂う。



彼の最近の調子はどうだろう。

噂が流れてこない所を見ると、まだ大きな成果は上げられていないみたいだけど。

俺はいきつけの喫茶店のコーヒーを飲みながら、去年から塔を登っている職場の元先輩のことを考える。

仕事が忙しくて、最近は塔の糸電話からの連絡のタイミングに予定を合わせられていない。

彼は仕事ができたから、このまま出世コースだって言われたんだけどな。
まさか、Bに続いて彼まで塔に登ると言い出すとは。

人間なに考えているか分からないもんだ。

俺は人を見る目には自信がある。

特に彼は、基本周囲に迎合しながらも、隠しきれてない不満みたいなものが内側からにじみ出てる感じがした。

この町の人間は「塔」に関してひどく保守的で、俺と同じくその閉塞感に辟易しているとすぐに気がついた。

それでも、一線は超えないタイプで、それも俺と同じ人種だ、と思って一目おいていたのに。

彼が「塔に行く」、と言ったあの日から、モヤモヤが晴れない。

俺は塔自体にはそこまで興味がないが、彼が何故その選択をしたのかにはひどく執着しているようだ。



今、私の自慢のオリジナルコーヒーを口にした男はこの店の常連だ。

彼の髪型はスネ夫に似ているから、私は密かに彼のことをそのままスネ夫と呼んでいる。

普段は友人らしき人物と二人で来ているが、今日は一人だ。

それとも、待ち合わせ中だろうか。

誰かが慌ただしく店の扉を開け、ドタドタと入ってきた。

いつも店に来ているスネ夫の友人だ。

彼はまるで自分の存在の証明をするかのように、仰々しく言った。


「塔からの連絡が途絶えた」


スネ夫のもつコーヒーの水面が細かく震えているのを私は見た。



塔の中の空気が『彼ら』の鼻を冷たく刺す。


〜完〜


↓前編

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