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短編小説 「塔」 〜前編〜

塔からの連絡が途絶えた。

僕が物心のついたときから、何度目になるだろう。

これまで何人もの『彼ら』が塔に登り、塔の外周のあちこちについている非常扉から遺物を町へ落としてきた。

『彼ら』は決まってそのうち音信不通になる。

塔には怪物が住んでいて、町の人間は、『彼ら』は「塔の怪物」に喰われたのだ、と言っている。


職場の工場の屋上から町を見下ろす。

見渡す限り鉄と化学の工場が目に映る。

幾千もの建屋の間を、なにかの製品を積んでいるのであろう、カーテンを被ったトラックたちがのろのろと往来している。

右手にはガントリークレーンと、その隣には深い藍色の海が広がっている。

この町は工業地帯で、僕の担当は溶鉱炉の管理だ。
大抵は言うことのきかない炉だが、この景色を見られることだけは、僕は評価している。

とはいえ、毎日のようにこの場所に来る理由はそこじゃない。

Bと最後に会ったときから、目の前にそびえる巨大な塔の存在がずっと僕に纏わりついてくる。


「明日、塔に登ろうと思う」

学生時代の同級生のBに呼び出されてきた喫茶店で、微笑を浮かべながら彼が言った。

僕はそれを聞いて、胸がザワザワして、なんだか気持ちが悪かった。

たぶん少し怒っていたのだと思う。

「どうして」

「黒船が来るんだ」

「黒船って、ペリーの?」

「ちなんで、そう呼んでる。

 先月、塔から遺物が落とされただろ?

 見たことない文字で誰も解読できなかったらしいが、

 おれにはなんとか読めた。おれは天才だからな」

「それで」

「遺物によると、黒くて大きい『何か』が海の向こうから、この町を支配しにやってくるらしい。

 なんでも、俺たちとは比べものにならない技術力をもっていて、見たことのない武器や乗り物をたくさん持っているんだと」

Bは真剣な顔でこちらを見ている。

Bとは学生の時から、それほど仲がよかったわけではない。

彼は明るい性格で成績業績ともに優秀、典型的なスーパーマンだったので、僕とは違う世界の住人だと思っていた。

だが、なぜかBは昔から僕をこうして呼び出しては、どこから仕入れてきたのか、まだ誰も知らない「秘密」を打ち明けてくる。

彼曰く、「初めて見た時に同類だと分かった」そうだ。

「だから、町が生き残るためには「塔」に頼るしかない。」

僕は案外驚かなかった。
いつかこうなると思っていたのかもしれない。



『彼ら』が塔から送ってくる遺物には、見たことのない技術で作られたものがたくさんある。

今のこの町の工業も、そうした技術をもとにして僕らの先祖が作り上げていったものだ。


「それならそうかもしれないね。でも怪物からはどうやって逃げるの?」

「お前のそういう所が好きだよ。」

彼はよくこの台詞を僕に言う。

「塔の怪物か。確かに生き残って帰ってきた者はいない。

 それでも、やるしかないんだ。

 あるいは、なんとかなる気すらしている」

自信満々のようだが、何が彼を突き動かすのだろう、と僕は思った。

町が黒船とやらに支配されるらしいことに対し、僕は疑いも信じもしなかったし、興味がなかったが、

彼の固そうな決意の源が何なのか、ということはとても気になった。

「そっか。楽しめるといいね」

当たり障りのない言葉でBとの最後の会合を終えたのも、今思うとやせ我慢だったのだろうと思う。

彼の周りの空気は普段よりもさらさらと涼しそうだった。



次の朝、まだ外が薄暗い時間に自然と目が覚めた。

Bは宣言通り、塔に登ったらしい。

仕事場に来ないBを不審がった職場の人間がBの家に行くと、『黒船』の件を含んだ置き手紙が置いてあったのだそうだ。

これを聞いて、僕は意外に思った。

Bの性格なら、もっと義理を通すというか、周囲に迷惑がかからない程度に挨拶なり、フォローをすると思ったからだ。


彼は本当に優秀な所謂エリートだったので、この町から頼られていた。

従って、町の人間はBが塔に登ったことが面白くないらしく、

「この町で暮らしていた方が良かったに決まってる」

と口々に言った。



Bの成果は芳しくなかった。

彼が落としてくる遺物は、既に修復不可能なほどボロボロになった機械や、誰も読むこののできない書物など、どれもどう活用していいか分からない代物ばかりだった。

塔の周りに人混みが見える。

町の人間とBがしばらくぶりに会話をしているようだった。

「遺物は役に立ちましたか」

「それが正直、あまりいい用途がないんだよ」

「では、もう少し上に昇ってみますね」

「いや、そのなんていうか、もう戻ってきたほうがいいんじゃないか」

「どういう意味ですか」

「君はたしかに優秀だった。町のみんなも君を頼っていた。だけど、この町と塔の中は別物だ。いくらこの町で成果を出していたとしても、厳しいんじゃないか。現に、大した遺物も見つけられていないだろう」

「どうして厳しいと思うのですか」

「だから、君が今までとは全く違うことをやろうとしているからだ。」

一瞬間をおいて、Bは言った。

「・・・そうかもしれませんね。ご助言感謝します。でも、もう少しだけやってみます」 


塔の外周にいくつかある非常扉には糸電話がついていて、その糸は塔の地上部までピンと繋がっている。

これで『彼ら』は町の人間と連絡を取ることが出来る。

もっとも、非常扉の数は多くないし、塔の内部には「怪物」もいるので、そうやすやすとコンタクトをとることは出来ない。

貴重な時間なのに、会話が噛み合ってないな、と僕は思った。


こんなことが何度か繰り返された。

Bの声色は徐々にその明るさを失っていっていた気がした。

ほうっておけばいいのに、と僕は思った。

そんなことよりも、目の前の溶鉱炉の世話をするのに忙しい毎日だった。

だが、町の人間はそうではないらしいことに気がついた。

そのことで、だんだんと、僕の周りの空気が粘り気を帯びるようになった。

どろどろとしたなにかで満たされた水槽の中にいるようで、

とても息がしにくく、手で掻いても推力を得られずに泳ぐこともできない。

町には気の合う仲間が何人かいたが、それでもこの水槽がなんのために存在しているのか、僕には分からなかった。


↓後編

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