【ショート小説】路地裏の階段を上ったら、宇宙に着いた。

 月と地球の間、無重力の暗闇の中で、これからどうしようか、と僕は考える。抵抗もせず、ゆっくりと体が流されるままに。

 僕を拾ってくれたご主人が冷たくなってしまった。僕にはご主人しかいなかった。ご主人だけがすべてだった。
 一週間前、ご主人は急に台所で倒れて動かなくなった。僕はしばらくご主人のもとを離れなかった。きっとまた起き上がるだろうと思って、僕はずっとご主人に体をくっつけて寝ころんでいた。そうやって一週間待っているうちに、僕は、もう二度とご主人が起き上がることはないことを察知した。僕はずっとご主人のそばにいたかったが、そうすることはできなかった。一週間何も食べていなかったので、あまりの空腹に耐えられなくなっていたのだ。

 僕は網戸だけが閉まっていた窓から何とか外に出て、食料を見つけるために夜の街を徘徊した。朦朧とする意識の中で路地裏を歩いていると、透明で内から光を放っている不思議な階段を見つけた。僕は引き寄せられるようにその階段を上った。上りながら僕はご主人のことを思い出していた。ご主人は、身寄りのない僕を抱きしめてくれた。頭を撫でてくれた。ご飯をくれた。ご主人は温かった。大好きだった。もうご主人はいない。愛してくれない。涙を流しながら、僕は鳴いた。僕の鳴き声は夜空に響いた。

 上り続けていると、次第に階段から足が離れていった。僕の体は無重力の中で浮いた。地球が遠のいて、僕は夜空に包まれている。体を漂うままに任せて、僕はぼんやりと思った。愛がほしい。寂しいのは嫌だ。

 遠く向こうに月が見えた。僕の背後には地球があるけれど、もうずいぶん小さくなってしまった。きっとこれ以上進んだら、引き返せなくなる。地球に戻るのか、このまま月まで流されていくのか、決めなきゃいけないと思った。

 もし地球に戻ったら、野良の僕をまた誰かが拾ってくれるかもしれない。そしたらきっと新しいご主人が僕を撫でてくれるだろう。抱きしめてくれるだろう。

 もし月へ進んでいったら、僕は一生独りぼっちだ。独りぼっちで生きていくのはとても寂しくて、辛いことだろう。

 僕はご主人の温もりを思い出して、目を閉じる。僕は決めた。このまま月へ進もう。僕は他の誰でもないご主人の愛が欲しかった。ご主人の愛じゃないなら、いらない。

 僕は体を丸めて、何度も何度もご主人との思い出に浸る。暗闇の中で、はるか遠くの星々がきらきら、きらきらと、輝いていた。

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