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【ショートショート】砂時計の中は弱肉強食の世界(1351文字)

 読了目安4分 1351文字

 僕は砂山の最下層から空を見上げる。天上にはわずかに砂が浮いていて、さらさらと少しずつ砂山のてっぺんへ降り注いでいた。
「今日中に、全ての砂が落ち切りそうだね」
隣にいた、最下層仲間のトムが言った。
「砂が落ちきったら、世界が終わるって噂だぜ。よかったな、相棒」
そう続けて、トムは僕の肩に手を置いた。

 ここは弱肉強食の世界だ。虐げられたくなかったら、この砂山の中で誰よりも高い場所を陣取らなくてはいけない。それはとても熾烈な争いだ。今も、誰かが自分を守るために他の誰かを騙して、陥れて、砂山から引きずりおろしている。強い人間だけがこの砂山の世界で悠々自適に生活ができるのだ。 

 そしてその砂山の裾野の部分で生きている僕はもっとも弱い人間ということになる。トム以外の誰もが、僕をあざ笑っていた。この前なんて、砂山から転げ落ちてきた怪我人の世話をしていたら、馬鹿にするなと怒鳴られて、最終的に蹴り飛ばされてしまった。この世界は僕にはとても生きづらい世界だ。

 だから、トムが言った今日中に世界が終わるという言葉は僕をとても勇気づけた。

 早朝、僕とトムは裾野で育てていたジャガイモをいつものように掘り起こしていった。
 昼、砂山の頂上付近の住人が下りてきて、僕らのジャガイモを最後の晩餐にするからと言ってすべて持って行ってしまった。
 夜、僕らはしょうがなく、残っていたわずかな出来損ないのジャガイモをかき集めて食べた。

 ぐう、とお腹が鳴る。虚ろな目で砂山のてっぺんに建っている豪邸を見上げた。そこから、何やら楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
 天上の砂は朝よりさらに少なくなっていた。あと数分でなくなりそうだ。隣で空を見ていたトムが言った。
「お腹がすいたね。相棒。僕ら結局、最後まで満足にご飯にありつくことができなかったね」
僕は言った。
「そうだね。僕は今でも、よくわからなくなることがあるよ。どうして僕らはこんなに他人を蹴落とすのが嫌なんだろうね。それさえできれば、もっと楽に生きられた気がするよ」
トムはそれを聞いて言った。
「それはね、君が優しかったからだよ。僕ら最後まで優しい人間であれたんだ。良いことじゃないか」
「良いことなわけあるもんか。こんなに苦しんで。ただただ臆病だっただけじゃないか。頑張って勇気を出して刃向かえば良かった」
僕の言葉を聞いてトムがゆっくりと目を閉じる。
「そうかい。でも僕は、そんな君がいてくれて良かったよ」
「・・・」
トムの言葉に僕は泣きそうになり、空を見上げることができなくなった。と、その時、
「あ、ついに砂が全部落ちきったぞ」
とトムが声を上げた。僕も空を見て砂がなくなったことを確かめた。

 しばらく世界は静かだった。この世界にいる誰もが息を潜めて、次に何が起こるのかに注目していた。

 音もなく急に、ぬっと遠い暗闇から巨大な手が現れた。その手はこの世界を掴み上げたかと思うと、次の瞬間くるっとひっくり返した。
 砂山のてっぺんに建っていた豪邸がバキボキと音を立てて破壊され、小さな穴に吸い込まれていくのが見えた。

 気が付くと僕とトムはだだっ広い砂の平原に二人で寝転がっていた。僕らは顔を見合わせて笑った。

 世界は確かに終わるみたいだ。ただし、砂山のてっぺんにいた人たちから順に。

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