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つくったものがどこまでも連れていってくれる。だからつくり続ける。 / 神杉遥介(MEFILAS)

タイムラインを眺めていると、ふと流れてきた「神様」というアカウントのツイート。神様って誰だろう…。それが神杉さんを知るきっかけでした。その後、数々の制作実績を拝見していく中で、ハンドルネームやツイートの節々に感じられるグルーヴ感のようなものが、制作にも影響しているのではないか?と感じ、今回は神杉さんのクリエイティブの核心に迫るべく、お話を聞いてきました。節々に流れる独特なグルーヴ感。このインタビューで感じとって頂けたら幸いです。

今回もこの布陣でまいります

神杉遥介
MEFILASのアートディレクター。広告代理店の営業を経て、2013年ウェブライターとしてデジタルマーケティング会社に入社、以後デザイナーとして6年在籍。2019年よりMEFILASに所属。https://mefilas.com/



■神杉さんのキャリア変遷

神様と呼ばれた理由。

——(加藤)神様に会えた〜。(一同爆笑)

いやいや、ちょっと、やめてください(笑)

—— そうそう。iDIDのSNSアカウントをはじめて、タイムラインを徘徊していたら、ある時から「神様」って人のツイートが流れてくるようになって。「神様って、誰だろう…?」と。

(笑)もともと僕は10年前、大学生のときからツイッターをやっていたんですね。当時のツイッターは匿名性が強くて、ハンドルネームの人が多かったんです。それで、僕もどうしようかと思っていたんですが、本名が「神杉」だからか、昔から「神様」っていじってくる人が何人かいたことを思い出して。だったら「神様」でいくか、と。で、僕もひねくれ者の自覚があるので、アイコンもそんな感じで探してたら、あのイラストを見つけたんです。

これだ

それで神様って名前で実績やTipsをツイートするようになったら、それがありがたいことに広まって、名前とアイコンがセットで認知されてしまいまして(笑)。正直引くに引けなくなったってだけなんです。

広告代理店の営業が、キャリアのスタート

—— 神杉さんのキャリアについてお伺いしたいのですが、キャリアのスタートは営業職で、デザイナーではなかったようですね。

はい。デザイナーになるなんて考えてもいませんでした。僕が就職したのは2011年で、就職氷河期で、100社受けて1社受かるかどうかという時代でした。広告にはちょっと興味があったので、その辺を色々と探していく中で、総合広告代理店の営業職だけ受かったんですよね。

—— どんなお仕事をされていたんですか。

『るるぶ』や『まっぷる』など、旅行雑誌やグルメ本の広告枠を買ってもらうための営業で、配属はインバウンド事業部でした。僕が入社したのは、東日本大震災があった直後だったんです。そんな時期だったので、インバウンド市場も壊滅状態で…。そんなこともあって、世間的にも会社的にもめちゃくちゃピリピリしてて。

そんな中で「広告を売る」という仕事が、あまり楽しいと思えなかったんです。その反面、広告の営業が取れたあと、実際に「広告をつくる」ことは楽しいなって思ったんです。 ピリピリしてる中でも、それだけは楽しくて。それで、入社数ヶ月で「このままでいいんかな」とモヤモヤしはじめて、結果的には入社半年で会社を辞めることになるんです。

ウェブライターとして、業界に潜り込む

——最初の職場は半年で見切りをつけたと。思い切りましたよね。

はい。「つくる方にシフトした方がいいかも」と思ったんです。それで、まずは一年ほど、ウェブスクールに通うことにして、そこでPhotoshopの使い方を覚えました。当時Photoshopって言葉すら知らなかったんですけど、そのあたりからやっぱり、つくることを仕事にしたいなと思うようになってきて。

でも、求人サイトを見ても、この業界では未経験で入社することがまず難しくて。それでも「とにかくどうにかして、この業界に潜り込むしかない」と。結果、ウェブライターとして、前職でもあるデジタルマーケティング企業にアルバイトで入社することになったんです。

——ウェブライターとして業界に潜り込んだんですね!

そうなんです。その会社は今でこそデジタルマーケティングが主なんですが、もともとはSEOの会社で、サテライトサイトをいっぱい制作していて。僕はそのサイトで掲載する記事のライティングをしていました。ちゃんとしたウェブライティングではなくて、とにかく書きまくる、そんなライターでしたね。

——そこからどのようにしてデザイナーになったんですか?

当時ライターをまとめていた上司がいまして、その上司に 「ライティングで成果を出すので、業務終わりにデザインを教えてもらえるように(デザイナーさんに)お願いしてもらえないか」という相談をしたんです。それがありがたいことにOKを頂けて。それからは、業務中にはライティング、業務後にはデザイナーの先輩にデザインを教えてもらう、という日々が半年間ほど続きました。

その流れで「じゃ、デザイナーとしてうち来る?」とお声がけ頂いて。晴れて、アシスタントデザイナーとして採用してもらったんです。そこからデザイナーとしてのキャリアがスタートして、結果的に前職には6〜7年在籍することになるんです。

——自らデザイナーへの道を切り開いていったんですね…!前職時代に、ご自身の中で何かターニングポイントになった実績はありましたか?

「自分たちが作ったWebサイトを知ってほしい」と真剣に思い始めたのは、PLAN-Bの2019年新卒採用サイトで、これがひとつのターニングポイントだったかな、と。評判もよくて。その頃からですね、ツイッターで積極的に発信するようになったのは。その流れでいろんなブックマークサイトに取り上げてもらえるようになって。ムラマツさん(QUOITWORKSの代表、デザイナー)には「これはSHIFTBRAINの潮流を汲んでいるデザインだ」って言って頂いたり。あ、早速バレてる、と思って(笑)。そのときいろいろな方に注目してもらえたことが、結果的に転職のきっかけになった気がします。自分はもっとできるかもしれない、という自信にもなりました。

PLAN-Bの新卒採用サイト2019。ターニングポイントのひとつになった。


6年間浴びつづけた「鬼」のフィードバック

——前職での経験が今に活きていることはありますか。

この会社で得たものは、僕の基礎になっていますね。アシスタントになったばかりのときは、先輩に色々教えてもらいながらやっても、まったくうまくできなくて。「なんでこんなうまくできんのやろう」と。結局先輩に巻き取られて、先輩が残業したり。不甲斐なくて、辛くて、毎日落ち込んでる時期がありました。

そんな中、デザイナーになって一年ぐらいの時に転機があって。その会社が事業拡大にともない採用を強化することになり、 関西で有名なプランナーの方が入社されたんですよ。そこからそのプランナーさんに引き抜かれて、すごい人たちがどんどん転職してくる…という事件が起こって(笑)。その中のひとりに、名古屋の制作会社でアートディレクターをされてた、海本高希さんという方がいたんです。その方との出会いが、僕にとって大きい転機でしたね。

——海本さんとの出会いが転機になったと。どんな方だったんですか。

そのプランナーさんに「どんな方なんですか?」って聞いたんです。そしたら「鬼のような人やで」と(笑)。実際は朗らかなおじさんなんですけど、デザインに関してはとにかく職人気質な人で、デザイナーに厳しいんです。フィードバックでも「このデザインは神杉くん的に100点のつもりなの?」なんて遠慮なく言われたり、妥協は許さない人で。でも、デザイナーとしての姿勢や、デザインの基本原則だったり、当時のメンバーにデザインの指南をめちゃくちゃしてくれたんですよ。「デザイナーたるもの、こういうスタンスでいろよ」と。

海本さんの入社から僕が退社するまでの6年間、僕はそのフィードバックを浴びるように受け続けることになるんです。そこで培った考え方は、MEFILASに入った今でも全然変わっていなくて。海本イズムのようなものが受け継がれてるんじゃないかと思っています。

前職時代。後方左が神杉さん、右が海本さん。

——海本さんとの出会いは、神杉さんの中でかなり重要だったのですね。印象に残っている出来事はありますか。

よく言われていたのは「デザイナーとしての仕事をしろ」ってことですね。「デザイナーにしか気付けないところにこそ、心血をそそげよ」と。また彼が言っていたことで、「過剰品質」という言葉も印象深くて。相手が求めるものに対してさらに超えるものを出す、そんなマインドを持っていろよ、ということだと思うんです。この「過剰品質」は自分のテーマですね。海本さん的にはさらっと言っただけだと思うんですけど、それがとても心に残っているんです。「このデザインはちゃんと過剰品質になってるか?」って自分に問いかけてみたり、いつもデザインする上での基準になっていますね。

さらっと言ったひとことが、転がっていってMEFILASヘ

——そして、その6年間を経て、MEFILASに転職されるわけですね。

はい。きっかけは、いくつかありました。PLAN-B新卒採用サイト以外にも、ビジュピコさんやヒューマンステージさんなどの制作実績が、SNSでちょっと話題になって、それで次のステージが見えてきて。また当時、社内で技術職の年間アワードがあって、過去に海本さんが受賞されてたんです。僕は海本さんを盲信していたんで、自分も取りたい!と。それが目標になって、結果的に翌年の2018年にアワードを取ることができた。それもひとつの大きな区切りになりましたね。元々、30歳になったらやめると決めていたこともあって、転職に踏み切ることにしたんです。

BIJOUPIKO GROUPのサイト。SNSでも話題になった。

——辞めるとき、海本さんにはお話されたんですか?

それがですね…。「やめようと思うんすよ」と報告をしたら「次、決まってるの?」って言われて。「いや、全然決まってないっすねー」って答えたら「関西だったら、どこか行きたいとこあるの?」と。「あー。関西やったら、MEFILASっすかね」って言ったら「藤原さん※、知り合いだから、ちょっと今から連絡するわ」って。えっ!?は…はやっ!みたいな(笑)。

その翌週には面談のような飲み会、翌々週には面接…といった感じで。さらっと言った一言がどんどん転がっていって、それでMEFILASに入社することになるんです。

※藤原さん…MEFILASの取締役、プロデューサー。

——なんか、急に、入社までのスピードが早くなりましたね(笑)。決め手はなんでしたか?

藤原さんと話をしたとき、「面白いし、ものづくりに熱い人やな」と思って。自分に制作会社の経験がないのもコンプレックスで、それも決め手のひとつになりましたね。元々、制作会社で「つくることに集中したい」と思っていて。前職が事業会社だったので、社内のミーティングが多かったり、まだ20代なのにマネジメントの比重が大きくなってしまっていたんです。

デザインをする時間もなくなっていって「まだそんな時期じゃないよな…」と思ってた矢先に、海本さんから「デザインしてない神杉くんはクソだよ」って言われて(笑)。とても刺さったんですよね。そんなこともあって、結果、MEFILASの門を叩くことになったんです。

■制作実績

「魔法部」から、アートディレクション案件が増えていく

——MEFILASでターニングポイントになった実績というとなんですか。

フェリシモさんの「魔法部」ブランドサイトですね。前職では素材をもらって、それをどう料理するかを考えることが多かったんですが、「魔法部」に関しては、ブランドの立ち上げから関わったので、世界観やトーン設定、イラストレーターの選出からウェブデザインまで一貫して任せてもらった案件だったんです。この段階ではデザイナーとしての立ち位置だったのですが、これが実質、はじめてのアートディレクションらしいアートディレクションだったかなと。当時は自覚がなかったんですけど、今振り返るとそれがターニングポイントになった気がします。

「魔法部」ブランドサイト。イラストレーター探しから全部任された案件だった。

——この「魔法部」ブランドサイトについて書かれた記事が、かなり話題になっていましたよね。MEFILASが知られるきっかけにもなったのでしょうか。

「魔法部」の記事を通じて、いろんな方にMEFILASを知って頂けたのはあるかもしれませんね。そこから「魔法部のようなWebサイトをつくりたい」といった依頼も増えたように感じます。


スタイリッシュなデザインの中で、絵文字がしゃべる

——HUGのサイトも印象的でした。

HUGのサイト。スタイリッシュでありながら、絵文字がナビゲートする。

この時は、アートディレクターとしてはじめて、アートディレクションを経た課題解決案の提示、プロセスや背景の可視化など、デザイン設計からしっかり手順を踏んでやった案件でした。そういう意味ではこのHUGのサイトもターニングポイントでしたね。

——HUGのサイトは、とてもスタイリッシュなんですが、絵文字があらわれて、しかもスタンプ(クリック)するとそれがしゃべる。

異質ですよね。HUGさんは社会課題に向き合っている会社で、その真摯な姿勢の反面、代表のharu.さんはとても柔らかい雰囲気の方だったんですよね。「(社会課題に向き合う)強さと(haru.さんの)優しさ」というか。その強さを緩和できる要素として、思いついたのがナビゲートする絵文字だったんです。絵文字には種類があるので、色々面白い展開ができるんじゃないかな、と。そういう展開を含めて考えて、絵文字にした感じですね。

——強さを緩和する表現として出した答えが「絵文字」だったのも特徴的だと思いました。他社さんだとまた違う表現をするかもしれませんよね。

個人的な考え方として、ちょっとした「サプライズ」を入れられるのが、デザイナーの仕事の楽しさのひとつかなって思ってて。小ネタが好きなんですよね(笑)。なんか「ツッコミたくなる要素」というか。 個人的には「やった感」って言ってるんですけど。

——今であれば、ポップな絵文字をデザインに取り入れたウェブサイトも見かけるようになってきていると思うのですが。

当時もまったくなかったわけではないんです。ただ、絵文字を全面に打ち出す感じではなかったと思います。HUGのサイトだったらスタンプや絵文字が握手するところだったり「絵文字を機能・UIとして使う」のは、あんまりなかったかも。絵文字をしゃべらせるアイデアは、朝5時ぐらいのブレスト中にふと思いついて(笑)。その場で絵におこして、それをみんなに見てもらって、そのまま「これでいこう!」と。握手もUI部分のデザインはあったんですが、マウスアクションで握手する動きはエンジニアの川上さんが考えてくれました。

「Let Us HUG」で絵文字が握手する。

真っ当なデザインの中に、ちょっとした遊び心を入れるのが個人的に好きなんですが、MEFILASとしても、技術が先行するのではなく、課題を解決するアイデアが大事。「技術はあくまでもアイデアを実現する手段」という考え方は、MEFILASのイズムかもしれませんね。

「かわいい」って、ほんま正義やな

——チョコナッツのサイトでは、MVが商品パッケージでも、モデルでも、イラストでもなく、中身のナッツそのものですね。そしてそのナッツたちに踊らせることで、見る側は彼らに親しみをおぼえてしまう。独特な観点で面白いです。

チョコナッツのサイト。小さいナッツたちが踊り、チョコナッツに。

吉田ピーナツ食品さんのチョコナッツって、ナッツにめちゃくちゃこだわってて「ナッツが主役」なんです。パッケージをメインにしたパターンってよくありますけど、今回はナッツがちゃんと主役になってないと、先方の要望は叶えられないなと。

ただ、ナッツが主役だとしても、ウェブ上で食べてもらうことはできない。どうやったらこの魅力が伝わるのかな、と。それで実際にチョコナッツを買って、分解して、眺めてみて。そしたら、「ナッツって、どれもかたちに特徴があって、小ぶりでかわいいな」って思ったんです。そういうかわいさをデザインで表現したら、面白いサイトになるんじゃないかな、と。

僕、「かわいい」ってほんま正義やなと思ってて。かわいいものに人は弱いと思ってるんですよ。ちっちゃいものがたくさん並んでると、かわいいじゃないですか。 ポケモンのドット絵とか、151匹並んでるとかわいいんですよね。『ピクミン』※も「ちっちゃいもの」がちまちま動いてるから、かわいかったりする。

※『ピクミン』ー2001年発売のAIアクションゲーム。最新作は2023年発売の『ピクミン4』。

かわいいものが踊ったら、もっとかわいいじゃないですか。ちっちゃいナッツたちが、楽しそうに踊って動くことで「かたち」が主張される。それで「ナッツを踊らせる」に行き着いたんだと思います。そしてナッツが「チョコナッツ」にバーン!って変身する。すごい迫力があっていいね!という感じで作っていきました。

——「かわいい」の解像度が高いというか。ナッツに目を付けたり手足を付けたりとかしてキャラ化(=かわいく)する考え方もあると思うんです。でもそんなことしなくても、ナッツだけで、ナッツのかわいさを充分引き出していますよね。

小ぶりな感じでキャラ化すると「キャラ」に目がいってしまうというか、そのキャラの目や足、手などがノイズになる可能性があるなと思って。あくまでも「商品が主役」だったので、チョコナッツに関しては、ノイズを省いてそのままの形で見せようと思ったんです。

■MEFILASのクリエイティブ

まずはぶっ壊すのが、神杉くんの目標だ

——前職の頃は、浴びるようなフィードバックによって成長していったわけですが、MEFILASに入ってからは、何がつくるモチベーションになっていましたか。

MEFILASは、前職の時と考え方が全然違いましたね。とにかく「クオリティファースト」。クオリティを上げるためのアイデアであれば、どのタイミングでも、とりあえず言ってみる。そういうスタンスが身につきましたね。普通は、デザインFIX後に思いついたアイデアがあっても、共有しづらいじゃないですか。もうコーディングがはじまってるし(笑)。その点MEFILASは、一旦耳を傾けてくれるんですよ。MEFILASにはそういった、チームでいいものをつくる土壌があるので、自分のアイデアもちゃんと発散できる。なのでフェーズを問わず、とりあえずダメ元で、バンバンアイデアを言えるようになったし、 そこがマインド面で一番変化したところだと思います。

あと、自分が作ったものを、壊すこと。スクラップ・アンド・ビルドって言葉もありますが、僕はこれまでスクラップ・アンド・ビルドができなかったんですよ。無難に正解を狙いにいくというか。そこを藤原さんに見抜かれていて、「それを壊すのが神杉くんの目標だ」って言われたんです。「普通のものをつくるんじゃない。まずはぶっ壊そう」と。で、実際彼らも本当に躊躇なく壊してくるんですよ(笑)。「もう一案!」みたいな。そんなことが続いたおかげか、自分でも違和感があると思ったものは躊躇なく壊せるようになったし、壊した結果、それよりもいいものができることが分かって。MEFILASの制作スタイルに刺激をもらって、自分自身、日々成長させてもらっていますね。

なにげない「雑談」が、どこかでデザインに反映されていく

——MEFILASでは、チーム内でどのように意見を出し合いながらクオリティを高めていっているのでしょうか。

まず基本的に表現のところは、たたき台をデザイナーが考えることが多いです。案件によってやり方も変えていて、猿人さんだったら、どういう表現をしていくかはチーム全体で考えて、それをデザインに落とし込む。HUGさんのケースでは、僕がたたき台を出して、どういう風にブラッシュアップしていくかをチームで考えるという流れでした。

猿人 ENJIN TOKYOのメインビジュアル

その中で、クオリティをどう上げていくべきかに関しては、やっぱり効率のいい方法はないんですよね。全員「なんかちょっと物足りないな」っていう共通認識はあるんですけど、ぱっと打開策って出るものでもないし。

それこそ、HUGの最終ブラッシュアップのときに、なんか足りないよなって思いながらもブラッシュアップをしてて。絵文字を活かしてなんかできないかなって話しながら、22時ぐらいからミーティングが始まって(笑)。さっきもちょっと話しましたが、朝の5時まで話しつづけて、急に「絵文字に、haru.さんの言葉を喋らせたらいいんちゃう!」と。意識朦朧とする中で急にアイデアが出てきたりして。だから、やっぱり近道はなさそうな気がするんですよ。

——その深夜のミーティングは突発的に起きたんですか?なんかやっぱり物足りないから、ちょっと22時から時間もらえる、みたいな。

22時から始まったのは、なんか他にも色々詰めるとこがあって、他のリソースとの兼ね合いもあるし、「22時から1時間だけやろう」と。結局、朝5時までになっちゃった…みたいな(笑)。絶対良くないとは思うんですけど、粘ってよかったなっていうケースもあるんですよね。難しいところです。

——なるほど。チーム全体でも、日頃からコミュニケーションは密にされているんですか?

人によると思うんですけど、原田さん(ディレクター)の場合は年も近いし、もうほんとに友人のような感じで、常にブレストしている感じですね。あのミュージックビデオ見ました?とか、あれが良かったよね、なんか案件に使えそうですね、とか。そういった雑談っぽいブレストは日頃からやってますね。

たとえば、MTG後に時間が余ったりするじゃないですか?そういうときの「雑談」で発散することもあります。藤原さんだったらウェブやデザイン、デザイナーの大藤さんだったらゲームとか、各々共通の話題があって。それぞれと話す時に、最近なんか面白いゲームありました?という感じで、話が盛り上がったりするんです。そういった雑談の中から、アイデアのタネをもらったりすることもよくあります。

藤原さん、原田さんとオフィス1Fの幾星で。雑談の中からアイデアのタネが生まれる。
※ノンアルコールです

——そういったことが、実際のクライアントワークにも活きてきたりするんでしょうか。

そうですね。原田さんと担当したフェリシモさんの2023年採用サイトも、雑談のようなブレストからアイデアが生まれていきましたね。ふたりともちょっとひねくれてるので、社員紹介ページの紹介文を考えるときに「これ、リリック書きたいですね」なんて盛り上がって。それで大見出しを「リリック風」にしたり。その作業をカフェでずっとやってましたね(笑)。ちょっとしたノリかもしれないんですが、結果、それがこのサイトのいいフックにもなったりしてて。そうやって雑談から広がるってことは、多いですね。

2023フェリシモ採用サイト。スタッフの人間性をリリックで表現

——MEFILASの7つのバリューに「自然発生を楽しむ」というものがありますよね。今おっしゃってた原田さんとのやり取りが、まさに自然発生を楽しんでるというか、MEFILASを象徴しているような気がするのですが。

MEFILASの雰囲気として「自然発生を楽しむ」ってのはあると思いますね。喋っている中で生まれることや、受け狙いで言ったことがデザインに反映されたり。そういう自然発生的なアイデアをちゃんとキャッチして、クリエイティブとして落とし込むという流れはあるかもしれないですね。


MEFILASのバリューのひとつ「自然発生を楽しむ」


■神杉さんのルーツ探訪

ウェブでも、CMでも、ゲームでも、なんでもよかったんだと思う

——そういえば、子どもの頃に絵とか、ものづくりはしていなかったんですか。

ものを作ったり、絵を書いたりとか、まったくなかったですね!よく聞くような、ずっとレゴを触ってたとか、何時間も絵描いてたとか、一切ない(笑)。それこそ、ずっとゲームやってましたね。ひとりっ子だったので、ファンタジーの世界観に触れる機会は多かったと思います。でも、自分で何かをつくることは一切なくて。それこそ、高校時代にダンスを始めるまでは、自分のクリエイティビティを発揮する機会もまったくなかったですし。

——デザインを志したのは、営業職時代の紙面づくりがきっかけでしたね。

実は、デザインを仕事にしようと考えはじめたきっかけは、友人からのすすめだったんです。当時、退職を考えていたときに「これからどうするの?」と聞かれて。何も考えてないな、と。そしたら「ウェブデザイナーはどうなん。」って言われて。あー、ウェブデザイナーか、となりまして。じゃあ、ウェブのスクールの資料を取り寄せてみようかなという、それぐらいのノリで。ほんと、偶然なんです。

——具体的に感銘を受けたデザインがあったとか、好きなデザイナーがいたっていうことではなくて、「なにかつくること」そのものがやりたかったんでしょうか?

はい。まったくデザイナーの世界を知らなくて、好きなデザイナーもまったくいなくて。名前もあげれへんし…。その「ウェブデザイナーはどうなん。」って言ってた友達が、例えば「CM制作はどうなん。」とか、「ゲームデザインはどうなん。」って言ってたら、そっちに行ってた可能性はめっちゃ高い。多分「なんでもよかった」んだと思います。

——やりたいことを探すときに、自分のことを掘り下げてみたり、好きなことを調べてみたりする人も多いと思うんです。それが神杉さんの場合は、その場の流れや、場の雰囲気に身を委ねて、行く先を決めていますよね。目標を立てて進むことが全てじゃないんだよね、人生は。というか…。

そうですね、もう完全にそっちですね(笑)。興味が湧いたらとりあえず片足は踏み入れてみる、というのが性分としてあるかもしれないです。まず、「このタイミングでこの話が来たのは、何かの巡り合わせだろう」と。何かを継続的にやってたら、そのうち違うチャンスが、ポン、と降りてきて。降りてきたなら、ちょっと乗ってみようか、と。片足突っ込んでみて、違ったらすぐ切り替えればいいや、という考えが自分の中にあると思いますね。

ゲームからのインプットが、デザインに活かされている

——日頃からインプットを意識していることはありますか?

僕、インプットを意識してることってあまりないんです。単純に興味があって、ついつい見てしまうものや、心に残ってるものが制作のヒントになることが多くて。例えば、グラフィック、CM、ミュージックビデオ、ゲームもよくやるのでゲームも。普段、好きで見てるものから影響を受けてます。あと、インプットしたものがデザインに影響するというよりは、ブレストで視野を広げていくフェーズや、制作中のアイデア出しなどで活きてくる感じですね。

——ゲームをよくやっているんですね。

ゲームから学んだり、インプットすることはかなりあります。それこそ、UIもビジュアルもそうですし、予想を裏切る演出、没入感を高めるための処理、音楽との親和性など。ゲームって(クリエイティブが)進んでるし、楽しませる工夫がすごく詰まってるじゃないですか。メルカリ10周年特設サイトだったら、仕掛けをひとつクリアするごとにクラッカーが鳴るんですが、クラッカーの音だけじゃなくて、若干「わー」って歓声が入ってたりするんですよ。これはスマブラ(大乱闘スマッシュブラザーズ)の演出を参考にしたり。 細かいところで、ゲームから学んだ演出を入れ込んでいます。

メルカリ10周年特設サイト。演出にもゲームからの影響がある

『Ghost of Tsushima(ゴースト・オブ・ツシマ)』※っていうゲームがあるんですが、このゲームは画面の「ビジュアルの美しさ」が最優先で「UI」が画面上にほとんどないんですよ。通常だったらプレイ画面の右上に小さいマップがあって、そこに目的地のピンが表示されていて、そこに向かって歩くと思うんですけど、『Ghost of Tsushima』にはそもそもマップがない。じゃあ、どうやって目的地までナビをしてくれるのかというと、「風が吹く」んですよ。進行方向に対して風が吹いて、木の葉がシューって舞っていくんです。こういった珍しい画面の構成や、没入感を高める工夫などは、普段から自然にインプットしている気がしますね。

※Ghost of Tsushima(ゴースト・オブ・ツシマ)ー2020年7月17日に発売された、PlayStation用アクションアドベンチャーゲーム

ストリートダンスでクリエティブの面白さを知った

——ダンス時代のお話も聞かせてください。ストリートダンスを始めたきっかけってなんだったんでしょうか?

はじめたきっかけは…。えーと、失恋です(笑)。当時は相当ヘコんでたので、何か打ち込めるものがないかなと思って。きっかけはそれなんですけど、元々ヒップホップや、ブラックカルチャーが好きやったんで、ダンスにも興味が湧いたんだと思います。

そういえば、ダンスをやってる中で、色々感じていたことがあって。 ダンスの振り付けもしていたんですが、複雑な構成を考えて、もやもや考えてたものが形になっていく時の快感や、表現したものに反応が返ってくる嬉しさや、チームで作り上げた達成感のようなものが、振り付けを考えたときにぼんやりあったんです。今から振り返ると、ダンスで得られた、創作することのポジティブな感覚は、デザインと共通しているかもしれませんね。

——ダンスのクリエイティビティな面が、今の神杉さんを形成している?

はい、ダンスで「つくるって楽しいかも」って思い始めたんだと思います。


貴重な神杉さんのダンサー時代


「誰でもクリエイティブな発想ができる」ことを、ヒップホップが教えてくれた

——ヒップホップやブラックカルチャーが好きになったきっかけと、その影響はありますか。

きっかけは友達にケツメイシのCDを貸してもらったことで、そこからアンダーグラウンドなヒップホップを掘り下げていきました。影響を受けた部分を挙げるとすれば、ヒップホップのサンプリングという手法ですね。平たく言えば、とある曲のおいしい部分だけを抜粋して、アレンジを加えて自分の曲に組み込む。コラージュのような感じですね。

オリジナルから何かを生み出すのではなくて、すでにあるものを工夫して組み合わせて、新しいものを生み出すっていうのがサンプリングなんですよね。それがひとつの文化としてあって、すごい好きやなと。自分自身、一から何かを生み出すことはできないと思っていたんですが、元からあるものを組み合わせるのって「誰でもクリエイティブな発想ができるようになる」ってことだと思うんです。だからこの考え方が好きだし、そこがヒップホップの魅力だな、と。

自分がデザインするときも、やっぱりインプットしたもの、 感化されたものからサンプリングをしてデザインに組み込む意識はあります。それこそ、原田さんもめちゃくちゃブラックミュージック好きなディレクターで、本当に、音楽の趣味がめちゃくちゃ合うんですよ。さっき話したフェリシモさんの採用サイトのときも「サンプリング」っていう言葉がめちゃくちゃ飛び交っていて。そもそもなぜサンプリングが好きなのかというと、そこから生まれる、違うジャンルの「何か」と「何か」が合わさった時の異質感のようなもの、それが好きで。例えば「ブーンバップ」という太いビートの上に、 クラシックの綺麗なピアノのメロティが乗っかっているとか、そういう異質な感じが、たまらなく好きなんですよね。

デジタルの媒体なのにアナログな表現が乗っていたり、鳥貴族ホールディングス新卒採用サイトの、手書きのイラストもそうですね。そういった(サンプリング的)感性が自分の制作にも活きているのかな、と。

鳥貴族ホールディングス新卒採用サイト。デジタルとアナログの異質感。

——なるほど。ダンスで「つくる楽しさ」を、海本さんから「つくる姿勢」を、ゲームやヒップホップカルチャーから「表現手法」を学んだわけですね。それらが神杉さんのデザインに活きている。

はい。そうかもしれないです。

■これからのこと

これからのことは、あんまり考えてないんです。

ーでは最後に、神杉さんのこれからについて聞かせてください。

そうですね。答えとしては良くないかもしれないですけど、実はあんまり考えてなくて。今までしてきた積み重ねを、これからも続けていくことが大事かなと思ってて。積み重ねていくことで、見えてくるものがあるような気がしてるんですよ。

舐達麻というヒップホップアーティストのインタビューで「作った曲がヒットしたら、その曲がどこまでも連れてってくれる」という言葉があって。「だから、俺たちはそういった曲を作り続けるだけだ」と。それにめちゃくちゃ感銘を受けて。本当にそうやなと思っているんですけど。

いいものをつくることに専念してたら、知らず知らずに波及して、次のステージに行くチャンスが降りてくるというか。目の前に現れるタイミングがあると思うんで、それをちゃんとキャッチできる体力はつけておく、という感じで考えていて。なので、今は粛々と自分の中で「キタコレ!」と思えるものを作っていくのが、いいのかなとは思ってますね。

なので、アートディレクターとしても、その時々で求められるスキルや方法は変わってくるとは思うんですけど、柔軟に対応しながら、その時々のベストを出していく。精神論で申し訳ないですけど、そういった地道な活動が、今後も、ずっとやっていくことなんだろうなとは思ってます。

——さきほど30歳で前職をやめるつもりだったという話がありましたが、例えば40歳を区切りに考えていることはありますか。

40歳という区切りは全然ないんですけど、考えていることとしては、もっと世の中の役に立つこと、社会的に意義のあることをやっていきたいというのがありますね。

以前担当した案件でtémamori(てまもり)っていう、コロナが一番厳しい時期に作ってたサイトがあるんですが、どこでも手洗いできるポータブル石鹸なんですね。このサイトが公開されたときに、医療関係の方から「このサイトでtémamoriを知りました。知れてうれしいです。こういう商品が世の中に広まることを願ってます。」って言ってもらったことがあって。めちゃくちゃ嬉しかったんですよ。

制作を通して、社会の役に立つことがあるっていうのが嬉しくて。それが医療なのか何なのかは定まっていないんですけど。社会の役に立てるようなことをやっていきたいという欲求が、じわじわと出てきています。

——わかりました。インタビューはこれにて、終わりにしたいと思います。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!

ありがとうございました!

——それにしても、神杉さんにとって、海本さんの存在は相当大きかったのですね。

やっぱり、参考にさせてもらってますね。ただ、追っかけてるだけやとダメやと思うんで、自分なりに道を探そうかなとは思っているんですけど。やっぱりずっと変わらん存在で、憧れですね。

——今でもお会いになりますか?

頻度は減りましたけど、去年も会いました。それこそ「社会的意義を感じる仕事っていいですよね」って言ったら…「え、神杉くんはまだ受託やりなよ」と(笑)。え、それはまあ、考えますけど、みたいな。



■神杉さんが影響を受けた「3つのゲーム」

『Ghost of Tsushima』
ビジュアルの美麗さを損ねないように考え抜かれたUI設計が素晴らしいです。 

『パラノマサイト FILE23 本所七不思議』
実話なんじゃないかと錯覚してしまうくらい細やかな昭和後期の世界観作り。360°視点のプレイ画面がホラーと相性抜群で、没入感が凄いです。 

『7 Days to End with You』
未知の言語の意味を推理・予想していく斬新なゲームです。このゲームに限らずですが、インディーならではの制限(開発体制など)の中、アイデアと工夫でおもしろくなっているゲームに惹かれます。

おわりです!

iDID Magazineのインタビュー企画第二弾、いかがでしたでしょうか。今回も前回に続いてとても長い!わけなのですが、神杉さんのルーツから、クリエイティブの秘密やスタンスまでを深く掘り下げることができたのではないか…と思っております。神杉さんの場合、小さい頃から絵やアートに親しんでいたわけではなく、ゲーム、ダンス、ヒップホップに親しんできた結果がデザインへ昇華されていて、好きなものこそがクリエイティブにおいて大事な役割を果たす、ということを再確認できたインタビューでもありました。

神杉さん、今回はお忙しい中お時間を割いていただき、まことにありがとうございました!

よろしければ、SNSなどで感想をお聞かせいただけたらうれしいです。このインタビュー企画、第三弾も予定しており、インタビューする方も決まっていますので、そちらも楽しみにしていただけたら幸いです。それでは最後に、加藤のあとがきをどうぞ。

●加藤(SHIFTBRAIN)のあとがき
『過剰品質』…往々にしてマイナスな意味で語られることの多い言葉ですが、自分が現役のデザイナーだった頃、最も大切にしていた感覚がこれでした。デザインには公式や正解がない領域だからこそ、何が正しいのか分からなくても試行錯誤を繰り返していくしかありません。そのうちに「周りの想像を大きく超えること」だけが唯一の道標だと気づきます。そして、それがチームのメンバーに伝染した結果、人の心を動かすものになっていくのだと考えるようになりました。

ただ、それを心から信じ、何年も自問自答をし続けるのは並大抵のことではありません。神杉さんにとっては、海本さんという師匠と出会い、その思想に誠実に向き合い、師匠の元を離れた後も変わらず理想を追い求めた結果が、高いクリエイティビティにつながっているのだと感じました。そう思うと、クリエイターのレベルアップにおいてSTARWARSの「ジェダイ」と「パダワン」のような師弟関係を作ることは、成長のために必要な手段なのかもしれません。

一方、制作会社に所属するベテランの「ジェダイ」たちが独立したり、事業会社へ転職してしまうと、思想やスキルを継承する機会をつくることが難しくなってしまいます。先輩たちが独立や転職をしても、若手たちが学べるような場所。そのような場所をiDIDとして作っていけたらな、と強く感じました。

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