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コロナ禍で大きな決意をした話〜起業・事業成長・慢心、突然のコロナと私のストーリー〜

強い意志を持って創業

2013年1月、アイデアログを創業。

創業当時は日中「業務委託」の仕事で生活費を稼ぎ、夜から新サービス「会場ベストサーチ」を開発する日々を送っていた。

スタート時から新サービス開発に特化し、資金調達をしながら邁進する道も考えたが「サラリーマンとして実績を挙げていない私が良い条件で資金調達できるかは不透明だ」と判断。さらに「妻が第一子を妊娠しており、今後お金がかかる」という判断も加わり、昼夜の「ダブルワーク」を選んだ。

2つの仕事を掛け持ちすると、それだけ労働時間が長くなる。今思うと「よくやっていたな・・」と思うが、起業後3年間は「朝10時から深夜3時」まで働く生活を送っていた。

会場ベストサーチについて

「会場ベストサーチ」は法人イベント(式典、パーティー、株主総会等)の会場探しを便利にする宴会場・イベントホールの検索サイトだ。

法人イベントの市場規模は数千億以上。
当時は競合サイトもほとんどなかった。

リクルートでブライダル事業部(ゼクシィ)に在籍していた私は、法人がイベント会場探しで利用する「ゼクシィ」をつくれば「独り勝ちできる」と考え、「会場ベストサーチ」を創業時の事業にすることにした。

※他にもクラウドファンディング、クラウドソーシングなどの事業アイデアを持っていた。同時期に立ち上がったクラウドファンディングやクラウドソーシングの運営企業が次々と上場した様子を見ると、私の判断ミスだったのかもしれないが・・・(笑)

★当時のアイデアノート(システム開発のクラウドソーシング案)

当時のアイデアノート

会場ベストサーチのリリース

起業後、意気込んで「会場ベストサーチ」の開発をスタートしたものの、出来上がったサイトには数百個もの不具合があった。

この状態で本当にリリースまで辿り着けるのだろうか・・・。

先が見えない状況の中、共同創業者や開発パートナーと地道な修正作業が続く。

「1歩ずつ前に進めば、いつか不具合はなくなる」
そう自分に言い聞かせながら作業を進めた。

そして、2013年10月、不具合をすべて解消してβ版をリリース。

★β版の会場ベストサーチ

β版デザイン

何日も徹夜をして生み出したサービス。β版のリリースは感慨深かったが、見ての通りデザインも酷く、掲載会場数は30会場しかなかった。

事業がうまくいくイメージを持てるわけもない。

「まずは掲載会場を増やす!」

入社したばかりの森山君(当時24歳)と二人で営業リストを作り、掲載会場へのテレアポ・訪問を繰り返すことにした。

新規事業立ち上げの苦しみ

「サイトが盛り上がったら掲載を考えます」
「競合ホテルが掲載したら考えます」

テレアポも半分以上は門前払いだった。しつこく食い下がることでガチャ切りされることもあったし、心無い言葉をかけるお客様もいた。

「掲載費無料(成果課金)のサービスだし、断る会場はない」と安易に考えていたが、実績のない新サービスに付き合ってくれるほどホテルやレストランは暇ではなかったのだ。

しかし、落ち込んでいる場合ではない。

断られる原因を突き止め、営業トークを改善しながら少しづつ掲載会場を増やしていくしか道はなかった。

続く苦しみ


少しずつ積み重ねていく掲載会場数。
しかし、掲載会場を増やしても増やしてもアクセスが増えない。

リリースして1ヶ月経っても問い合わせはゼロだった。

うまくいかない焦りと不安に押しつぶされそうな毎日。そして、同時期に共同創業者が退職。

「業務委託の仕事でも十分食べていけるし、
中断したほうがよいのではないか?」

そんな思いが頭に浮かぶこともあった。

しかし、隣で黙々とテレアポを繰り返し、1社づつ掲載を獲得していく25歳の森山君に勇気をもらった。

既に巻き込んでいる仲間もいる。
期待してくれているお客様もいる。

今の自分には改善を繰り返すしか選択肢はない。偶然だが「逃げ道がない環境」のおかげで、成功するまでやり抜く決心がついた。

新規事業の喜び

黙々と掲載営業とシステム改善を繰り返す日々。
そして、待ちに待った日が訪れた。

β版リリースから丸2ヶ月経過した
2013年12月6日、初めての問い合わせだ。

ネット上のマッチングサイトであり、利用者と顔を合わせることも話すこともないが、今でも問合せをしていただいた方のお名前と会社名をハッキリ覚えている。

成長していく「会場ベストサーチ」

毎日ではないが、その後も徐々に問合せが入るようになった。

そして、
2014年2月、初めての売上げ発生。

わずか1万円程の売上だったが、「自分たちの作ったサービスでお金が動いた」という事実に森山君と2人で興奮した。

シャンパンとおつまみを準備してお祝いをするほどの喜びだった(笑)

↓今見ても睡眠不足で顔色が悪い写真だ・・・

シャンパンでお祝い
シャンパンでお祝い2

その後も森山君と二人三脚で営業を続ける。

地道に積み上げた掲載数が100会場を超えたあたりから問い合わせが加速してきた。

その勢いで、関西、東海、福岡とサービスエリアを拡大。

そして、
・オフサイトミーティング会場の検索サイト
・結婚式二次会会場の検索サイト
を追加リリース。

採用活動も進め、3人目、4人目、5人目と新しい仲間が加わり、事業の成長が加速していった。

先が見えない中、深夜まで働く生活は「もう戻りたくない」と感じるほど辛かったが、成果が出ると不思議と過去は美化される。

「辛かった過去」は徐々に「素晴らしい日々」の記憶へ塗り替わっていった。

慢心

その後も成長を続ける会場ベストサーチ。

北海道、東北、中四国、北陸甲信越でもサービスを開始し、2018年には日本全国展開が完了した。

積み上げてきた掲載契約は1500以上。
1年で万単位の法人・団体が利用し、年間取扱高は二桁億円、粗利も億超え。気付けば創業から8年連続で売上・利益とも成長し、社員は14名になっていた。

★現在の会場ベストサーチ

会場ベストサーチ

毎年増えていくキャッシュ。社員の給料を毎年増額しながら豪華な食事会を定期開催。

当時の私は完全に慢心していた。

「売上・利益も伸びているし、キャッシュもどんどん貯まっている。周囲から口出しされる上場なんて必要ない。このまま少人数で楽しく経営できれば良い」

小さな成功を守るため、小さくまとまるダサい経営者に成り下がっていた。

楽をすることはなく、寝る間を惜しんで働いていたが、明確な目標やビジョンのないアイデアログの魅力は薄れてしまっていたと思う。

突然やってきたコロナ

2020年1月も昨対130%以上の成長を続ける順調な滑り出し。この先も盤石だと考えていた矢先に、とんでもない出来事が起こった。

「新型コロナウイルス」と「緊急事態宣言」だ。

アイデアログの3つの主要サービスはイベント会場を検索する、いわゆる『三密』を生み出すサービス。

毎月大きな利益を生み出していた主要サービスは一転、大きな赤字を生み出すサービスへと変貌した。

創業時から黒字経営を続けてきた私は、通帳残高が減っていく恐怖を知らなかった。

当面倒産しないだけのキャッシュはあったが、通帳残高が毎月激減する様子を見るのは精神的にも良くない。

恐怖を拭い去るかのように

・人件費以外、あらゆるコストを抑えること
・もらえる助成金はすべてもらうこと
・新規事業を早急に生み出すこと

に特化し、もがき続けるしかなかった。

社員の給与は全額補償。
ホテルやレストランとやりとりをしている営業マンには休暇を依頼し、雇用調整助成金を申請。

事務作業やテレアポをしていたアルバイト・インターンメンバーにも出勤数を減らしてもらった。

「コロナは湿度が上がる夏には収まる」

そんな浅はかな期待を胸に新規事業を立ち上げようともがいていた。

立ち上がらない新規事業

新規事業は既存の強みを活かすのがセオリーだ。

しかし、アイデアログが今まで積み上げてきたサービスは三密に関わるものばかり。

取引先のホテルやレストランも困窮しており、新たな商品を販売できる状態ではなかった。

「別業界で新規事業を立ち上げるしかない」

社内からはいくつかの新規事業案が挙がったが、収益が激減している中で大きな投資は難しくWordpressを使った「教育メディアと転職メディアの立ち上げ」という無難な選択肢を取るしかなかった。

教育メディア「HowKids」
https://how-kids.com/

HowKids

転職メディア「転職キャリアBiz」
https://career-change.biz/tenshoku/

転職キャリアBiz

今思えば、逃げの選択だったのかもしれない。

しかし、何度やり直したとしても、当時の私の力ではV字回復するような新規事業を生み出すことはできなかっただろう。

その時点で選択した決断を正解にするしかなかった。(今もメディアを成長させるために戦っているが、この選択も必ず正解にしたいと思っている!)

離れていく仲間

毎日のように流れる新型コロナ関連のニュースに右往左往してしまい、私は周りが見えなくなっていた。

今思えば休んでいるメンバー、テレワーク中のメンバーのメンタルケアも全くできていなかった。

本当に、本当に申し訳なかったと思う。

当時の私のメンタルと会社の業績に呼応するかのように次々とメンバーが離脱した。

コロナだけが原因ではないが、様々な事情が重なり、最大14名いた正社員・アルバイトは気付けば7名になっていた。

2020年3月から9月の記憶は正直余り残っていないが「仲間に愛される会社をつくる」という経営理念に虚しさを感じたことはハッキリ覚えている。

「何とかしなければ・・・・」

半分以上空いてしまったオフィス。

必死に売上を維持しようと頑張っている仲間。新規事業を生み出すことができず、社員の雇用を守れない自分。

コロナ禍で業績をV字回復させる敏腕経営者と自分を比較しながら、力不足を認めるしかなかった。

客観的に自分を見つめる

2020年10月頃からだろうか。
苦肉にも社員が半減し、固定費が圧縮されたことで毎月の赤字が解消した。

少しづつ冷静さを取り戻し、「今やるべきことは何か?」を判断できるようになった。

今思えば当たり前のことだが、

①コロナは誰もコントロールできないこと。
②新規事業は「得意な領域」で「本気で攻めなければ勝てない」こと。

が腹落ちした。

起業時の苦しさを知る経営者の多くは「もう起業時の状態には戻りたくない」と口を揃えて言うだろう。

私も同じだった。

しかし、コロナという環境が自分の気持ちをもう一度奮い立たせてくれたのだ。

改めて起業時の気持ちで事業を作りなおす。
そう決意することができた。

人生の壁を超えるための行動パターン

スポーツ、高校受験、大学受験、大学中退、フリーター生活、再受験、就職、転職、起業、事業の立ち上げ。

人生で大小何度か挑戦をしてきたが、おそらく今回のコロナ禍での挑戦が今までで1番高い壁だろう。

どうやって、この壁を越えようか?


そんなとき、私は自分のある行動パターンに気付いた。

「結果を出しているときは、周囲に目標を宣言し、自分の逃げ道をなくしてきた。逆に結果がでないときは目標を宣言せず、逃げ道を確保しているのではないだろうか?」

今回もそうだ。

今はCash is King。
先が見えるまで安易な投資はしないほうが良い。

日本電産、永守社長が日経のインタビューで語っていた言葉に感銘を受けた私は、企業規模が違いすぎるにも関わらず、アイデアログの経営においても同じ方針を採用していた。

「コロナが解決するまで現金の流出を防ぐ」というのは誰も納得しやすい耳障りの良い言葉。

経営者にとって楽な選択だった。

本当はV字回復させたかった。

「V字回復させる自信がない」という事実を隠し、プレッシャーから逃れる私は完全に負けパターンに陥っていた。

目標を宣言し、逃げ道をなくす

スピリチュアルな話になるが、私は幼い頃から不思議と「言霊(ことだま)」の存在を理解していた。

昔から「念を込めて口に出したこと」は現実になる。

霊感の強さ含め、祖父がお坊さんであったことも影響しているのかもしれないが「ここぞ!」というときには、言霊の存在を理解し、具体的な目標を宣言してきた。

しかし、起業後の8年間。

私は達成できそうな小さな目標を設定し、誰に対しても具体的な目標を宣言していない。本当は「大きな目標」があるにも関わらず、プレッシャーから逃れるために小さな自分を正当化してきたのだ。

いつの間にか忘れてしまっていたが、2012年の起業準備中に書いたブログには「歴史に名を残したい」と書いている。

いつからこの気持ちを隠し、守りに入ってしまったのだろう・・・。

気付けば小さくまとまるダサい経営者になっていた。

原点回帰

自分の本来の目標。
それは

「誰もがアイデアログで働きたい!」と思う
「仲間に愛される会社」をつくることだ。

創業時の経営理念にもしっかり書いている。

そして

どうすれば「仲間に愛される会社」にできるかを考え抜き「4つの約束」というルールも設定していた。

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自画自賛するが、正直、今見ても素晴らしい「経営理念」と「ルール」だと思う。にもかからず、この素晴らしい「経営理念」と「ルール」を私は蔑ろにしてきた。「仲間に愛される会社」の本当の意味を考えず、利益しか見ていなかった。

だからこそ、改めてこの経営理念とルール(4つの約束)をアイデアログの根本に置くことを決めたのだ。

※追記:2022年より「仲間に愛される会社をつくる」という経営理念を「ファンを増やす」という経営理念に変更しました。言葉が持つ意味は同じですが「仲間に愛される=社員に愛される」という意味合いだけで捉える人が多いためです。社員はもちろん、関わる全ての人に愛されること、つまり「アイデアログのファンになってもらうことを目指す」という意味で経営理念を「ファンを増やす」変更しています。

魅力的な事業をつくる

素晴らしい経営理念があっても魅力的な事業がなければ、仲間から愛されることはない。

経営理念を実現するためには、魅力的な事業の種を生み出し、優秀な人材を集め、ユーザーが感動するサービスをつくり続けるしか道はない。

どうすれば魅力的な事業に育てることができるだろうか?

そう考えていた当時、目に飛び込んできたのは上場したグッドパッチ土屋社長のnoteだった。

僕は近藤さんに「はてなってIPOするんですか?普通に既存事業で回っていて利益が出てるのにIPOするメリットあるんですかね?経営も自由に出来なくなるし、僕はあんまりメリットを感じないんですが。IPOを目指す理由って何ですか?」と質問しました。すると近藤さんはこう答えました。

「IPOのメリットかーそりゃ色々あるけど、そういうのじゃないんだよなーIPOはさ、会社の成人式なんだよ。上場するって事はやっと大人の会社として認められるって事なんだよ。あと理由があるとすれば、自分の尊敬する経営者や同世代の起業家がみんなその道を通って行っているんだよね。みんな頭の良い人達がわざわざ面倒な道を選択しているんだよ。理由があるとすればそれが理由じゃないかな?」

確かに孫さんも三木谷さんも藤田さんも自分が尊敬する起業家はみんな苦しいと分かっていながらも上場を選択している。その一言で少し上場への意識が変わったのを覚えています。

このnoteを読んだ私は「上場していない魅力的な企業も沢山あるのではないだろうか?」と思い調べてみたが、自分が憧れる会社に未上場の会社は1社もなかった・・・。

「魅力的な事業をつくりたいなら上場が必要」ということを歴史が証明している気がした。

何より、株主に目標を宣言することで逃げ道をなくし、その目標を達成していく上場は、自分の勝ちパターンと同じではないか。

そう考えた瞬間、自分の中で1本の筋が通った。

「1つの通過点として、上場を目標にしよう!」

最初の目標が明確になった瞬間だった。

2025年の上場申請を目指す

・いつ上場すべきか?
・いつであれば上場を目指せるだろうか?

昨年末から半年間に渡って過去の上場企業の情報を集め、アイデアログの事業計画を考えてきた。

正直、コロナ禍で3か月後のことすら予測できないが「2025年に上場申請する」というのが私が出したスケジュールだ。

正直、今の会社の規模で「上場を目指す」のは草野球チームがプロ野球チームを目指すレベルに近いだろう。

しかし、こんなところで立ち止まるわけにはいかない。上場は通過点であり、本当の目標はメジャーリーグだ。

だからこそ、敢えて言いたい。

「新型コロナよ、自分の未熟さに気付かせてくれてありがとう!」

正直苦しい経営状況は変わらないが、自分がコントロールできないことに目を向けても仕方がない。

前に進む。ただ、それだけだ。

「高ければ高い壁の方が、登ったとき気持良い」

今頭の中でMr.Childrenの「終わりなき旅」が流れている。上場はこれから始まる「終わりなき旅」の通過点でしかない。

「あいつ、上場宣言してくせに、まだ上場できてないよ、ぷぷぷ(笑)」

と2025年に笑われないよう、自分らしくコツコツと努力していこうと思う。

※そういえば9年前のリクルート卒業の送別会、最後のスライドで流れた曲は「終わりなき旅だった」。これは必然なのかもしれない(笑)
当時の幹事の皆様、ありがとう!

仲間への感謝

・創業1年目から会社の中心として全ての事業を伸ばし、右腕として支えててくれた森山君。2021年7月1日から取締役として宜しくお願いします。

・創業4年目から会場ベストサーチの拡大、そして今はコンサルティング事業を担ってくれている新里さん。コロナ禍で売上を守り続けてくれて助けられました!これからも宜しくお願いします!

・創業4年目から会社ベストサーチの営業基盤を作り、最も多くの掲載を獲得。今は新規事業に挑戦してくれている田中さん。新規事業の売上確保が今後の命運を分けるので引き続き期待してます!

・コロナ前後の苦しい時期にジョインし、営業からカスタマーサポート、SNS運用、総務、社内改善まで徹底サポートしてくれている美幸さん、渡邊さん。どんどん仕事の幅を広げてくれて助かってます!

ここに挙げた現在の社員だけでなく、8年の間には多くの仲間がいました。

【社員の仲間】
・3人目の社員として入社し、半年間貢献してくれたA津さん
・4人目の社員として入社し、縁の下の力持ちとして支えてくれたM島さん
・業務委託としてSEO事業の売上を伸ばしてくれたM川。
・記事サイトを爆発的にアクセスを伸ばしてくれたT河
・会議室の掲載獲得で力を発揮してくれたS藤さん
・初めてのインターンとして入社し、活躍してくれたS本さん
・インターンから正社員入社し、大量の掲載を獲得してくれたK野君
・フランスの大学からインターン応募し、活躍してくれたT屋さん
・インターンとして能力の高さを発揮してくれたN山さん、H手さん
・最後まで社員並の記事サイト運営をしてくれたH田くん

【取引先の仲間】
・創業時から開発面を徹底サポートしてくれているA社のM川さん(M川さんがいなかったら今のアイデアログはないと思います!)
・常にアイデアログのことを気をかけていただき、創業時から発注を続けてくれているR社のI泉さん
・開発面のアドバイスをくれるJさん、いつも開発を徹底サポートしてくれているO森さん、U野山さん、T橋さん、F川さん
・長年に渡りご掲載いただき、やりとりをしていただいているホテル、レストラン、結婚式場、イベントホール、会議室に関わる全ての皆様

今までアイデアログに関わってくれた全ての仲間に感謝します!

最後に、コロナの厳しい時期にも前向きな言葉をかけ続け、辛いときには一緒に涙を流してくれた妻、そしていつも笑顔で癒してくれる2人の子供達にも感謝!

アイデアログが誰からも『一流』と呼ばれる企業となるように、最強のチームを創っていきますので引き続き力を貸してください。

最後に私の好きな言葉を紹介します。

「人生とは感動の歴史である」

過去の仕事を思い返すと、真っ先に思い出すのは「感動したこと」、つまり「心が動いたこと」だと気付きました。

・努力の結果、成功して嬉しかったこと
・努力の結果、失敗して悔しかったこと

仕事で思い出すのはこの2つだけです。

努力がない成功、失敗では感動が生まれず記憶にすら残りません。

どうせ働くなら記憶に残る仕事がしたい。

これからも続く「アイデアログで感動の歴史」を積み上げていけるように、「圧倒的な努力」を怠らずに精進していきます。

このnoteを自分自身が2025年に読み返すことを楽しみにしています!

2021年7月1日:2025年の上場を宣言
株式会社アイデアログ
代表取締役 大野 敦之

まずはコロナでダメージを受けた業績を立て直し、その後、採用を一気に強化していく予定です。少しでも興味を持っていただけた方はご連絡いただけると嬉しいです。Twitter・facebookでも状況を投稿をしてますので、宜しければnoteと合わせてフォローお願いします。
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