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【友に灯る】高校生、年中半袖です

「友に灯る」は、個性豊かな友人たちとの思い出を書くエッセイです。
よろしければ、最後までご覧ください。


 高校1年生の4月。初めて放送部の部室へ入った時に彼はいた。制服のズボンの上に、半袖のカッターシャツを着ている。まさに夏の男子高校生スタイル。でも少し季節外れな服装。他の部員と楽しそうに話していて、どっしりと貫禄のある雰囲気で座っていたから、2、3年生の先輩だと思った。
「失礼します。部活動の体験で来ました。よろしくお願いします」
 先輩たちからの歓迎の言葉を受け、「もう少ししたら始めるから一緒にそこで待ってて」と半袖の人の近くに案内された。
「自分も体験で来ました。よろしくお願いします」
 半袖の人が話かけてくれた。あれ、体験? ・・・あっ、2年生になってから部活に入り直すパターンか。そういえば中学校にもそういう人いたな。
 向こうが名乗ってきたので、こちらも自分の名前を伝える。いつものことながら「珍しい名字やね。どういう字?」と聞かれた。半袖の人の名前はよくある名字と名前だったから、名前を覚えるのが苦手な自分でもすぐに覚えられた。
「何組?」
「えっと、1年9組です」
「9組って担任だれだっけ?」
「○○先生です」
「○○先生か。ウチのクラスも数学は○○先生だ」
「あっ、○○先生って2年生の数学も担当なんですね」
「そうなのかな? 2年生のことは分かんないな」
 マズい、やってしまった。部活に入り直すから2年生かと思ったけれど、3年生だったか。
「す、すみません。先輩って3年生でしたか」
「えっ? ううん、1年生だよ。1年1組です」
「ほへ?」
 同学年なんかい! と心の中でツッコむ。なるほど、先輩ともすぐに打ち解けられる、コミュ力お化けなタイプね。あー、焦った。
「ごめん、貫禄があったからてっきり先輩かと」
「あー、けっこう老けて見られるからね」
「えっ、いや全然そんなことないよ」
 マズい、こっちの方が失礼だったか。彼との初会話で、人を見た目や雰囲気で判断してはいけないということを学んだ。
 部活動体験は2週間ほどあり、その後本入部の届けを出す。私と半袖くんを含む数名が放送部の新入部員となった。和気藹々とした雰囲気の部活だったので、1年生同士で仲良くなるのにそれほど時間もかからなかった。ここでは、いつも半袖で過ごすこの友人のことを、「半袖の友人」と呼ぶことにしよう。

 半袖の友人は、いつも半袖で学校に来ていた。部活の帰り道、4月でも夕方になるとまだ肌寒い。みんな黒のブレザーを羽織っている中に、白の半袖カッターシャツが混じっている。遠目から見るとオシャレなワンポイント。「今日とか寒くないの?」と聞くと「寒くないよ」という答えが返ってくる。どうやら1年中半袖で過ごしているらしい。ということは受験も半袖で乗り越えたのか、すごいな。
 年中半袖。それ自体は言うほど珍しいことではない。勝手なイメージだけど、学年に1人はいた。少なくとも学校に1人はいたと思う。もちろん、それは小学校の話。まさか、高校に入っても年中半袖の人がいるとは思っていなかった。これはたぶん珍しいこと。

 半袖の友人は、何といっても冬にその本領を発揮する。12月、放送部の1年生でUSJに遊びに行くことになった。アトラクションの待ち時間は寒いからと、みんなヒートテックを着込んだり分厚いコートを羽織ったり、季節にあった格好をしている。その中にただ1人、半袖半ズボンの少年がいる。
「半袖は覚悟していたけど、まさか半ズボンだとは思ってなかったわ」
「普段も半ズボン履きたいけど、制服は長ズボンしかなくて」
 どうやら、彼にとっては半袖半ズボンが理想の服装らしい。
 12月のUSJを半袖半ズボンの人が楽しそうにはしゃいでいる。端から見れば罰ゲームでしかない。周りの人たちがまるで珍獣を見るような目で彼を見ている。写真もパシャパシャ撮られた。少し遅いハロウィンの仮装だと勘違いされても文句は言えない。

 冬が深まり、寒さがいっそう強くなっても彼は半袖で過ごし続けた。雪が降っても、大寒波が来ても、彼は半袖だった。そうなると、当たり前のように彼は学校中で有名になる。ただ、注目を集めるということは、その分彼のことを悪く言う人が出てくるということ。「お前我慢すんなよ」と直接言ってくる人もいれば、「あいつ注目されたいだけやろ」と陰口を言う人もいた。そのような批判を受けても、彼は半袖だった。
 雪が舞う中を半袖で颯爽と歩く姿は、今でも鮮明に記憶している。そして、自分の思うままの姿でいようとする友人を少しだけかっこいいと思った。


 あれからもう10年近く経つ。今も放送部の友達とは時々食事に行く。その中には半袖の友人もいる。でも、彼はもう年中半袖ではなくなった。何か心境の変化があったのか、それとも寒さが堪えるようになったのか、大学生の中盤くらいから冬には長袖も着るようになった。それでも、人一倍薄着であることには変わりないけれど。

「俺、もう1年就活頑張るわ」
 大学4年の3月、卒業間近に連絡を取った時、彼は就活に再挑戦することを決めていた。
「えっ、卒業できないの?」
「いや、大学は卒業するよ。卒論も出したし」
「じゃあ、就活浪人ってこと?」
「うん、自分の納得いくようにできなかったし、もう1年やってみようと思う」
「そっか。頑張って、応援してる」
「おう、ありがとう」
 正直、自分にはできない選択だと思った。それは就活浪人は茨の道というイメージと、周りの目の怖さがあるから。それでも彼は就活に立ち向かって、自分の納得いく内定をもらっていた。
 でも、それから2年ほど経って、
「転職しました」
 今度は転職したとの報告を受けた。
「早くない? よく転職できたね」
「うん、意外とできるもんやね」
「そういう判断って、なかなかできないものだと思うよ」
 そういうものかなと、彼は笑っていた。
 そうだよね、イメージとか周りの目とか、そんなのこの人には関係ないよね。初めて会ったあの時から、彼のどっしりと構えて自分を貫く姿勢は変わらない。半袖の友人は、今も自分の思うままの姿で歩き続けているだけなんだ。


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