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ある詩人の旅 4


ある詩人の旅 4

身を刺す寒気に抗いながら
闇夜の街を彷徨う
ただ歩くことだけが 彼にできる全てであるかのように

意地悪く身を嬲る川風に耐えながら、大きな橋を渡り
氷雨の中を何も考えることもかなわぬままに
ひたすら歩き続ける

足元からキリキリと締め付ける
雨に濡れた冷たき石畳の街路

空白の時がどれほど流れたのであろう

感覚の無くなりかけた足を引きずり
まるで導かれたかのように
この街の北にそびえる大伽藍の入り口に
辿り着く

どうしてここに佇んでいるのかと 思いを巡らすが
記憶を失いかけている男の脳裏には
なぜという言葉の他に思い浮かぶものはなかった
何故自分はここにやって来たのだろう
何故

大理石の階段に腰を下ろし
ゆっくりと横たわる
纏ったコートの襟元を搔き合せ
ようやく安堵したかのように

まぶたの裏の深い闇の中に
全ての感覚が吸い込まれていく


薄明の朝靄に抱かれて
目覚めを告げる鳥たちのさえずりも届かず
旅人はもはや決して目覚めることのない眠りの中に
己がいることを知った

2020/1/18 Paris 一陽 ichiyoh

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