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ある詩人の旅 7

ある詩人の旅 7

どこへ通じているとも知れぬ 急な夜の坂道を
古びた自転車に跨がり
風を切って転がり落ちるように疾走する

天空に散りばめられた夢幻の幽光は
淡墨を掃かれたような紗織りの雲に覆われ
そこはかとなく 
濡れた石畳の車道を照らす

耳元で唸りを上げる風音
悲鳴を上げるゴムのタイヤ
サドルから体に伝わる激しい震動
ハンドルを握る手に汗をかきながら
いまにも空中に投げ出されそうになるのを
必死に耐える

この街の北の丘陵に聳える大伽藍から続く
曲がりくねった坂道を
ブレーキを懸ける事も忘れ
体を左右に倒しながら
サーカスの自転車乗りのように駆け抜ける

大通りの交差点を行き交う車の間をすり抜け
道行く人々の驚きの表情をちらりと横目で見ながら
口元に満足げな笑みを浮かべ
ひたすら走り続ける

目の前に突然現れたどこまでも続く石塀に行く手を阻まれ
ついにたどり着いたことを知った老人は
いたわるように自転車から降り立ち
石塀にそっと触れる

喧噪と静寂を隔てる石の墻壁 

寂寞たる睡りの彼の地に横たわらんと
彼此を境ふ塁壁の扉を探す

2020 à Tokyo 一陽 ichiyoh

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