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ある詩人の旅 6


ある詩人の旅 6

嚴黒(酷)の闇に囚われる

瞳孔を極限まで開いて辺りを見回すが
眼底(まなそこ)に映るものはなく
慄きの中に自らを捜す

錆び付いた感覚を研ぎ澄まし
この不可視の闇と外界を結ぶ回路を見出さんと
震える両の手を頭上にかざし
徒労とも思われる行為を続ける

時の流れさえも失わせる闇
精神の闇

余人との関わりから逃れ
隠れ棲む
訪れる知り人も無き
パリの小さな屋根裏部屋

澱の沈んだ 古い赤ワインの瓶を前に
虚妄と事実との境の失われた 
過去への想いを辿り
焦燥と諦めの狭間に身悶える

定められし己の行き先を知って
思わず燭台の灯りを吹き消した時
この闇は突然その身を包み込んだ

顔肌を通して微かに感じられる空気の揺れ
灯芯から立ち昇る焦げた蝋の匂い
口の中に残るワインの僅かな酸味
遠くの鐘楼が告げる時の音

逃れ得ぬ深黒の中に
在っても無き己を見出し
掠れた声を上げて崩壊する

常闇の宙空に浮遊する質量なき
ロゴス
綾織る言葉を失った詩人は
引き返すことの叶わぬ旅に踏み出したことを感じた

2020/ à Tokyo 一陽 ichiyoh

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