見出し画像

ショートショート「超・回復傷薬」

またやってしまった___。アキは流血した指先を見つめ思った。ほつれたスカートのはしを安全ピンで止めようとして、あやまってピンを自分の指に刺したのだ。血がどんどんにじんでくる。

アキは急いで絆創膏を探し、指に巻いた。こういうことは日常茶飯事だ。子どものころからそうだった。27歳になった今でも、怪我が絶えない。

せっかちな性格も多少の影響はあるのかもしれないが、ほぼ毎日のように怪我をしているとなると、もしや自分は呪われているのかもしれないとアキは思うのだった。

ある日も、アキは怪我をした。自分で思うよりけっこう大きな怪我だったらしく、整形外科病院に行くと看護師が入れ替わり立ち替わりアキを誘導して検査を行った。そして、医者の前へ通された。

「また、あなたですか。怪我が多くお困りでしょう」と医者は言った。

「はい。どうしてこうも、毎日のように怪我をしてしまうのか自分でもわかりません。何か対策を立てられれば良いのですが、どうしたものか……」アキは言った。

「ふむ……。怪我を事前に防ぐことはできませんが、対策はあります」

「えっ!どのようなものでしょう?」

「あまりおすすめはしませんが、怪我の回復スピードを格段に高める薬を使うのです」

「薬?」

「はい。”超・回復傷薬”です。もし怪我をしても、どんなに大きな怪我だとしても、24時間以内に服用すればたちまち怪我が治ります」

「飲んで治す薬ですか。そしてすぐ治る。それはすごい!ぜひ使わせてください」

「しかしその薬は保険がききません。1錠がとても高価ですから、怪我の程度により使うかどうか、自分で決めないといけませんよ。風邪薬のようにとりあえず飲んでおこうというものではありませんから」

「なるほど……。お守りのようなものですね。ですが持っているのと持っていなのとでは安心感が違う。3錠ほどください。お願いします」

「わかりました、処方箋を出しますので薬局でお受け取りください」

アキは薬局に行き、薬を受け取った。確かに高額だった。だが、もしもの怪我のときに急いで近くの整形外科を探さなくて済むのだ。便利には違いない。

それからアキは、外出の際には必ず薬を持ち歩くようになった。家での怪我も多いが程度は小さい。心配なのは外出先で思いもよらない怪我をしたときだ。

アキには思い当たる思い出がいくつかあった。幼児のとき、車を避けようとして電柱に激しくぶつかり頭部を数箇所縫った。小学生のとき、猫を追いかけた先に道路脇の側溝に足を取られ足首を捻挫し、松葉杖生活を3ヶ月おくった。中学生のとき、自転車で転んだ際に右まぶたを深く切り、それから右目をしっかりと開けていられなくなった。

思い出すだけでもため息が出る。怪我さえなければもっと幸福な人生を送れるはずだ。

回復薬を持ち歩くようになって数ヶ月たったある日、アキは怪我をした。徒歩で通勤途中にバイクとぶつかったのだ。地面に血が広がる。バイクの青年は狼狽した。救急車を呼ぼうとしたが、アキは彼を制止した。アキはその場で薬を服用し、会社へ連絡し、自宅に帰ってベッドで休んだ。医者のいうことが本当ならば薬を試す絶好の機会だ。

翌日はすっかり元気になり、体のあちこちを確かめたが、怪我らしきものはどこにも見当たらなかった。あの薬の効果だ。すごいものを手に入れた。

その日からアキはどんどん変わっていった。アクティブな活動に参加し、やったこともないスポーツに挑戦してみる。大丈夫。万が一の時には、あの薬がある。

これまであらゆる体験しようとしてこなかったのは、怪我への不安が常にあったから。その恐怖が取り払われた今、アキは自分の本当の人生が始まったような気がした。世界がキラキラと自分を歓迎しているように思えた。

テニス、空手、マラソン、サーフィン___アキはあらゆるスポーツに挑戦した。未知の領域に入っていくのはなんと楽しいことか。やがてアキは、お金を貯めて海外へ旅行するようになった。友人たちと計画を練っては行動に移す。遠征した先で怪我をしても大丈夫。”超・回復傷薬”がある。

やがて旅行計画はスリルの多いものになっていった。スリルを存分に味わうことができるのは、自分の身に何も起こらないという絶対的安心感があることが重要だ。そうでなければ恐怖心が先行し、怖かったという感情だけが残り、心ゆくまで楽しめないだろう。

アキは日本から飛行機で8時間かかる、小さな村の地域のお祭りに参加することにした。そのお祭りはバンジージャンプが有名で、海外からの参加者が多く、その参加料や観光料が村の収入源になっていた。

命綱が2本あり、その綱は村人手作りの、ツルをより集めたような代物だった。ジャンプ台は高さ7メートルはあろうかと思われた。外国人はジャンプ台に上がってみるが、そこからの眺望と命綱の拙さから恐怖心が湧くようで、実際に飛ぶ人は多くなかった。アキの友人たちもそうだった。

だが、アキは違った。もし自分の身に何か起こったとしても、特別なお守りがあるのだ。死ぬことは絶対にない。

アキは2本の命綱を1本にするよう村人に頼んだ。よりスリルを味わうためであるのと、ジャンプ台の下で待つほかの外国人に自分のチャレンジを見せつけるためだ。アキの友人たちは手を振ってアキに止めるようサインを出した。だが、アキには友人たちが自分を応援しているように思えた。

ゾクゾクした震えるような高揚感がアキを包む。自分に必要なのは、勇気だけ……1本のみの命綱を身につけ、アキはジャンプ台のはしへ_____。


illustration by sato


その頃、日本ではアキの母親が探しものをしていた。常備薬がない。母親は胃痛もちだった。胃薬を探していると、階段に落ちている薬を見つけた。____「超・回復傷薬」。

「あの子、もしかして私の胃薬を持っていっちゃったのかしら。”超・回復傷薬”なんて、訳のわからない薬だわ。こんなもの、きっと胃になんの役にも立たないわね」

母親は”超・回復傷薬”を戸棚にしまい、薬局へと急いだ。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?