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縁の下の力持ち

外を散歩している時に曲を聴こうと携帯を取り出した時のこと。
ライブラリを漁ってみるけれど、J-POPが聴きたい訳じゃないし、かといってエレクトロで上がりたい気分ではないし、心穏やかになるようなアンビエントな曲に浸りたい訳でもない、ポッドキャストやラジオもちょっと違う。

そんな時に大体聴いているのは吹奏楽だ。

私は中学生の頃から10年の時を吹奏楽部で過ごしてきた。
そのおかげで吹奏楽曲だけでなくオーケストラやピアノ曲、ジャズなど幅広いジャンルを聴くようにもなった。
原曲を聴くのももちろん楽しいのだが、私は吹奏楽で編曲されたものを聴くほうが色々な思い出も一緒に蘇ってくる。

私が10年という歳月を共にしていた楽器の名はバスクラリネット。知る人ぞ知る渋い楽器だ。

クラリネットならご存じでしょうか。「クラリネットをこわしちゃった」に出てくる、黒くて細いあの楽器。
そのクラリネットの前に「バス」という名称を冠する。つまり低音担当のクラリネット

ただ現在知られているバスクラリネットはサックスを作った方が考案したので形が若干違う。色や細さはクラリネットで形はサックスといえばちょっと想像できるだろうか。
高いものだと時価にして150万円はするので、簡単にはとても手が出せない高額楽器でもある。


最近であればアイスランドのシンガー、ビョークの楽曲でフィーチャーされているのを見て、個人的に興奮した。
あと有名どころだと、さかなクンが高校時代に吹いていた楽器でもある。

話が逸れるが、つくづくさかなクンの多彩さには惚れ惚れする。
水槽学部と勘違いして入部したものの中学時代にはトロンボーンをして、高校ではバスクラリネットを吹いて、スカパラと共演した時にはバスサックスも吹いている。
イラストもお上手で、魚に関しては誰にも負けない知識を持っていて…。好奇心の塊みたいなその生き方やご両親の育て方も、本当に尊敬するところばかりだ。

つい話が脱線したが…、でもそれくらい、さかなクンと同じ楽器を吹いていたという事実を私は誇りに思っている。
私もそれくらい好奇心旺盛でいたい。



そんなバスクラリネットだが、残念ながら「何を吹いていたの?」と多くの人に聴かれて答えても大体ピンとくる人はいない。

それもそのはず、吹奏楽の中では影の存在なので表にはあまり出てこないからだ。

本当はクラリネットがしたかったのだが、見事にくじ引きで運悪く一人だけ外れてしまい、「クラリネットなら何でもいい」と顧問に言っていた私は、バスクラリネットを吹くことになってしまったという訳だ。

初めの頃は退屈で仕方なかった。
入部前に夢見ていたメロディや連符をスラスラと吹きこなす未来など皆無。
花形の楽器と比べて楽譜のページ数も1、2枚少ない枚数で済んでしまうほど白いおたまじゃくしが多くて、すぐ読めてしまうスカスカの楽譜に幻滅した事を覚えている。

親が演奏会に来た時も「どれを吹いてるんかわからんかった」と言われてしまう始末。
活躍さえ直にわかってもらえない。これが個人的にとても辛かった。

でもある時からは印象が変わった。
バスクラリネットは「バンドの核」であることを知らされてからだ。

多種多様な楽器が並んでいるあのバンドの中で、私が吹いているバスクラリネットが音を作る上でサウンドの核となる。

それゆえに責任感も重大で、チューニングをする時はバスクラリネットをきっかけに低音域の楽器から音を重ねていくので、序盤で先生に名指しされる。緊張なんかに囚われている場合ではなかった。


その上、ひと学年に一人いるかいないかの人の少なさ。それぐらい全体人数に対して割合の少ない楽器なのでプレッシャーも生半可なものではない。
先行きを嘆いていた私も、自分の役目を全うする素敵な先輩方に恵まれたおかげで、入部半年にしてバスクラリネットの魅力に気づきベースラインをやる楽しさや音を追求していく奥深さを知ることができた。

今思えば自分が中心とならなければならないという責任感や、パッと見ただけではわからない部分にいるという秘密の存在感が、今の自分を作ってくれているのかもしれない。

どんな時もひけらさず秘めたまま鍛え、いざという時にその色気を出す。そんなバスクラリネットのような奥ゆかしさが自分にも欲しいなと無意識のうちに思っていることに気づいた。

音域も広くて、色んな楽器と相性が良くて、色んな音色が出せてスタイルも素敵…。そんなオールマイティーなバスクラリネットの事を吹奏楽時代の曲を聴きながら思い出す。

今はまだ値段が高すぎて買うなんて考えたこともできないが、作曲もある程度できるようになって余裕が出てきた時にはいつか、自分でバスクラリネットを買いたいなと密かに思っているところだ。

自分の境遇を嘆いてばかりいるのと、角度を変えて自分の役割を見つけてそこに徹して生きるのとでは、同じ一日でも価値が変わってくる。
当たり前に思っていたこともちょっと視点を変えてみれば、昨日と違う景色が見えてくるかもしれない。
それが、バスクラリネットを通して知った自分にとって大切なことだ。


読んでくださりありがとうございます。 少しでも心にゆとりが生まれていたのなら嬉しいです。 より一層表現や創作に励んでいけたらと思っております。