見出し画像

【連載】雲を掴んだ男 01/雄の三毛猫

 相田夏生(あいだ なつお)は、平凡な男だった。夏休みが明ける9月1日に生まれた所為で、誕生日が嬉しいのか哀しいのかわからなかったことを除けば、飛び抜けた長所も短所もない。170センチの身長に鍛えがいのない薄い胸板、公立の中堅高校で中の下の成績を常にマークする、バスケット部の幽霊部員だった。高校時代は適当な仲間とくだらない話をするだけの日々を過ごしていた。

 可もなく不可もなく。
 どこにでもある日常を過ごしてた夏生の前に、あの男が現れた。

「ねぇ、猫見なかった?」

 初めて声を掛けられたのは、高校二年になったばかりの4月。新学期が始まって間もないにも関わらず、授業に飽きた夏生は、裏庭の奥にある寂れた物置小屋の影で惰眠を貪っていた。

 基本的に誰も来ない、忘れられたような物置小屋。ここにいて、他人に見つかったのは初めてだった。寝起きで回らない頭を抱えながらようやく起き上がった夏生は、改めて声の方向に顔を向ける。

「猫、見てない?」

 視線が交わった瞬間、目の前の男はもう一度同じことを聞いた。

「どんな猫だよ」

 思考能力が抵抗したまま夏生が答えると、男はおもしろそうにニヤリと口角を上げる。細身の童顔、一見すると中学生にも見えてしまいそうな幼さを残していたが、均整のとれた端麗な顔つき。一方で身長はすらりと高く、モテるんだろうな、と一瞬でうかがわせる外見だ。

「三毛猫の雄だよ」

「おまえの猫か?」

 夏生の問いに、男は大きく首を横に振った。

「俺も見たことはないんだけど。珍しいから売ったら高いんだってよ。どっかにいないかと思って」

 頭がおかしいのに絡まれた。思って絶句する夏生を知ってか知らずか、男はさらに笑ってこう言った。

「俺、木谷馨(きや かおる)。一緒に三毛猫探そうぜ」

それが、夏生と馨の出逢いだった。


>>02/僕の嫌いな僕の名は  に続く

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?