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リワーク日記96 本当のところメンタル休職者が転職するのはやめた方が良い?悩んだときのヒント

先日、会社の70代の偉い顧問にランチに誘われまして、この会社に転職してきて良いことの方が多いかそれとも悪いことの方が多いか、と尋ねられました。私は自分の目の前のハンバーグが冷めそうなのを気にしながらも、お喋りしながら軽々とステーキをほおぼる自信家のこのお爺さまにせっかくご馳走になるのだから、こちらからはその対価として率直な真実をお支払いしようと思い、「両方です」とお答えしました。顧問は笑ってそれはそうだと喜び、続けてどこを改善したら良いと思うかと質問を重ねてきました。私が普段考えていることを伝えたところ、そういうことはどんどん会社に言ったら良いと背中を押してくださいました。「それが見えるのが中途入社してきた人の強みなのだから」と。その温かい言葉をソースに加えたハンバーグの味は、転職するという自分の決断が苦味ばかりで満たされたものではなかったと囁いていました。

(問題1)この文章の最後で「私」は転職を決断したことをどう思っているでしょうか?

前回の記事ではメンタル休職をしている皆さんに向けて、復職か転職かを迷った時の参考になるようにと私の経験から両者のメリットとデメリットを書いてみました。

実はあの記事、各記事のアクセス数を眺めていたときに、ふと「みんな人生の岐路に立ってどちらを選ぶか迷った時の指針や判断材料が欲しいのではないか」と思ったので書いてみたのでした。私のこの「リワーク日記」シリーズは「日記」とある通り、私の身に起こったことを時系列に書き足していっているだけのものです。ですから中には、というよりほとんどが日常でこんなことをしたとかこんなことがあったとかいうことを書いているだけです。鬱で休職して、病院に通って、リワークに通って、転職活動をして、転職して、働き始めて、それから仕事で色々事件が起きて、と様々な日常の出来事を、です。その中でアクセスの多い記事というのは人生の転機となる「転職」に関する記事が最も多いのです。「リワーク日記」にもかかわらず、「リワーク」についてはほとんど素通りして「転職」に関心が集まっているわけで、「メンタル転職日記」にでも改題しようかと思ったほどです。

そこで試しに前回「転職」に焦点を当てたところ、やはり予想通りアクセス数が伸びていました。興味ありますよね。わかります。私自身も実感しているところではあるのですが、世の中に転職助言の専門家はたくさんいるのに、メンタル疾患経験者相手の専門家となると非常に少ないでしょう。私も利用した大手転職エージェントも、うつ病や休職中という私の状態はさほど気にしなかったものの、提示された戦略と言えば「数打ちゃ当たる」というおよそ戦略とも助言とも支援とも言い難い代物でした。鬱無し、休職無しでも転職すべきか否か、どう進路を決めるかは非常に複雑な難題で、人々の関心を強く集める問いです。メンタル疾患や休職歴を抱えているなら尚更、情報や実例やノウハウを知りたいと思うのはもっともです。

お察しの通り、私の経験を皆さんに還元する価値がここにあると確信した次第でもあるわけです。一方で私が提供できる情報はあくまで私の個人的な一つの経験にすぎません。メンタルヘルスの専門家でもなければ転職の専門家でもキャリアカウンセリングや人生相談の専門家でもありません。大原則は、主治医やリワークのスタッフなどの社会的な支援を受けながら一人で抱え込まずに考え決めてほしいのですが、少しでも参考になるならば私の経験や考えをこれからも少しずつ公開していくことにします。メインは日記ですけど。それから改題もしませんけど。

さて、冒頭の「国語の問題文」風のエピソードは私の実体験をもとにしているのですが、そうは言ってもやっぱりメンタル休職をしている人は転職しない方が良いのでしょうか?

国語の問題として解答するだけなら「転職という決断を肯定している」が正解なのですが、あらゆる物語はもっと複雑です。この短い文章の中で「私」の心情が変化していることにお気づきでしょうか?「私」が「転職を肯定」したのは顧問との会話を挟んだ後のことだと読み取れますよね。

時間と共にある出来事や決断・選択の自己評価は常に変化し続けます。何かがきっかけで正反対の評価に変わることも珍しくありませんし、状況によって評価が移ろい続けることも普通のことです。誰かの一言が重要な役割を果たすこともありますし、自分自身でポジティブな側面に着目することでも変化は起こり得ます。当然、考え方一つで転職の選択が大失敗に終わったということにもなり得るわけです。たとえ周囲の人から見たら成功した転職以外の何ものでもなくても。

今は失敗にしか思えなくても状況や環境条件が変化すれば後追いで成功に大変身してくれることもあるのは、職場や労働条件、働き方だけでなく、自分自身の関心や考え方、私生活や家族、友人、知人、住んでいる地域、社会経済の状況など様々な条件が常に変化しており、それにつれてその転職が状況に調和しているかそうでないかも常に変化しているためです。転職の評価は短期的な視点だけでは決まりません。

まあ実際、私はハンバーグをご馳走になった同じ週内に同じ顧問のお爺さまに無意味な下請け仕事を無理やり強制されて怒りを覚えたりもしましたので、その点に着目すれば短期的には、私はなんてくだらない職場を選んでしまったのだろうという結論になることでしょう。

ついでに言うと、今週私はようやく新しい案件の理解が進んできたおかげで、自分自身の思い違いと失敗に気がついてしまい、ひどく動揺し自信を失い無力感と孤立感を味わいもしました。疲労が溜まっていることもあって、もうやっていけないとも思い詰め、憂鬱な気分に久々に支配されもしました。では、やっぱり私の転職は無謀で失敗だったのでしょうか?確かにその瞬間には「Yes」でした。でも休日に会社のパソコンを閉じたままにしてゆっくり休むという選択をすることで憂鬱気分の悪化を回避した今の私にとっては「No」なのです。短期的にさえ評価は定りません。ですがそのような日々の細かな変動は傍に置いて、進もうとする方向が会社と私とで合致しているという点に着目すれば、長期的な視点では転職は成功だと言えます。

要は、自分がどのような状況で、どのような気分で、何を求めていて、何に着目してどのようなスパンで考えるかで、転職は成功にも失敗にも簡単に姿を変えるという話です。では、同じ理屈で転職でなく復職を選んでも良かったのではないか?という疑問を持つ人もいることでしょう。人によってはその通りです。私は自分自身が幸せを保つための条件の基層を掘り崩されたと感じ、1年以上にわたって常に頭の中で非常アラームが鳴りっぱなしの状態でしたので働く環境を変えました。ですがダメージが表層にとどまっていて元の職場でも回復可能だと思えるなら、復職した方がはるかに無難で安全な選択でしょう。たとえ苦労して転職しても、どの職場にも必ず「良い点も悪い点もある」という平凡な真実を受け入れるという退屈な宿題を免除してもらえはしないのですから。

まあ、理想の職場はどこにも存在しませんが、より理想に近い職場ならありますし、より理想に近づけそうな職場もあります。また、自分が理想に近づくために貢献ができそうな職場というものもあることでしょう。理想の職場以外は全部不正解なのかと言えばそんなことはありませんよね。どれを正解とするかという採点基準も実は自分自身で決められることだったりします。本当にその採点基準しかないのか?他に加点できる部分はないか?それは他人が決めた採点基準に縛られているのではないか?と自分に問うてみて、自分の基準で採点することが大事です。

さて、ここまで読んできたみなさんは、結局のところ結論は何なんだ?と疑問を膨らませてきているかもしれません。結局メンタル休職者が転職を選ぶのはやめた方が良いのかどうかは、人によるとか状況によるとか判断基準によるとか、結論を避けているのではないのか?と。

正確に言うと私は、自分にとって幸福な結論を出すための材料を用意しましょうと言っているのです。

自分はどのような暮らしを望んでいて、何を求めていて、どんな時に満足し幸せになれて、何は要らなくて、何がどうなると不幸になるのか?自分はどんな気質で、どんな性格で、自分にはどのような好みがあって、何をしている時が素直な自分でいられて、自然と無理なくできるのはどんなことなのか?そんな自分に合いそうな職場はどのような職場で、自分はそこでどのようなことならできそうで、何を期待していて、避けたいのはどのようなことで、少しでも理想に近づけそうなのはどのような要素が満たされた場合なのか?長期で見るか、短期で見るか?そしてそれらを評価する時には、完璧を求めるのか、どこまでだったら目をつぶっても良いのか、必ず満たしていて欲しいのは何で、何ならなくても良いと考えるのか?

転職するか復職するかは、これらを整理した後に考えれば良いことです。私もそうですが、おそらくメンタル不調に陥った一因は、これらの材料の中でどこかがバランスを崩してしまったためではないでしょうか。こんな仕事量は求めていなかった、とかこんな人間関係は自分には手に負えなかった、とか自分に厳しすぎた、とか。

今メンタル不調で倒れて足踏みしてしまっているのはとて辛く苦しい不幸な経験ですが、この時間をより良い人生に立て直すための作戦タイムだと思えば、ゆっくり時間をかけてこれらを考えて整理してみることに意味はあるはずです。むしろ、一度倒れてしまったからこそ私たちは自分の限界をはっきり理解できており、ここまでならできるがここから先はできないと根拠を持って言うことができ、無理のない現実的な人生計画を立てることができるのです。自分の人生のどこを調整すれば良いのかを考える時間を持てているのは、それ自体とても貴重で有益なことです。

ちなみに、メンタル不調に陥っていない同僚たちと自分を比較するのは無意味なのでやめておきましょう。たまたま今はまだ元気な同僚がたっぷり稼いでいるのが眩しくても、何もできていない自分が情けなくて自己嫌悪の海に溺れるのも、鬱の症状にすぎませんので真に受けるほどの価値はありません。

長々と書いてきたように、鬱にならずにバリバリ働いている同僚が偉くて鬱で倒れている自分はダメとかいう単純すぎる基準では、自分の幸せを手繰り寄せることはできません。転職にしろ復職にしろ、どのように働きどのように暮らしていくかの正解には、先に挙げたように幾つもの問いに対する答えをまず用意する必要があるのです。ですが、日々の細かな変動に関わらず長期的に変動しにくいポイントを押さえることができていれば、転職にしろ復職にしろ成功だと評価しやすくなるでしょう。

つまり、重要なのは「長期的な視点で見たら、何が自分にとって大事なのか?」だと言うことになります。転職か復職かは、実はその後にくる問題です。なるべく長期で自分の過去を振り返ってみて、一貫している自分の特徴はあるか?一貫して好きだったものはあるか?一貫して自然とできたことはあるか?一貫して大事にしてきたことはあるか?に注目してまとめてみるのが長期的な視点での解答を出す手助けになるでしょう。

そんなのやることが多すぎるし難しくてできないって?ええ、同感です。そのためにリワークが存在します。リワークではそれらの答えを出す支援もしてくれますよ。この難解な大問を簡単な小問に分けてやっつける手引きをしてもらえます。いくら自分の人生だからといって、自分一人で人生の全てを抱え込むことはありません。助けを借りて良いのです。それが社会です。今私たちは自分の人生をより良いものにするチャンスを手にしていて、そのための努力を始めています。そんな私たちを支援してくれる人たちがこの社会にはいるのです。私たちは今までよりも幸せになって良いのです。専門家たちに協力してもらいながら人生という大プロジェクトを進めていきましょう。

ということで今回の記事のタイトルにある「メンタル休職者は転職しない方が良いか?」に対する答えは、「転職か復職かは、長期的に見て何が自分にとって大事なのかによって答えが変わるので、まずは自分にとって重要なものが何かを整理しましょう。」です。自分を知ることが大事ですね。

もちろん、自分を知るというのはそれ自体が大仕事ですので、常にその時点での暫定的な自己理解で構いません。人生はPCのアップデートのように、常に不完全で暫定的な自己理解を元に選択を重ねながら、常に自己理解を更新しそれに伴って行動や選択を変化させていくものです。AppleもMicrosoftも不完全な製品を売り出しています。それも堂々と。まずは発売して、後から「深刻な脆弱性」を修正しています。私たちも同じで良いはずでしょう?今できることをやって、不足分は後から修正でOKなのです。ですからぜひ気軽に一歩を踏み出してみましょう。

ということで、今回は前回の記事に似通ったテーマでしたが、分かりやすさに振った前回記事では書ききれなかったような割り切れない部分を補ってみたつもりです。2匹目のドジョウに近い上に分かりにくい内容なので閲覧数は伸び悩む気がしますが、それはそれです。次回ものんびりと書いていきたいと思いますのでぜひまた読んでください。

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