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パン屋日記 #51 ささやかで強烈なメッセージ


料理を作ることはシェフの「仕事」ですが、
その圧倒的な経験と実力をもって
良い意味で遊んでいるふしがあります。



シェフはお料理に、
ダジャレを隠すことがあります。

「これはね、鶏肉のローストに
 卵を添えたから、おやこ。
 こっちはね、合鴨のローストに
 白葱のジュレだから、カモネギ。
 鴨がネギしょってる。ふふふ。」

シェフは一人で「ふふふ、ふふふ」と、
いつまでも小さく笑っていました。




シェフがお料理を通して伝えるのは、
もちろんダジャレだけではありません。

いつも「はしり」と呼ばれる
出始めの旬食材を使い、

お皿の上で、季節の移ろいを表現します。

シェフの週替わりランチでは、

早々に咲き始めた桜に負けないスピードで 

春キャベツがふくらみ、菜の花が咲き

新玉葱と出会ったタコと桜えびが、

きゃっきゃきゃっきゃと踊り出します。



来週のランチは、
「豚肩ロースカツレツ ミラノ風」

めずらしく、季節感がありません。

「ミラノ風って、どんな味?」

と尋ねると

『来週のはパン粉に、粉チーズと、
 タイムが入っています』

とシェフ。

「タイムってなあに? ハーブ?」

と聞くと

シェフはまた、「ふふふ」の顔で
こう答えました。


『免疫力が上がって、心が癒されるハーブです』


家に帰って、調べてみると

「タイム」には、
うがい薬に使われるほどの
強い抗菌・殺菌作用があり

どん底にいるような気分をやわらげ、
呼吸器系の不調に効くのだそうです。


メッセージが、強烈。


しかしながら

メニュー名に
「タイム」という言葉は入っていないので、

きっと誰にも気づかれることのないまま、

また翌週のランチへと
バトンが渡ってゆくのでしょう。



耳をすませばいつも、
一つひとつのお料理が

聞こえるか聞こえないかくらいの声で
わたしたちに語りかけているのでした。

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