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パン屋日記 #43 福山雅治

本当のパン屋日記は、
起・承・転・結ではありません。

起・承・転・転・転
転に次ぐ転です。

その「転に次ぐ転」の中で

怒ったり、笑ったり

人にやさしく
されたりしているのです。


鬼ヶ島店から電話がかかってきたのは、
火曜日の朝のことでした。

「女子社員が1人失踪しました。
 人が足りないので、誰か来てください」

いってらっしゃい、さようなら。
お昼前にして、早くも坂下先生とお別れです。

「鬼ヶ島店は、どうなってるんでしょうか。
(軍曹)さんといいその女子社員といい、
 いいかげん急ですよね」

とわたしが言うと、

「あの、でも」

パートさんが言いました。

「休前日の時点で、
『アタシ、もう火曜日は来ないかも』って、
 同僚に言い残してたらしいですよ」

十分、急です。

その週の日曜日の朝

鬼ヶ島店から再び、
電話がかかってきました。

そのころにはもう、
ナンバーディスプレイに
「鬼ヶ島店」と表示されるだけで

全員のすばやさが、
10下がるようになっていました。

みんななかなか、電話を取らないのです。

こんどは土曜日の激務で、
パートさんが1人倒れたとのこと。

総務部長のマリアさんが、
あわてて鬼ヶ島店に電話を折り返しています。

「大丈夫ですか!
 今、坂下さんが出動しますから!」


それじゃあ、ガンダムです。


主力の坂下先生が抜けてしまった本店の
今日のスタッフメンバーが発表されました。

社長と、部長と、わたし。

エグゼクティブ率が、高すぎます。

坂下先生のいない日曜日を
なんとか乗り切った夕方

マリア部長が、
鬼ヶ島店にパンやお惣菜を持っていくので
準備するように、と言いました。

今日も売れに売れたという鬼ヶ島店。

商品が無くなり、すっからかんなのだそうです。

どうしてそんなに、売れたのでしょうか?

「あのね、昨日から」

マリア部長が言いました。

「近くのホールで、
 福山雅治のライブがあったみたいで。」

『なるほど、やむをえない』

全員が、口を揃えて言いました。

パートさんが倒れたのも、
商品が足りないのも、やむをえない。

だって、福山雅治だもん。

番重(ばんじゅう)いっぱいの
パンとお惣菜を持って

マリア部長が、鬼ヶ島店のヘルプへと

向かったと思ったら、もう帰ってきました。

がっくり肩を落として、
しょぼしょぼと歩いてきます。

「あのね、手伝おうとしたらね、」

マリア部長は言いました。

「半人前は、要りません!
 できる人をよこしてください!
 って言われたの……」


きっつう。

「もう、美容院に行ってくる!」

部長はそう言って、店を後にしました。


いいですか、
これが本当のパン屋日記です。

いつまでたっても、
「結」が見えないのです。

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