Diversity&Inclusion for Japan⑦〜職場における「男らしさ」の影響とは(前編)
なぜ書くか
Diversity&Inclusion(ダイバーシティ・インクルージョン ※以下D&I)というコンセプトがビジネスの世界において重要になる中、日本に住む約1億人には細心の取り組みやトレンドを学ぶ機会が多くありません。Every Inc.では「HRからパフォーマンスとワクワクを」というビジョンを掲げ、グローバルな取組みやアカデミックな文献からD&Iに関する歴史、取組み、事例など”日本なら”ではなく、”グローバルスタンダード”な情報を提供しています。https://every-co.com/
はじめに
職場での「男らしさ」と言われると皆さんは何を想像しますか?
「仕事第一」、「忍耐」、「長時間労働」、「弱みを見せない」、「感情を表に出さない」
などなど。様々なエッセンスが挙がるかもしれません。
前回、前々回とジェンダー(女性リーダー)について様々な研究や理論をご紹介してまいりました。今回のブログでは逆の「男性らしさ」について書いていこうと思います。
「男らしくあれ」ー Precarious manhoodとは
みなさんは、家族や友人知人、または上司同僚たちから「男の子らしくしなさい」と言われた事ありますよね。男性は幼少の頃から社会的に男らしく振る舞うことを求められると言います。
「男の子なんだから泣くな、強くなれ」
と親に言われ育った人も多いと思います。
Skočajićら(2020)は3歳から5歳の幼稚園児、特に男の子は、ジェンダーに基づいてどのように行動するべきなのかというルールを認識しているだけでなく、それにに従わない男の子を罰しようとする傾向があることが分かっています。
この男性が積極的に男らしく振る舞わなければならないという考えはPrecarious manhood(プレキャリアス・マンフッド)と呼ばれています。
Precarious manhood:女性らしさと比較して、男性らしさは手にすることが難しく、容易に失われる可能性があり、公の場で証明される必要がある(precarious=手に入れることが困難、容易に失われる可能性がある、 manhood=男らしさ)
この考え方では、男は生まれるものではなく作られるものと見なされ、少年から成年男性への移り変わりは生物学的な要因ではなく、社会的な要因に起因するという考えを持っています。
例えば、一定の年齢に達したから男性なのではなく、危険なミッションをこなしたから、スポーツで素晴らしい成果をおさめたから、飲み会で一気飲みをしたから男と認められるといった例です。
そしてこの考え方によると、時に男は攻撃的な手段を使ってでも男らしさを獲得しようとする、守ろうとするという事も明らかになっています。
男性は「男らしさ」を失いたくない
なぜ男性はこのような攻撃的なまたは競争的な手段結果によって、男らしさを証明するのでしょうか。Vandelloら(2008)は実験を通じ、実験参加者は男性らしさは女性らしさに比べ、手に入れることが難しく、社会的証明が必要と考えていることを示しました。
研究者は男性の実験参加者に男性的な(masculine)ステレオタイプに関するトピック(スポーツ、車、家の修理)のテスト、女性実験参加者に女性的な(feminine)ステレオタイプに関するトピック(料理、子育て、ファッション)のテストを受けさせました。
その結果、このジェンダーテストでネガティブなフィードバックを受けたグループの男性は女性に比べ、強い不安、恐れ、恥といった感情を持ったこと、また身体的攻撃に関する思考を持ったことが分かりました。
即ち、男性は自身の男性らしいイメージが脅かされると、強いネガティブな感情を示すことが分かっています。例えば、他人から女々しいと言われると悔しい(見返してやる!)と強く思い、「男らしさ」を得ようとするという事です。
Vandelloらは「本当の男」であるために男性がはいつ失うかも分からないジェンダーステータスを守るために不安と恐怖を経験していると結論付けており、男性は人一倍「男らしさを失いたくないと思っている」という事になります。
このように、不安や恐怖というような強い感情と関連している「男らしさ」の追及は、私たちの社会や職場にどのような影響を与えているのでしょうか?グローバル単位での調査結果、個人への影響、集団への影響、夫々の視点から見てみます。
「男らしさ」とジェンダー平等とWell-being
男らしさは手に入れることが難しく、自ら証明しなければならないというPrecarious manhoodという考え方はさまざまな文化に共通してみられるということが分かっている一方で、その考え方がどれほど強いかは国によって異なります。
Bossonら(2021)は日本を含む62カ国で、国単位の、Precarious manhoodに関する信念のデータ、「男性らしさは女性らしさに比べ失われやすいと信じているかどうか?」というアンケートを取りました。
その結果、Precarious manhood beliefは国レベルでのジェンダー平等と、 human development*と相関関係にあることが明らかになっており、Precarious manhood beliefの国単位でのレベルが高いほど、ジェンダー不平等であり、human developmentの指標が低いことが分かっています。
(*...国連によって定められた、平均寿命、経済成長、教育へのアクセスという観点での国レベルでの human potential とwell-being )
この研究でPrecarious manhood beliefとジェンダー平等や国レベルでのwell-beingに因果関係が証明されたわけではありませんが、Precarious manhood beliefとジェンダー不平等、ネガティブな社会的な影響との相関性が示唆されています。
「男らしさ」が与える、「個人」へのインパクト
Berdahlら(2018)は、職場は男性が特に「男らしさ」を証明しなければならないというプレッシャー感じる場である、と述べ、職場が男らしさを誇示する場(masculinity contest)となっていると主張しています。
例えば、以下の様な職場文化(Masculinity Contest Culture)があると、職場は男らしさを体現する場となるようです。
・Show no weakness :弱みを見せない、女性的な感情は見せない
・Strength and stamina :身体的に強い、スタミナがある(例 休みなしに何時間も働ける)
・Put work first :(家庭、自分の休息より)仕事第一
・dog-eat-dog :超競争力の高い職場、勝者は敗者を搾取、全員がライバル
上記の要素は、私たちの日常に溢れています。そしてこの文化習慣が強いが故にポジティブな結果が生み出されるという事もきっとあるのでしょう。しかし、このような男らしさコンテスト文化は、以下のようなネガティブな影響があると言われています。
・toxic leadership(毒性のあるリーダーシップ)
・心理学的安全の欠如
・仕事パフォーマンスの低下
・社員のwell-being 低下
・burn out(燃え尽き)
・work-life balanceの欠如
・セクシュアルハラスメント
・いじめ
すなわち、社員の精神的・肉体的な健康に悪影響を与えることが明らかになっているのです。
「男らしさ」が与える、「組織」へのインパクト
では組織や集団へのインパクトはどうなのでしょうか?Kocら(2021)によれば、男らしさコンテスト文化のもとでは、
①社員の帰属意識が下がる
(*...Organizational Identification Behaviorと呼ばれる指標が下がる)
②その結果、他の社員や組織全体のための行動が減る
(ex.休んでいる社員の代わりに働く、組織が批判されたとき擁護するなど。)
が分かっています。そしてこの結果は男性と女性実験参加者の両方に見られ、男らしさコンテスト文化が組織全体にネガティブな影響を与えることを示しています。
男らしさコンテスト文化が強すぎたUber
このmasculinity contestと化した組織の例としてBerdahlらはUberを挙げています。2017年2月、Uberのエンジニア、SusanFowlerは自身のブログで社内の深刻な問題について書きました。
・マネージャーによる度重なるセクシュアルハラスメント(そのマネージャーは「トップパフォーマー」であるためHRも対応せず)
・マネージャーはビジネスにおける重要な情報を隠すことで上司や同僚を蹴落とそうとする
New York TimesもUberは「社員同士が激しく競い合い、トップパフォーマーの不正には目をつぶる文化がある」と書いています。様々な不正が明らかになった結果、当時のCEO、Travis Kalanickは辞任する運びとなりました。
男らしさコンテスト文化チェックリスト
経営者やHRは健全な組織文化を作る上で、Masculinity Contest Cultureという面から組織を見てみる必要があるかもしれません。しかし、その文化が与える悪影響は個人に対するもののみならず集団全体に及ぼすという事が明らかになっています。
ですので、以下のチェックリストを使いながら、組織の状態をチェックしてみてください。
□「弱み」や「課題」を共有し合う場はあるか?
□長労働時間を表彰・促進・放置していないか?
□家族、プライベート、休息が犠牲になることを放置・奨励していないか?
□個人に焦点を当て、従業員同士の競争を強制していないか?
女性が伝統的なジェンダーの役割から外れて生きることが頻繁に議論されるように、男性が伝統的なジェンダーの役割から外れて生きることについての議論がもっと進むと、誰もがより生きやすくなるのかもしれません。
参考文献
Berdahl, J. L., Cooper, M., Glick, P., Livingston, R. W., & Williams, J. C. (2018). Work as a masculinity contest. Journal of Social Issues, 74, 422.
Bosson, J. K., Jurek, P., Vandello, J. A., Kosakowska-Berezecka, N., Olech, M., Besta, T., ... & Van Laar, C. (2021). Psychometric properties and correlates of precarious manhood beliefs in 62 nations. Journal of Cross-Cultural Psychology, 52(3), 231-258.
Koc, Y., Gulseren, D., & Lyubykh, Z. (2021). Masculinity contest culture reduces organizational citizenship behaviors through decreased organizational identification. Journal of Experimental Psychology: Applied.
Skočajić, M. M., Radosavljević, J. G., Okičić, M. G., Janković, I. O., & Žeželj, I. L. (2020). Boys just don’t! Gender stereotyping and sanctioning of counter-stereotypical behavior in preschoolers. Sex Roles, 82(3), 163-172.
Vandello, J. A., Bosson, J. K., Cohen, D., Burnaford, R. M., & Weaver, J. R. (2008). Precarious manhood. Journal of personality and social psychology, 95(6), 1325.
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著者紹介:松澤 勝充(Masamitsu Matsuzawa)
神奈川県出身1986年生まれ。青山学院大学卒業後、2009年 (株)トライアンフへ入社。2016年より、最年少執行役員として組織ソリューション本部、広報マーケティンググループ、自社採用責任者を兼務。2018年8月より休職し、Haas School of Business, UC Berkeleyがプログラム提供するBerkeley Hass Global Access ProgramにJoinし2019年5月修了。同年、MIT Online Executive Course “AI: Implications for Business Strategies”修了し、シリコンバレーのIT企業でAIプロジェクトへ従事。2019年12月(株)トライアンフへ帰任し執行役員を務め、2020年4月1日に株式会社Everyを創業。採用や人材育成、評価制度など、企業の人事戦略・制度コンサルティングを行う傍ら、UC Berkeleyの上級教授と共同開発した3カ月プログラムで、「日本の人事が世界に目を向けるきっかけづくり」としてグローバルスタンダードな人事を学ぶHRBP講座を展開している。
(お仕事の依頼はこちらから)
https://www.linkedin.com/in/masamitsu-matsuzawa-funwithhr/
著者紹介:池田 梨帆 (Riho Ikeda)
株式会社EVERY インターン
2021年5月、世界トップクラスの心理学部、University of California, Berkeley(以下UCバークレー)心理学部を卒業。在学中、UCバークレーのビジネススクール、Haas School of Businessのダイバーシティー・ジェンダー研究室で研究助手を務める。心理学を使うことで、人の思考や、グループ内のダイナミズムなど目に見えない要因を可視化し、効果的な問題解決をすることができると考え、特に心理学を使ってビジネスの効率性を上げることに興味がある。2021年8月より、George Mason University大学院で、Industrial Organizational Psychology(産業組織心理学)を学ぶ。
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