安吾とベーコン

 坂口安吾の「堕落論」(1947)を読むと、英国の画家フランシス・ベーコンを連想する。両者とも空襲体験を経ているという点では共通している。しかし「堕落」することによって、「もっとも無邪気に戦争と遊び戯れていた」段階からの脱却を宣言した安吾に対して、ベーコンは戦中のみならず戦後も、戦争と無邪気に遊び戯れ続けたように見える。
 1944年に描かれた三体の怪物、教皇の顔に合成された「オデッサの階段」の泣き顔、鉤十字の腕章をつけた肉塊などは、いずれも戦争という暴力の反復であり、戦争との遊戯とも言えよう。こうした一連の作品を、戦争の悲惨さを伝えるヒューマニスティックなものと捉える向きもあろう。だが作品から伝わる猟奇趣味や、画家自身のナチへの強いこだわりを鑑みると、ベーコンはやはり反ヒューマニズムの画家であり、安吾が提唱するような人間臭い「堕落」とは大きく隔たっているようだ。
 筆者の個人的な総括を述べると、ベーコンのショッキングな作品群は確かに敬服に値する。しかしながら、殺伐とした猟奇趣味はあくまで趣味であるべきで、生き方としては「堕落論」の人間臭いヒューマニズムを支持したい。

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