マガジンのカバー画像

名詞/Noun

296
運営しているクリエイター

2018年9月の記事一覧

『蝉』#255

気づけばミンミンゼミがいなくなって、ツクツクボウシとヒグラシの鳴き声ばかりになった。 やかましさと、死の間際に地面で暴れまわる様子と、7日間の地上活動の刹那さで、夏の季語に使われたり人生観の例えに使われたり、比喩での出番が比較的多い虫で、確実にアメンボよりも会話や文章での登場機会は多い。 いまアメンボを対置したけど登場機会の少ない虫って、そもそも思い出すことさえ難しい。初めのうちに思い出していた虫たちは、それなりに比喩とか慣用句に使われることが多いし、動詞や形容詞でその虫に特

『無限』#254

先日本屋でパラ読みした本で、無限に関するパラドックスがいくつかあった。バッチリ覚えているのはこの2つ。 ひとつは、円の面積に関するもの。私たちは円の面積は「(半径)×(半径)×(円周率)」と教わった。文字式を習ってからは、「πr^2」と表して公式化した。さて、無限を使って、円の面積を求めてみる。円を、ピザを分割するように中心を通る直径方向にどんどんカットしていく。無数の扇型が出来上がっていくうち、扇型の弧の部分は限りなく直線に近づく。すると、非常に細く刻まれた1つの扇型は弧を

『旅』#253

数ある類義語の中では、この「旅」が一番好きかな、と思う。汎用性と自由度が高くて。言葉の。ひとり旅とか深夜バス旅とか徒歩旅とか、とにかく何にでも「旅」って付けられる。旅行、でもそれは可能だけれど一文字ぶん長い。 類義語の観光や旅行より、散歩の方が適当かなとも思う。 名勝地をまわるか、当て所なくなんとなく決めた地を歩くか、それはどっちか極端な話ではなく、観光の合間に旅は表れるし、旅の合間にだって観光は表れる。日光東照宮を観光で訪れていたって、ふと裏山が気になって足を踏み入れてドキ

『ジョッキ』#250

生中ひとつ。 生(ビールの)中(ジョッキ)ひとつ。 なまちゅうひとつ。 私たちは「ジョッキ」と発しないままに意味を伝えている。意味を伝えている、というのは誤りがあるかもしれない。ハイコンテクストなやり取りをしている、というのなら適当か。 言語でのコミュニケーションは、伝達する相手が親しければ親しいほど、コミュニケーションの言葉の量や質(組み立ての正当性かな)が減ったり雑になることが、それは身に覚えもあるわけで、そういう傾向がある。親しい間柄でなくとも、仕事関係で専門性の近い相

『螺旋』#249

ぐるぐるまわるすべり台、というタイトルの小説がある。中村航さんの書いたもので、ある若い男の人が、大学を清々しく退学して、塾の講師をしつつ、バンドメンバーを集めつつ、人と話をしながら聞きながら眼差しを組み立てていく、ような。わたしが書くとこんな感じになる。すごいドラマチックでもないし波乱万丈でもない。日常にいそうな、ほどほどに個性が強い登場人物と、会話をしている。物語のなかで通奏低音のように流れる空気は主人公が大学時代に建築学の講義で聞いた、黄金比の普遍性と、黄金らせんのもつ無

『点字ブロック』#248

唐突に、自分の好みの話から。 電車のホームで流れる案内放送にある「黄色い線の内側」という、表現、レトリックが妙に好きなのだ。いっときツイッターのプロフィール欄の現在地部分に「黄色い線の内側」と書いていたこともある。今思うと、いや、というか、考えるタイミングと心持ちによっては恥ずかしいけど、いいもんはいい。 黄色い線、と言われているのは線というほど細くもなくてそれは点字ブロックで、ぐーっと俯瞰してみればそれは線状にも見えるかもしれないがとにかくそれは40センチくらいの幅がある点

『夕立』#247

橙色に染まるはずの空が、重く暗い空、黒い雲が立ち込める。暑かったはずの空気はどこかひんやりとして、明滅する空はゴロゴロと鳴く。子どもの頃は、雨が強く降るその状態以上に、その前段階のこうした現象が、恐ろしいものの前触れっぽくて怖かった。そして、夕立についてもう一つ、心に残るのはドッカン降った後の夕空の綺麗さと足元の清々しさ。夕立は、ひとしきり降った後でも空が明るい。降ってそのまま晴れても暗くて夜になっている、とはならない。ここがなんかグッとくる。だから夕立は、「やべえ」と思い始

『246』#246

始点はどこか、知らない。ただ、渋谷に至る道、として知る。それは始点であるのか終点であるのかどちらかはわからないけれど、なにか渋谷から進み始めることってないからやっぱり終点と思い続ける。 川崎の宿河原のあたりに住んでいた頃、もはや小学生より前の時期、長野の祖父母の家に帰省をするたび、あるいはどっかのディスカウントストアへ車で買い物に行くたびに、その道の名前を見聞きしていて道の名前であることはわかっていたけれどあの頃には国道か県道かの区分もよく知らないで246番目の道路であるとだ

『ハンドル』#245

人間の身体性を拡張するものの一つ車にバイクに自転車に、ショベルカーにも付く船にも付く、操舵装置。 ネイチャーか何かで、人間が棒を手に持って扱うときに身体感覚を手より先のその棒にも拡張できるって文を見たもので、ふだんなんとなくわかっているような、その感覚に、科学で裏付けがされたようだ。 テニス選手やバドミントン選手のラケット、プロゴルファーのクラブ、スキーヤーやスノーボーダーの板やストックもそうか、スポーツで思いつくところではそのあたり。ラケットやクラブについては、インパクトの

『割符』#243

貿易だけじゃあないんだわ、いまどき割符で認証するなんてそんなんあるわけないやろって思うんだけど、実は案外あるんだよねって思ったのが最近のこと。 朱印船貿易と勘合貿易を社会科の歴史の授業で習った頃、私たちは「割符」を学んだ。もしかしたらHUNTER×HUNTERのアリ編の導入で、ナックルとシュートが持っていたものとして知っている人もいるかもしれない。世代によってあれこれ具体的な事例は違ってくるだろうな、わたしは勘合貿易だった。貿易相手同士で、取引する相手が間違いなく、友好を結ん

『字幕』#242

映画のジュラシック・パークを見た。DVDを借りてパソコンで。率直に、ものすごく興奮してあっという間の2時間だった。迫力と緊張感も。洋画的な、アメリカ的な?小粋なジョークまで面白い。そのなかで、スピルバーグ監督のメッセージというか心境が出てるのかなぁと思うような名ゼリフもあった。 劇中の中盤(時間感覚が無かったので後半かもしれない)、ジュラシックパークのトラブルを受けてなお、オーナーのハモンド博士は計画を進める強い意志を見せる。やめるべきと進言する古生物学者の主人公に対して毅

『体積』#241

ある立体が、あるいはある気体・液体・固体、といったほうが適当か、が空間に占める量のこと。ボリューム。こうして、なんとなくわかっている概念を言葉にしてみると楽しい。子どもにそれをどう説明するか、具体的な事例はいくつか提示すれば体積概念はなんとなしに理解できるけれど、それでも、具体だけを提示して「つまりこういうこと」と言い切ってサヨナラするのは絶対にいけないな、と思うから改めて言葉にしてみる。なぜ、いけないか、って言われるとこれまたうまく言葉にしづらいのだけれど、記号以外の概念は

『西』#240

開いた窓からこんがりと、夕日で焼けた空が、見える。部屋の二つある窓のうち、大きい方は腰高から天井くらいまで高く、両手を広げても届かない幅で、1218サイズなのかと思われる、茶色いアルミサッシ。網入り。 夏場に本当に暑い。エアコンはない。あっても一人じゃつけないタチなので、ただただ汗をかく。昼を過ぎて下がってきた太陽がごんごんと陽光を注いでくる。遮光の白いレースカーテンを常閉しているけれど窓台とサッシが受けて放射する熱は室温を容易に35度以上まで引き上げる。夏場の湿度で60%を

『うちわ』#239

傘とともに、初源的な姿を留めたまま進化とか何かしらのイノベーションとかなく現在でも作られ使われている道具の一つだろう、うちわ。猛烈に暑い日に、冷房や扇風機を付けるのは当然だとしても手元にポンと置いておける、涼を感じるための身近な道具として強大な存在である。私たちは小学生や中学生の頃に、うちわで扇ぐ経験なしに、下敷きやファイルをパタパタやることがあっただろうか、我々人間は、うちわを使う原体験無しに「扇ぐ」ことができるのだろうか、と問いたくもなるぐらい身近であって手馴染みのある道