「回顧、来ぬ」お薦めレビュー お盆休みにピッタリ!とにかく「すごい」強烈な民俗ミステリービジュアルノベル
今回紹介するのはフリーの民俗ミステリービジュアルノベル「回顧、来ぬ」です!……これ、すごいですよ。
お盆休みなどを利用してしっかり時間をとりこの濃厚な物語に浸っていただきたいのです。そして私とネタバレ込みで語りましょう!
・あらすじ
・ゲーム内容
ビジュアルノベルで、物語を読んでいくことがメインの作品となります。いくつか選択肢があったり今までの情報を整理するフェイズがありますが、難易度は極めて低いのでゲーム的に詰まるということは考えられないでしょう。そのため物語の質が重要となりますが、その物語がとても素晴らしいので今回紹介させていただきました。
・3つのおすすめポイント
1:徹底的な言葉へのこだわりから来る文学的な美しさと面白さ
最初に質問です。
「回顧、来ぬ」
このタイトル、何と読みますか?
普通なら「来ぬ」は「こぬ」と読むのですが、この作品では「きぬ」と呼びます。当然これは「蚕」と「絹」にかけた言葉なのですが、この読み方一つでわかるようにとにかく言葉へのこだわりが素晴らしいです。
たとえば、あらすじに書かれている『「回顧」から「意図」を取り出す』という言葉も「蚕」と「糸」にかかっていて、ストーリー上でも重要な意味を持っています。セリフ回しもキャラクターごとに非常に言葉使いや語彙の選び方がそのキャラクターの背景を踏まえて整理されているので癖のある文章でも読みやすくなっています。また、前述したようにゲーム性が非常にシンプルになっているのも、文章を堪能するということを意識されているのだと思います。
ノベル=小説において、ストーリー(どのような出来事が起きて、それがどう展開し、収束していくか)は当然大事ですが、それと同等、もしかしたらそれ以上に文章そのものの面白さや美しさが大事だと考えています。今作は文体や語彙のバリエーションがとにかく豊かで、その豊かさに裏づけられた文章の美しさや面白さに溢れています。ストーリーが動いていない日常描写などもその文章力でどんどん読ませる力を感じながら読んでいました。
「回顧、来ぬ」は長い物語です。私は、ビジュアルノベルは映像やBGMもあるので読むことへの負担が結構高い(もちろん複数の角度から物語を受けられる面白さ、豊かさそのものでもあるのですが)と思うのですが、この作品ではその長さが苦にならずどんどん読んでいけるのは、おそらく作者様の文学的蓄積に裏打ちされた修辞的な文章や美しい表現、読みやすい文体など、文章の「足腰の強さ」があるのでしょう。また、凝った文章表現というのはあまり過剰になると読みづらくなってしまい、少ないと平板で味気ない文章になってしまうということがありますが、この作品は全体を通じてそのバランスが非常によかったのを感じます。私も小説を書くことがあるですが、このように文章自体の強さがある作品を書くことの大変さはわかるので「すごいなぁ」と感心しきりでした。
2:糸のように張り巡らされた伏線によって作られる続きが気になって仕方がないストーリー
今作をyoutubeで配信しながらプレイしたのですが、とにかくやめどころに困る作品でした。このあとの展開が気になって仕方がないのです。
そのような感情を読み手に導くのは前述の文章力ももちろんながら、とにかく丁寧な伏線回収があります。
中盤以降、「え!?あの時のあれが!!??」「あれただのギャグじゃなかったの!?」と、過去のちょっとした展開が突然ストーリー上の重要な意味を持った伏線として立ち上がってくることが増えていき、その度に物語が加速していきます。
もちろんどこがどうとかはネタバレになってしまうので言えないのですが、とにかく当初提示する際のさりげなさと回収の劇的さが見事です。今回記事を書くにあたり読み直しをしているのですが、特に最序盤を読んでいると「うわ、この段階でもうこんなこと書いてあった」「すでにここで違和感を出していたのか」と驚くことがかなりありました。
また、伏線の提示と回収がしっかりしているため物語の展開にしっかりとしたロジックがあります。そのため非常に展開への納得感が高くなっています。物語が飛躍するシーンも少なくない作品ですが、この納得感があることでその飛躍に驚きながら、読み手が「なるほどそういうことか!」と受け入れられるようになっています。
物語を読ませ続けるには「新しい展開」「意外な展開」が有力な手段です。しかし、そこに何の脈絡もなく急に「意外な展開」がただ置かれているだけだと、物語と読み手の距離が広がってしまって、逆に興味の持続が失われてしまう危険性があります。これは書き手は本当に気をつけなければならないことです。
このゲームはその危惧に対し本当に気を使われています。プレイ中、何度も絶句するような驚きがあった(配信中に絶句するのが配信者としてどうなのかというのはおいておいて)のですが、次の瞬間には過去の描写が浮かび、「なるほど、それであの時こうだったのか」と膝を打つ思いでした。まさに蚕の糸のように各場面各場面に張り巡らされた伏線が作り出す、本当に気持ちいい文学的、物語的な感動を与えてくれます。
3:民俗ミステリーとしてのクオリティの高さ、そして…
(ここからの描写は、物語の内容を察させる可能性があります。ネタバレが気になる方はぜひ今からプレイするか、この記事の目次から次の項目をお選びください)
「回顧、来ぬ」は民俗ミステリーノベルを謳う作品です。民俗ミステリーとは、現実、あるいは架空の地域にある因習や土着文化、信仰などとミステリー的な謎解きを融合させた物語ジャンルです。私が思いつくのは横溝正史氏の金田一耕助シリーズや、内田康夫氏の浅見光彦シリーズなどがあります。特に浅見光彦シリーズは好きで、小説もドラマも楽しんでいます。
私が思う民俗ミステリーの魅力とは、今自分が住んでいる場所からちょっと離れたところに、自分の常識や習慣が通用しない「異界」とさえ言えてしまう場所があるかもしれないという緊迫感と、その「異界」の謎が探偵役によって少しずつ解き明かされていくことで「異界」のこと、そしてそこにいる圧倒的な「他者」のことを理解していく知的喜びにあると思っています。この作品はまさにその緊迫感と喜びを味わえますし、その前提には「八種町」「オシラヒメ」「白絹祭」などといった「異界」を作りこんでいることがあるのだと思います。配信中にコメントで「オシラヒメ」の元になっているのではないかという神様の話を教えてもらったりして、そのあたりも研究をされているのだろうと改めて感じました。
また、この作品はミステリーだけではなく、「ホラー」と「青春もの」の要素があると思っています。
民俗ミステリーと民俗ホラーは確実に隣接するジャンルですし、単純に怖いものが出るという意味でもこの作品はホラーと言えます。ただ、その単純な映像的な恐怖というより、驚かせる演出を提示するタイミングが「食い気味」になっていたり、より効果的に恐怖を与える情報の出し方の順番を工夫していたりと、文章をプレイヤーが読み進めるノベルゲームでありながら「間」や「順番」を大切にしてこちらの恐怖や驚きをコントロールしている、そのこだわりが非常にホラー作品的だと感じます。
そして、私が非常に感銘を受けたのはこの作品が「青春もの」としてもクオリティが高いところです。主な登場人物は若者が占めていて、彼らのやり取りを見ているだけでも非常にフレッシュさがあって自分の若い頃の夏休みを懐かしみながら楽しむことができます。また、この物語の中で起きる大きな出来事を通じて、登場人物が変化・成長していく姿が丁寧に描かれています。
それにより後半は登場人物の姿を見て「ああ、成長したんだねぇ」としみじみと感慨にふけることができます。そのような成長物語的な側面は場合によってはミステリーやホラーと相反してしまうことも十分ありうるのですが、ミステリーやホラーの要素を邪魔することなくむしろ物語全体の推進力になっているところが本当に作者様の作家としての腕を感じますし、あのエンディングの感動に繋がっていると思います。
・こんな人にお薦め!
・おわりに
正直、どこを語ってもネタバレになる作品なので本当に言えないことがいっぱいなんです。できる限り知っていることが少ない状態でプレイしていただきたいので、書けていないことがいっぱいあります!ただ、とにかく圧倒される作品ですので、ぜひお時間をとってプレイしてみてください。今回は書けませんでしたが、BGMやSEの使い方も効果的でとてもいい感じです。
本当はネタバレ込みで「あそこよかったねぇ」「ここもよかったねぇ」とか語り合う場が欲しい…。ちなみに私の推しキャラは紀伊マリガンと黒田です。ストーリーも語りたいことがいっぱいです。賢治郎のあれとか、いつきがなんでああなったかとか………そしてエンディングの美しさとか……これ以上はぜひプレイして確かめてください!!
・おまけ
私が「回顧、来ぬ」をプレイした再生リストを置いておきますが、まずプレイしていただきたいです!もしそのあと他の方のプレイの様子が見たいとなれば私の実況を見ていただければ幸いです。
・追記
なんと!この度「回顧、来ぬ」の作者様であるらいてうファミリー様からファンアートをいただきました…!自分がこの物語の登場人物になったようで本当に嬉しいです!ありがとうございます。
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