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30代以上が教養をアップデートするための本たち

「最近の若者は」なんて言葉が口をつく日がこんな早く来るとは思わなかったが、最近の情報技術の発展はすさまじい。
それに伴い教育も変わっていて、「最近の若者」の教養はしっかりとアップデートされている。英語教育の早期化は言わずもがな、情報が高校で必修になり、中学で統計を学んでいるのが現代だ。

高校を卒業して10年も経てば、どうしたって教わったことをアップデートする必要が出てくる。
かといって新聞を読んでいればそれで十分なんて時代でもないので、実際に役に立った本を並べてみた。ジャンルはそれぞれ、

① スポーツ・運動
② IT・情報
③ 英語
④ ジェンダー
⑤ 生命科学

①にスポーツ・運動が来るのは意外かもしれない。しかし、近年のスポーツ科学の進展は著しい。そもそも運動による健康促進が明確に発話されたのが50年ほど前であり、関連論文はここ10年で飛躍的に増加している。怪しい健康法が跋扈しがちなのも、研究が大いに進んでいる最中で、ところどころにスキマが残っていることの裏返し。

紹介する本は複数のこともあるので、難易度に★をつけてみた。
(★:特に予備知識なしで(義務教育(中学)))
★★:高校までの必須科目受講があれば気楽に行ける
★★★:高校までの基礎知識・教養前提で頑張れば行ける
★★★★:大学学部レベルの素養
(★★★★★:大学院レベルもしくは実務経験のある人向け)

アップデートが目的なので、★★★と★★★★が中心。(結果的に★★★★★は今回挙げなかった)

自分はどうなんだというと、平均年齢のかなり低い職場で働いているからかITという若い産業に身を置いているからか、アップデートを迫られることは結構ある。普段は自分自身で直接プログラムを書いたり営業する立場にはない(たまにフォーマットを作るのにやったりはする)のだけれど、その根幹を知っておくに越したことはない。

対外的にも対内的にも少人数から大人数まで話す機会が多いし、新しい業務提携先や投資先の話を持ち込まれたときに判断できませんでは済まされない。突然MTGにぶち込まれて初対面のロンドンっ子たちとCOVIDの流行状況でアイスブレイクをかましたりもしなければいけない。

いつか置いて行かれるのかと戦々恐々生きてきたところ、意外とその実感はまだない。直接的にはCURRIER, Nature, Wired, Speedaなどに数多あるネット記事を通じてある程度まとまった最新の情報に触れているから。というのもあるけれど、そもそもそれらのネット記事を読みこなす基礎がまだ残ってからだろうなとぼんやり思う。基礎はまとまった記述を読みこなすこと、つまり読書で培われた。

普段から常識のアップデートを意識しているわけではなく、本を読むことは単なる趣味ではある。けれども今後も置いて行かれたくはないので、結果的に役立ったなと思う本を並べて、これからも同じような本を意識して選ぶようにしていきたい。

いまさらだが、アップデートとは単に知識を追加するのではなく、知識の体系や思考の枠組み自体に修正を加えることと定義している。
その都合、かなり体力を使うラインナップとなってしまった。


① スポーツ・運動

★★『身体運動・健康科学ベーシック』2022/3/19

東大の教養学部で使われるテキストで、以前の『教養としての身体運動・健康科学』が2022年に改訂された最新版。

スポーツの発展から入り、筋肉の動く仕組み、栄養、心理、トレーニング方法、怪我の処置まで一気通貫で書いてあるので入りにおすすめ。根拠のデータや文献、その発行年も記載があるので納得もしやすい。
読み方に目を向けると、特に序盤はうんちくが豊富で楽しく読める。後半になるにつれ細かい用語が気になる人は調べる必要が出てくるかもしれない。その分知識は深まるし、飛ばしてしまって概要をつかむ読み方でも本質は損なわれない。

ネットに散らばっている知識がしっかりとまとめられていて、今読むのに適している。

身体の仕組み、スポーツ栄養学、心理学、バイオメカニクスなどの理論や、生活習慣病や熱中症などを予防するための健康と運動の関係、そして筋力や持久力を高めるトレーニング法など、基礎から実践までをていねいに解説した東大発入門テキスト。

書籍紹介より


★★★『アスレティックパフォーマンス向上のための トレーニングとリカバリーの科学的基礎』2021/11/20

『身体運動・健康科学ベーシック』のトレーニングとリカバリーを深堀りした本。丁寧に記載してあるので読みこなすうえでの知識としては★★くらいに感じるけれど、実際にトレーニングしている人が実感を持って読まないと突き放されそうということで一個上げてみた。

スポーツ競技をしている方はそれぞれのスポーツごとに特化したトレーニング本が出てはいる。本書はそれらに共通する基礎として、またデータに基づいた最新業績の動向をしっかりと掴むために利用できる。

豊富な図を用いた具体的な例示もあり、それぞれにエビデンスもついているので、専門書や論文と一般知識や実践の橋渡しをする存在。本のサイズが大きく読みやすいのも高ポイント。

栄養方面では『スポーツ栄養学: 科学の基礎から「なぜ?」にこたえる』(寺田新/東京大学出版社/2017)がおすすめ。これも★★★くらい。
最新の理論が知りたい場合は、同著者の最新書『スポーツ栄養学最新理論〈2020年版〉』(寺田新/市村出版/2020)の方がいいかもしれない。こちらは僕は読めていない。

② IT・情報

★★★★『情報 第2版: 東京大学教養学部テキスト』 2017/3/20

またもや東大の教養学部テキスト。少し理論寄りで難しい箇所もあるので★を四つ付けた。そもそもスマホを使いこなしWiFiやルーターの設定で日々イライラしている我々にとって既存技術の表面は馴染みがあるはずなので、このくらいがアップデートにはちょうどいい。わからないことは調べればいくらでも出てくる時代だし、気が乗らなければさらっと飛ばしつつ進めばいい。ある程度の信頼をまとった情報が、まとまった形で提示されることに本の意義がある。

この本のいい点をもう一つ挙げると「より進んだ学習のための文献ガイド」と題して章ごとにもう一歩詳しく学ぶための本が提示されていることで、気になったジャンルの学びを深めるための索引集としても優秀だ。実際に挙げられている本のタイトルを眺めると、各章3~10冊くらい紹介されるうち1つくらいは読んだことのあるもので、なんだか自分の選書眼が肯定されたような気持ちにもなれる。大きな改定があるたびに買いなおしていきたい一冊だ。

とはいえ自分が大学生の時だったらこれを買わされても「もっと実践的なものがいいな」となっていた気もする。そういう意味で、社会人向けにちょうどいい本だ。逆説的に。
ちなみに実用寄りという意味ではほぼ同じ立ち位置の『Pythonによるプログラミング入門 東京大学教養学部テキスト』(森畑明昌/東京大学出版会/2019)がよさそう。

情報について、教養のアップデートという目的ではこれ以外にいいものはまだ見つかっていない。ハードルが一つ低いものとしては、今年度から教育課程が変わる高校のテキストが適していそうだけれどいかんせん一般人には買えない。身近に高校生がいる方がうらやましい。

※ITパスポート、基本情報技術者、応用情報技術者といった資格を勉強するのでもカバーできる気はするけれど、ビジネスで今使われている言葉が多く、陳腐化がはやそうで一般には向かない印象がある。
ITパスポートと応用情報技術者試験については過去問と回答が公表されているので何年かに一回眺めてみると面白いかも。どれも6割で合格なので、解いてみて合格できたかチェックするのもまた一興(現実的に記述問題以外のほとんどは4択なので、半分正解が分かればほぼ受かるはず)。どちらも受けたことはないが、過去問を見るとITパスポートは8割、応用技術者試験の半分くらいは素の状態でわかる程度。
応用技術者試験はTOEIC700点と同じくらいの難易度らしいので、そのくらいのレベルを保っておけば何かと便利かもしれない。
イメージを膨らませるとTOEIC700点はだいたいTOEFL60点(どちらも試験用の勉強は特にしない素の状態なら)くらいで、MBA受験はじめの土台としてそれほど悪くはないくらいだと思う。英語という同ジャンルですら横比較は難しいので、あくまで目安。

★★★★『統計学入門 (基礎統計学Ⅰ) 』 1991/7/9

これだけ続くと飽きてくるが、これも東大のテキスト。アップデートというか、統計についてある程度の知識があるが、まだ本格的な基礎は学んでいないという方へ向けた標準的な教科書だ。最新の情報なども特にないレベルの基礎なので改訂版なども特になく、僕が大学にいた頃もちょうど同じものを使った。

レベルとしては、高校数学がある程度できて頑張れば完璧でなくても要所はちゃんとつかめるであろう、という程度。

統計について一切触れる機会がなかった、という方には少し入りにくいので、以下のような動画を見た後に↑を読むとまだ入りやすいかもしれない。こんな動画がたくさんある今はとてもいい時代。
数学が全くダメ、という方もYoutubeなど動画コンテンツの併用をおすすめしたい。特に、高校の教育課程に偏微分が含まれていなかった方は軽く押さえておくとよい。
(ヨビノリさんのチャンネルでは偏微分を取り扱った回もある。そちらは見ていないけれどきっといいはず)


③ 英語


★★★★ “Science Research Writing For Non-native Speakers Of English” 2009/12/18

義務教育ですべての人が通った英語を学びなおす理由は、使う必要が出てきたからということ。なので、基礎はある程度できる前提で実際に使えるようになるための本を選んでみた。

著者は英語ネイティブであり、すべて英語で書いてある英語を使うための本だ。なので対象レベルとしては英文は読みこなせた上で、ある程度書いても来た人となる。 CEFRで言えばB1以上が対象になるはず。

科学論文のためのとなっているがビジネス文にもそっくり当てはまるし、実際に書く機会に乏しくとも、書く側の論理を知ることによって読む・訳すもスムーズかつ自然になるのでおすすめ。

★★『理科系のための英作文法-文章をなめらかにつなぐ四つの法則』1994/11/1

一つ目は英語で書かれた英語の本であり少しハードルが高い。まだ慣れていない方は日本語で書かれているこちらを。なお、どちらも特に新しい本というわけではない。
英語をどう書くかに迫られた際の参考になるという意味で、深堀方向のアップデートだ。本書は理科系の英作文と題されているが、英語の論理についての解説としても読めるので、ビジネス文書などお堅めの文を正確に読み解く目的にも適している。

やはり、ある程度は作文を書く方の論理を知っていた方が、読むほうもはかどる。

④ ジェンダー

★『女性学・男性学』2019/4/15

ジェンダーという、未だ単語の意味や使用法もブレが大きいジャンルにおける現時点での標準的な教科書だと感じる。
身近な例から発した広範な話題を出来るだけ中立に、データもはさみつつ解説してくれる。

特にフェミニズムは今現実に起きている運動であり実際的な利害関係の渦中にある人が多数いる都合、主張と知識が分けがたく混ざり合ってしまっている場合が多い。なのでしばしば取り扱いや解釈に迷ってしまうところ、本書はかなりバランスが取れていると思う。

2003年の初版から2019年の第3版にかけて内容が更新されている箇所が垣間見えるのもよい。一方で、漫画部分はかなり古びている。おそらくフォーマット上更新しにくいので初版のままなのだろう。

逆手にとって、本文と漫画を見比べることで2003年から2019年の変化を見て取る楽しみ方もできたりする。

社会学分野において入門本を選ぶのはなかなか難しくて、何度か大型書店や図書館で表紙を眺め気ままに手に取りページをめくった。Amazonのジャングルもなかなか時間をかけて渉猟した。その結果見つけたのが、これと『はじめてのジェンダー論』(加藤秀一/有斐閣ストゥディア/2017年)。後者は前書きにもある通り、広さとバランスは捨てて特定のトピックを深堀する方に振っているので、副読に向いている。

★★★★『ジェンダーと歴史学』2022/5/12

原著は1988年で、日本語訳は1992年、増補版が2004年、文庫版が2022年に出ている。ジェンダーに関する古典ではあるが、2022年版では序章と最終章を中心に修正加筆が加えられていている。結果、定評のあるジェンダーの考えを摂取しつつ、ジェンダーという言葉の方向性を決めた当時の空気を感じられ、最新の動向についても想像することのできる本となっている。

未だに言葉の意味すら流動的でありつつも、フェムテックの市場規模が5兆円の規模を睨む今、ジェンダーの考え方の変移に身を投じておくことはきっと大きな違いとして武器になるはず。

著者自体がフーコーやデリダに傾倒しているため語りも似ていて、そこらへんに馴染みがない場合はかなり読みにくいと感じるかもしれない。

同じ系統の言葉で書かれている古典としては『ジェンダー・トラブル―フェミニズムとアイデンティティの攪乱』もおすすめ。本書を読んだ人であれば比較的楽に読みこなせる。

どちらも原著は重すぎ感は否めないので、ジェンダー関連の古典論文の紹介集として世界思想社の【社会学ベーシックス】シリーズも推しておく。

このシリーズでは古典的な論文の内容紹介、著者の紹介、受容のされ方という3つの視点で、各著作が10ページ程度で紹介されていく。はじめから読めば学問界の地図を俯瞰で感じ取れるし、気になったものを原書で読む読書案内としても使える。

スコット『ジェンダーと歴史学』は『5 近代家族とジェンダー』に、バトラー『ジェンダー・トラブル』は『8 身体・セクシュアリティ・スポーツ』に収められている。

ここでもスポーツがでてきた。

⑤ 生命科学


★★『理系総合のための生命科学 第5版〜分子・細胞・個体から知る“生命"のしくみ』2020/2/23

はい、もうお分かりですね。またも東大教養課程のテキスト。意外と高校生の振り返りが多いので、気軽に復習がてら読める。
逆に、高校で生物を取っておらず、他に特段生物周りに触れてこなかった方にとってはもう少しハードルは高いかもしれない。前提知識がなくてもネットで調べながら読める範囲内ではあると思う。

★★★『Essential細胞生物学(原書第5版)』2021/7/13

生命科学の標準的な大学のテキスト。記載は網羅的で、高校レベルの生物の知識があれば頑張れば読みこなせるレベルだけれど、いかんせん分厚く情報量が多い。読みこなせば生命科学についていっぱしに語れること請け合い。

例によって原著ともども適宜アップデートされているので、買いなおしていきたい一品。なお、これの詳細として『The Cell 細胞の分子生物学 第6版』があるが専門の徒でない限りやりすぎ感は否めない。★★★★★にあたるだろうか。図書館でパラパラ読んでみたが、六法全書や会計監査六法など専門家の用いる本よりもデカい圧倒的物質感は、本好きにとってはたまらないので興味がある方はどうぞ。

★★★★『免疫・感染生物学 (現代生物科学入門 第5巻)』2011/3/30

各項目の詳細が気になる場合は岩波の【現代生物科学入門】シリーズがいい。1,2巻は基礎なので飛ばしてもよく、コロナ関連で気になる方は上述を、ビジネス関連で気になる方は『合成生物学』あたりがいいのでは。

ここまでくると専門書の域に入ってくる気もする。あまり数も出ない都合改訂も間があいてくるので、必ずしも最新と言えるかはわからない。もう少し柔らかめの本の方が新しい情報が含まれていてよかったりするかも。

終わりに


なんだか教科書じみたものが多くなってしまったが、大学機関が発行する本が適しているのはアップデートという目的に照らして仕方ないのかもしれない。直接的にしろ間接的にしろ国税が投入されているのだからちょっとチートな存在でもあるし。

既にある程度知っている専門外の知識を効率よくアップデートするための本、というのは結構見つけるのが難しかったりする。

あるジャンルをはじめから学ぶのであれば、歴史から入っていくのが定番だ。興味を引き立てられるし、繋がりで理解できるので理解が容易い。
しかし、歴史的な語りは包括的に記載されるために、アップデートされるべき現代の項目に割かれる紙面自体が少ないし、目的が異なるので更新の頻度も低めで肝心の項目の情報が古くなっていたりする。

かといって最新の状況を伝えるビジネス本は細分化されている上に陳腐化がはやく、せっかく読んでもそのジャンル自体流行りませんでした、という悲しい事態も起きがち。この目的にはネット記事なんかが適している。例えばWeb 3.0はホットワードだけれど、今時点で大多数の人が押さえておくべきは分散化の仕組みくらいではないだろうか。


日常的に本を読んでいる中で、自分自身が本にたどり着くルートは参考文献経由が多いのだけれど、教科書然としたものは基礎すぎてそうした引用には引っかからないことが多い。

じゃあどうやってこれらの本に行きついたかというと、noteやTwitterが大きな助けになっている。

はじめて書籍名を知るのはAmazonのレコメンドや書店だったり色々ある。じゃあそのまま書店で実際に漁って読んで決められればいいのだけれど、毎回大型書店に足を運ぶ機会があるわけでもないし、書棚になかったり見つけられなかったりもする。それに、自分の目利きが本当に信頼できるかも不安だ。
確証を得るためには、読者の生の声を知るためにnoteやTwitterで書籍名を検索するのが一番。Amazonのレビューと違って、他の投稿を見ればなんとなく人となりも分かり、信頼できる口コミかどうか判断が付きやすいためとっても助かっている。

ということで、このnoteもそうやって検索された先の一つの判断材料になれば幸いだ。

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