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「隠れた運動量」考―奥が深い古典電磁気学―

はじめに

互いに全く無関係な静電場と静磁場を組み合わせてできるポインティングベクトルは、電磁場のエネルギーの流れを表すか?という疑問は、古典電磁気学における神学論争的な問題である。電気回路の周囲に生じる静的な電場と磁場の場合、そのポインティングベクトルが、エネルギーの供給地である電源から消費地である抵抗に向かう電磁場のエネルギーの流れを確かに表していることについては、以下の記事で解説した通りである。

回路の場合は、周囲に形成される電場と磁場は、導線中を流れる荷電粒子の運動という共通の要因から生じるものであるが、では、本当に互いに無関係な要因で生じている電場と磁場を組み合わせたらどうなるか?この問題に一石を投じるのが、ここで解説する「隠れた運動量」である。

静電場中にループ電流を置くとどうなるか?

下図のように、静的なループ電流が外部の静電場中に置かれている状況を考える。ループ電流の回路の形状や静電場の向きは任意であるが、話を簡単にするために、図のように、円形のループ電流に斜めに電場が掛かるものとする。ループ電流自体は電気的に中性であるため、電場から力を受けることはなく、電場があっても動かないはずである。ところが、ループ電流の周囲に形成される電磁場の運動量を積分するとゼロにならないことが示される。系全体が動かないためには、電磁場の正味の運動量は、ループ電流を形成する物質の方の運動量で相殺される必要があるが、それは、以下に見るように技巧的とさえ言える巧妙な仕組みである。

図1

電磁場の運動量の計算

外部の静電場$${\bold E}$$中に空間的に局在した定常電流が存在するとき、周囲の電磁場の運動量は、

$${\displaystyle \bold{P_{em}}=\iiint\varepsilon_0\bold{E}\times\bold{B}dV=-\frac{1}{c^2}\bold{m}\times\bold{E} }$$・・・(式1)

で表されることが知られている($${\bold m}$$は電流の磁気モーメント)。電流の分布の仕方に依らずこの表式に書けるところに意外性がある。この表式の証明は有名な問題のようで、グリフィス「電磁気学II」では演習問題にもなっている(p.27, 問題8.20)。下記遠藤(2012)に証明あり。

遠藤雅守, 2012. 古典電磁気学における磁気双極子モデルと「隠れた運動量」に関する一考察. Proceedings of the School of Science of Tokai University, 47: 49--66.

荷電粒子の運動量の計算

次に、ループ電流を形成する荷電粒子の運動量を計算しよう。図1のように、$${\bold{E}}$$外部電場に影響されず、定常電流$${I}$$が流れているとする。ループ電流の形は半径$${R}$$の円で、円上にxy平面をとる。電場のy成分$${E_y}$$がゼロ、x成分が負$${E_x<0}$$となるようにx方向をとる。導線中には、正と負の荷電粒子が同数存在し、互いに逆方向に流れているものとする。極座標の角$${\phi}$$を図のようにx軸からとる。正・負荷電粒子の電荷を$${\pm Q}$$, 質量を$${M}$$(正・負同じ), 単位長さ当たりの数密度を$${n_\pm}$$, 速度の大きさを$${v_\pm}$$で表すことにする。荷電粒子は、外部電場 $${E_x < 0}$$ の元で、

  • 正電荷:$${\phi\approx\pi/2}$$で加速 ⇒ $${\phi=\pi}$$で最大速度 ⇒ $${\phi\approx -\pi/2}$$で減速 ⇒ $${\phi=0}$$で最小速度

  • 負電荷:$${\phi\approx\pi/2}$$で加速 ⇒ $${\phi=0}$$で最大速度 ⇒ $${\phi\approx -\pi/2}$$で減速 ⇒ $${\phi=\pi}$$で最小速度

のように、速度を変えながら運動することになる。しかし、電流$${I}$$は一定なので、導線上の任意の位置で、

$${\displaystyle n_+v_+Q=n_-v_-Q=\frac{I}{2}}$$・・・(式2)

が成り立つ。以下で、正電荷と負電荷で全く同様に式展開できるため、正電荷のみ考える。

さて、荷電粒子の運動量の総和を求めるためには、電流に沿った変位ベクトル $${d\bold{s}}$$ にそった微小運動量を積分する必要がある。非相対論的力学で考えると、微小運動量は、

$${\displaystyle d\bold{p}=Mn_+v_+d\bold{s}=\frac{MI}{2Q}d\bold{s}}$$・・・(式3)

となるが、$${MI/2Q}$$は導線上の位置に依らず定数のため、回路に沿って積分するとゼロになってしまう。上記電磁場の運動量と相殺するには、以下のように、相対論的力学で考える必要がある。相対論を考慮すると、式3は、

$${\displaystyle d\bold{p} = \gamma_+ Mn_+v_+d\bold{s} = \frac{MI}{2Q}\gamma_+d\bold{s}}$$・・・(式4)

のように、ローレンツ因子$${\gamma_+=1/\sqrt{1-(v_+/c)^2}}$$が掛かる。上述の通り、荷電粒子の速度は導線上の位置に依って異なるため、$${\gamma_+}$$の値も位置に依存する。それを考慮して積分する必要がある。

そのために、$${\gamma_+}$$を電流上の位置の関数で表すことにする。荷電粒子は、x方向に電場から力を受け、仕事をすることになる。粒子の相対論的エネルギーは、

$${K_+= \gamma_+Mc^2 }$$・・・(式5)

で与えられ、その変化は電場による仕事に等しいため、

$${\Delta K_+ \equiv Mc^2\Delta \gamma_+ = QE_x\Delta x}$$・・・(式6)

となる。従って、

$${ \displaystyle \gamma_+=\gamma_0 + \frac{QE_x}{Mc^2}x }$$・・・(式7)

を得る。$${E_x<0}$$のため、-x方向ほど$${\gamma_+}$$の値は大きい。定数項$${\gamma_0}$$は以下の積分に寄与しないので落とす。

式7を用いて、荷電粒子の運動量

$${\displaystyle \bold P_+=\oint d\bold p = \frac{MI}{2Q}\oint\gamma_+ d\bold p}$$・・・(式8)

を求めよう。ここで、この積分のx成分は明らかにゼロであり、z成分は、負電荷の方の寄与と相殺するので、計算すべきは、y成分のみである。

$${\displaystyle P^+_y = \frac{MI}{2Q}\int^\pi_{-\pi}\gamma_+ R\cos\phi d\phi \\ \,\\ \quad \ \ \ = \frac{MI}{2Q}\int^\pi_{-\pi}\left(\frac{QE_x}{Mc^2}R\cos\phi\right)R\cos\phi d\phi \\ \,\\ \quad\ \ \ = \frac{IR^2 E_x}{2c^2}}$$・・・(式9)

負電荷に対しても全く同様に計算すると、式9と同じ結果になるため、正負の寄与を合わせて、

$${P_y=P^+_y+P^-_y= \dfrac{IR^2 E_x}{c^2}}$$・・・(式10)

を得る。$${E_x < 0}$$ なので、-y方向に正味の運動量が残ることになる。$${I\pi R^2}$$ はループ電流の磁気モーメント$${\bold m}$$の大きさであり、$${\bold m\,}$$は+z方向を向く。従って、荷電粒子の運動量は、

$${\bold{P_{current}}=\dfrac{1}{c^2}\bold m \times \bold E }$$・・・(式11)

式1の電磁場の運動量と見事に相殺する!

$${\bold{P_{current}}+\bold{P_{em}}=0}$$・・・(式12)

「隠れた運動量」

上記式11で与えられる荷電粒子の運動量を「隠れた運動量(hidden momentum)」と呼ぶらしい。この量は、ループ電流を形成する荷電粒子の運動量において、相対論的力学による計算値から非相対論的力学による計算値(この例では正味ゼロ)を差し引いた差分である。その「差分」が、ループ電流周囲に形成される電磁場の運動量と正確に相殺するのである。

上記図1で見ると、電磁場の運動量$${\bold{P_{em}}}$$は、+y方向を向く。これは、ループ電流の-y側で減速した荷電粒子の運動エネルギーが、周辺の電磁場を通じて+y方向に伝達され、ループ電流の+y側における荷電粒子の加速で消費される、と解釈可能だろう。

では、隠れた運動量$${\bold{P_{current}}}$$の方はどうか?上記図1で見ると、+y側で加速した荷電粒子は、正電荷/負電荷のいずれの場合も-y方向に最大速度で運動するので、それに起因して$${\bold{P_{current}}}$$も-y方向を向くことになる。しかし、繰り返すが、$${\bold{P_{current}}}$$は、相対論的に計算した荷電粒子の運動量の単純な合計ではなく、あくまで、非相対論的な計算値からの差分であり、これが$${\bold{P_{em}}}$$と相殺するのである。計算すると確かにそうなるのだが、この辺の物理的意味を理解するのはもはや困難であろう(自分にはムリ)。古典電磁気学では、このように、理論体系を築いた人々は明らかに見落としていたと思われる概念であっても、後付けの理論で矛盾なく説明される例がよくある。この辺の手品のような機構に、古典電磁気学の奥深さがある。

隠れた運動量の問題から得られる教訓は、

  • 互いに無関係な静電場と静磁場を組み合わせてできる電磁場のポインティングベクトルには、確かに物理的な意味がある

  • 電磁場の起源としての荷電粒子の運動は、一貫して相対論的力学で考えないと、電磁場と整合しない結果になり得る

ということであろう。

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