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小説

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2022年11月の記事一覧

時に雨は降る 4

 「ただいまぁー」
 玄関のドアを開け、自宅へと帰ってきたことを告げるが返事は無かった。
 家の中には誰もいないのだからそれはそうだろう。
 錬樹は靴を脱ぎ、家の中に入っていった。

 一年程前までいた二人の同居人は今はそれぞれここではない自分の家がある。
 紫電雷斗(しでん らいと)は自宅である紫電の屋敷に戻った。
 紅静葵(くせ あおい)は一人暮らしを始めていた。
 錬樹にとっては直接の部下と

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時に雨は降る 3

 「え?」
 沈黙を経て、暁斗はもう一度呆けた声を出した。
 「目標の人は見つけたけど、逃がしちゃった」
 錬樹は悪びれた様子もなく、もう一度律儀にそう口にした。
 今度は流石に錬樹のことあの意味を受け止め、暁斗は苦い顔をした。
 「それ、大丈夫なの……?」
 『能犯』と暁高校生徒会執行部は確かな繋がりがあるわけで、その『能犯』からの依頼を反故にして大丈夫なわけがない。
 錬樹がそれを当然わかった

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時に雨は降る 2

 「今大丈夫かい?」
 扉越しに聞こえたのは男子生徒の声。
 それはそうだろう、今日生徒会メンバーの中で登校してきているのは錬樹ともう一人だけなのだから。
 錬樹が記入中の書類を片手に特に考えることもなく「どうぞ」と言えば、扉が開かれた。
 「ごめんね、錬樹君。書類の此処のことなんだけど――」
 身長の決して高くない錬樹と並んでもわずかに小さく見える少年――波林暁斗(なみばやしあきと)は書類の一個

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時に雨は降る 1

時雨
しぐれ【時-雨】
秋の末から冬の初めにかけて、ぱらぱらと通り雨のように降る雨。
出典:デジタル大辞泉(小学館)

 「ま、待ってくれ……!」
 夜の闇の中にあっても一層暗い、どこの街にもある様な路地裏の暗がり。
 男の手には銃が握られており、周囲には複数の薬莢。
 この国においては異様ともいえる光景であったが、その男から発せられたのはなんとも情けの無い声だった。
 男は必死だった。
 正しく

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弦が切れた

 それは何気ない日常の一幕であった。
 俺はいつも通り、バンドの連中といつものスタジオで練習をしていた。
 ライブが今週末に迫っていることもあり、いつもよりは緊張感のあるスタジオ内。
 真剣な表情のメンバー。
 盛り上がる曲。
 サビを越えて、ギターソロのフレーズに入ろうとした時だった。
 ブッと鈍いノイズがアンプから吐き出された。
 無視して次の音へと進もうとしたがそこで違和感を覚えた。
 無い

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