時に雨は降る 2

 「今大丈夫かい?」
 扉越しに聞こえたのは男子生徒の声。
 それはそうだろう、今日生徒会メンバーの中で登校してきているのは錬樹ともう一人だけなのだから。
 錬樹が記入中の書類を片手に特に考えることもなく「どうぞ」と言えば、扉が開かれた。
 「ごめんね、錬樹君。書類の此処のことなんだけど――」
 身長の決して高くない錬樹と並んでもわずかに小さく見える少年――波林暁斗(なみばやしあきと)は書類の一個所を指差した。
 錬樹は自身の目の前の書類から目を離し、暁斗の手に持った書類に目を通す。
 「あー、これね。ややこしんだけどさ――」
 特に思考する時間もなくテキパキと指示を出す。
 暁斗も特に口を挟まずに錬樹の指示を聞く。
 
 本日は休日で、当然暁高校も休みだったわけだが錬樹は普段ほったらかしがちな生徒会の雑務処理のために登校していた。
 前々から今日そういう作業をすると決めていたわけでもなく、前日の夜に思い立った錬樹が急に決めたことだった為、錬樹以外の生徒会メンバーのほとんどは他の用事で来られなかった。
 錬樹としてはそれを気にするわけもなく、そうなのであれば一人でダラダラと仕事をこなすつもりであった。
 そんな中で暁斗だけは都合がついたらしく、こうして律儀に登校してくれて、雑務処理を手伝ってくれていた。
 
 「――って感じでお願い」
 「わかった。そういう風に処理するね」
 錬樹が説明を終えると暁斗は素直に頷いた。
 「あ、それと暁斗君」
 さっそく作業に戻ろうと部屋を後にする暁斗を錬樹が呼び止めた。
 「なに?」
 振り返った暁斗に錬樹はニヤリと口角を上げた。
 「休憩でもしない? 流石に作業に飽きてきた」
 「……錬樹君にも飽きたりすることがあるんだね」
 「あるよ、そりゃあ」
 ため息を吐いて椅子にもたれ掛かる錬樹を暁斗は不思議そうに見ていた。
 「だって、つまらないんだもの」
 「あー……。なるほど」
 「だから休憩、休憩。コーヒーでも飲もうよ。インスタントだけど」
 「それは別になんでもいいよ」
 半ば強引に暁斗を休憩に誘い、錬樹は休憩を始める。
 もたれ掛かっていた椅子から立ち上がり、棚からインスタントコーヒーの入った瓶を取り出す。
 「暁斗君は……ブラックでいいよね?」
 同意を得る前に砂糖とミルクを取り出すことなく戸棚を閉めた。
 「……じゃあ、ケトルに水入れて来るね」
 時雨錬樹に問答をしたところで無駄だということはよく知っている。
 暁斗は諦めて部屋に置かれた電気ケトルのポットを取って部屋を後にした。

 インスタントとはいえ、錬樹が個人で購入して生徒会室に持ち込んだそれなりに良いもので、お湯を注ぐとすぐに生徒会長室にコーヒーの香りが漂った。
 その香りを少し楽しんでから錬樹はコーヒーに口を付ける。
 程よい酸味と苦みが先ほどまでの雑務の疲れを流してくれるような、そんな感覚を覚えた。
 暁斗の方を見る。
 暁斗はコーヒーカップを手に持ったままだった。
 目が合う。
 「……よくそんな熱いもの飲めるね」
 「僕、暁斗君みたいに猫舌じゃないから」
 平然とカップに口を付ける錬樹を暁斗は不思議そうに見ていた。
 「そういえば、錬樹君。昨日『仕事』だったみたいだけど、どうだった?」
 「あぁ、昨日のやつ?」
 暁斗が口にしたのは『能犯』から依頼された裏の仕事のことだ。
 暁高校は創立当初から裏の世界に関係する生徒の多い学校であった。
 その中でも生徒会役員になる様な生徒たちは特にその傾向が強く、『能犯』が出来る前は様々な組織から、『能犯』が出来てからは『能犯』から裏の世界に関する様々な依頼が舞い込むようになっていた。
 今日の雑務の中にも数件、そしてもちろん昨日の件も『能犯』からの依頼であった。
 「目標の人は見つけたけど、逃がしちゃった」
 「え……?」
 さらりととんでもない事を告げ、コーヒーに口を付ける錬樹。
 思わぬ回答を全く飲み込めない暁斗。
 数瞬、生徒会長室に沈黙が訪れた。

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