時に雨は降る 4

 「ただいまぁー」
 玄関のドアを開け、自宅へと帰ってきたことを告げるが返事は無かった。
 家の中には誰もいないのだからそれはそうだろう。
 錬樹は靴を脱ぎ、家の中に入っていった。

 一年程前までいた二人の同居人は今はそれぞれここではない自分の家がある。
 紫電雷斗(しでん らいと)は自宅である紫電の屋敷に戻った。
 紅静葵(くせ あおい)は一人暮らしを始めていた。
 錬樹にとっては直接の部下ともいえる二人だが、今は丁度それぞれの用事で赤月市にもいない。
 もう一人の同居人、実の姉である時雨錬香(しぐれ れんか)は相変わらず裏でも表でも忙しく世界中を飛び回っている。
 予定通りに行動しているのなら今頃欧州のどこかでお偉いさん方と顔を突き合わせているのだろう。
 そういえば、学校内で姉の恋人であり暁高校の教諭を務める鈴木神利を見なかったな、と今更に思い出した。
 だとすれば、姉と共にかなり大きい裏の仕事に関わっているのだろう。
 「神利さんも大変だなぁ」
 他人事気味に呟いて、錬樹は今のソファに持っていた通学用鞄を投げ、それから座った。
 ゆっくりとソファに沈み込んでいく。
 錬香と神利と言えば、だ。
 錬樹としてはそろそろさっさと結婚すればいいのにと思っているのだが、弟である自分がいるせいか、卒業するまで待っているようだった。
 本人たちは自然とそう考えているという程度で大して気にも留めていないのだろうが、錬樹としては逆に悪い気がしてくる。
 とはいえ、どうしたところで卒業するまでの時間が短くなるわけもないので結局は錬樹側も特に気にしない、ということにするしかない。
 結局、二人の問題なので首を突っ込むだけ野暮だ。
 ソファに沈み込んでいった体を少しだけ正す。
 窓の外の様子を見れば、ぽつぽつと雨が降り始めていた。
 暁斗君は無事、雨が降る前に帰れただろうか。
 まぁ、彼の場合雨が降ってくるようなことがあれば暁斗を溺愛している先輩で恋人の彩歌灼奈(さいか しゃくな)が嬉々として傘を持って迎えに来てくれるのだろうけれども。
 雨の様子を窺ったついでに灯りの付いていない隣家が目に入った。
 住んでいるのは錬樹にとって兄と言って過言ではない神奈恭弥(かみな きょうや)なのだが彼も家を空けていた。
 恭弥は恋人の黒谷美亜(くろたに みあ)を連れて第四魔界へと帰省しているようだった。
 恭弥と美亜は来年の春には向こうに移り住むようなので色々と忙しいのだろう。
 彼らを見ていると来年の自分も同じようにこの家と第二魔界を行き来して忙しいのだろうな、とぼんやり思う。
 
 色々と寄り道的な思考を回してしまったが、要するに時雨錬樹はこの休み中一人だった。
 一人なので、このままソファで寛いでいても何も起こらない。
 具体的に言えば、ご飯も出てこないし洗濯終わらないし風呂が沸くこともない。
 「……めんどくさー」
 おもわず出た文句を垂れ流しながら、それでも錬樹は立ち上がって台所へ向かう。
 まずは冷蔵庫の確認。
 確か、昨日の時点で食材のほとんどを使い切ったはずだ。
 扉を開けてみればスカスカの庫内が錬樹を迎えた。
 「……買い物、行くのか……」
 雨が降ってきたこともあってげんなりしてしまった。

 スーパーの自動ドアをくぐった錬樹をいつもと同じ軽快な店内音楽が迎え入れた。
 ドアの近くに積まれた空のカゴを一つ取って店内を歩き始める。
 訪れたのは学校の近くのスーパーだった。
 家の近所とは言えない距離にあるところで、先ほど帰ってきたばかりの道をわざわざ傘をさして戻ることになったが錬樹はこのスーパーを選んだ。
 理由は単純で、家の近所のスーパーよりも価格が安いからだ。
 大抵のものがこちらの方が安いのであれこれと悩む必要がなくなる。
 ここに来るのなら帰りに寄ればよかったなと思いはしたが、どうせ雨の中を歩くのはかわらないのだからと自分自身に言い聞かせてここまで来た。
 外の雨のせいかこの時間帯にしては店内が空いている。
 特に何も決めずにスーパーに乗り込んだ錬樹は、食材を見て今日のメニューを考えながらスイスイと歩を進めた。

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