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【実話怪談】ぼんぼん

〈第十一話〉

長野県松本市に住んでいたときのお話です。
当時、引っ越してきたばかりで小学3年生だった私は、町内会の行事に初めて参加しました。

夏休みに入ると行事の準備で小学生は公民館に集められ、何やら歌を習いました。
その歌はなんとも暗く、歌詞も意味不明で恐ろしく、私は苦手でした。

歌の歌詞は、以下のようなものです。

ぼんぼん とても今日明日ばかり
明後日はお嫁のしおれ草
しおれた草を櫓(やぐら)にのせて
下からお見ればぼたんの花
ぼたんの花は散っても咲くが
情けのお花はいまばかり
情けのお花 ほいほい

八百屋の前で茄子の皮ひろって
お竹さんもおいでお松さんもおいで
ままごと遊びにみなおいで
ままごと遊び ほいほい

六九(ろっく)はいやだ六九はいやだ
ろくろっ首がふたつに割れて
中からおばけ ほいほい

哀愁のあるメロディに、不気味な歌詞でした。
この歌詞はほんの一部です。とにかく長い歌でした。
松本市にいたのは、ほんの少しの間だったにも関わらず、大人になった今でもこのうたは歌えます。
行事当日になると女の子は頭に花飾りを付け、浴衣姿で提灯を持ち、男の子はその後ろをついて来ます。そしてうたを歌いながら町内を練り歩き、各戸のインターホンを鳴らして回るのです。

インターホンの音を聞いて住人が出てくると、ハロウィンのようにお菓子がもらえました。このイベントは〈ぼんぼん〉と呼ばれていたのを覚えています。ただ、なんのためにやるかなど、子どもの私達には詳細が一切分かりません。
なんの説明もなく行われるその行事に、私は疑問を持っていました。
この地域の住人は昔から当たり前に行っていたからか、誰も「ぼんぼんって何?あの歌はなんのために歌うの?」とは言いません。
それがまた、なんだか怖かったのです。

あの日の夜。
兄と弟も小学生でしたので、〈ぼんぼん〉に参加しました。公民館に集まり、女の子は頭に花飾りを付け、提灯に火を灯します。
提灯の中では蝋燭が燃え、ほんのりと温かく、温かさと同じだけの光を放ちました。
1列になり歌をうたいながら、数軒回ったところで、後ろの列からいつの間に来たのか、不意に弟が私の腕を掴みました。
「どうしたの?」
兄も驚いて追いかけてきます。
「トイレか?」
と、兄が聞くと、弟は静かに首を振ります。
兄と私は顔を見合わせ、困ってしまいました。
弟は当時、少し得体のしれないところがあり、あまり言葉を発さず浮世離れしている子どもだったのです。
感情の変化の読み辛い子で、ぼーっとしていることが多く、こんなふうに積極的に動くことが無かったので、一体何事かと戸惑いました。
列から外れてしまい、誘導の大人が「どうしたの?」と駆け寄ってきます。
「すみません……後から追いかけるので先に行ってください。」
兄が言います。
「弟がトイレに行きたいみたいなので、兄と1度家に帰ってまたすぐ戻ります。」
私もとりあえずその場をしのぐ嘘を付きました。大人の手を煩わせてはいけないと思ったからです。
私の母は厳しい人で、人様に迷惑をかけてはいけないと散々言われて育ちました。地域の大人にご迷惑をかけられない……兄と私は、同じ気持ちだったと思います。
「そう?まあ、兄弟がいるなら安心ね。これから蒲さんのお家の方向に真っ直ぐ向かうから、追いかけてきてね。」
そう言って離れていく姿にホッとしました。
「どうしたんだ?」
改めて、兄が聞きます。弟は、未だに私の腕を掴んだまま微動だにせず、〈ぼんぼん〉の列を食い入るように眺めています。試しに私が動こうとすると、益々掴む力が強くなり、抵抗しているようです。
「とりあえず、俺、母さん呼んでくる。」
その様子を見て、兄はそう言いました。動かない弟をどうにかするには、やはり大人の力が必要でした。兄の判断は、正しかったと思います。
走り出す兄の背中を見送りながら、私は弟に聞きます。
「ほんとに、どうしたの?」

その時、フッと提灯の明かりが消えました。
特に風もなく、中の蝋燭が倒れたわけでもありません。
遠くには、〈ぼんぼん〉の列の明かりが見えます。
(提灯の明かりって、意外と明るかったんだな……。)
周りが暗くなり、なんだか急に、心細くなりました。
弟を見ると、相変わらず〈ぼんぼん〉の列を凝視しています。

スッ

と、弟が何かを指さしました。
指さした方向には、〈ぼんぼん〉の列が、あるはずでした。

「え……。」

そこには、巨大な何か、白く細長いものがうごめいています。ウネウネとうごめく何かが、踊っているような。得体のしれない、不気味な。

不意に弟が歌いました。


 中から おばけ ほいほい


一気に鳥肌が立ちました。
〈ぼんぼん〉の歌の歌詞が、頭をよぎります。
ウネウネ、白く長く、うごめき踊るそれは……。

悟った瞬間、掴まれている腕を掴み返し、弟を引き摺って家に向かって全力疾走していました。

提灯は途中で無くし、弟は無理矢理引っ張ったので腕を脱臼し、帰宅した私は母に散々叱られ、泣きました。
後から兄が〈ぼんぼん〉でもらった大量のお菓子を振る舞って、慰めてくれたことを覚えています。
特に何も聞かずに、「大変だったな……。」と言う兄は、もしかしたら大体の事情を察していたのかもしれません。

これは私の実話です。

※松本市にある〈ぼんぼん〉は、調べてみると普通なら男の子は〈青山様〉という別の行事に駆り出されるみたいです。また、〈ぼんぼんのうた〉は口頭伝承なので、地域によって少しずつ異なるそうです。ハロウィンのような行事、というのも、私が住んでいた町ならではだったのかもしれません。なんにせよ、強烈に印象に残っています。

弟が関わる怖い話は、以下のお話にもあります。
ぜひ、こちらもどうぞ。






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