デュレパ -デュレーション・パフォーマンス-

子供の頃好きだった月刊漫画雑誌は一ヶ月に一回、30日に一回、1日は24時間ですので720時間に一回刊行されていました。そのうち週刊漫画雑誌が好きになって一週間に一回、7日に一回、168時間に一回刊行になり、また月刊誌に興味が出てきて、今は相場表見たさに経済新聞を一日に一回、24時間に一回、1440分に一回で読むようにしています。今の時点では朝刊紙と夕刊紙を二部買ってくれば12時間に一回、720分に一回、43,200秒に一回で読めるようになりますのでそれが理想に近いと思います。

そうなると自然と4年に一回のスポーツイベント、48ヶ月に一回、1440日に一回、34,560時間に一回、207万36百分に一回、124,416,000秒に一回のスポーツイベントや一年に一回のイベント、12ヶ月に一回、720日に一回、17,280時間に一回、103万68百分に一回、62,208,000秒に一回のイベントに対する興味や関心が希薄になっていってきました。

自分はオリンピックやサッカーワールドカップの存在を否定はしませんが、ああいう国際スポーツイベントというものは、開催される国の土着の文化を否定あるいは破壊している印象があります。現にパリオリンピックでも開催地のフランスパリの古本などの屋台やのみの市(フリーマーケット)を「衛生的によろしくない」と立ち退いたりしているという報道があります。

日本でも2002年のFIFAワールドカップの時に「環境破壊につながる」と排ガス規制を盾に現在中古で8百万円以上の値段がつくスポーツカーなどを生産停止にしたり、5ナンバー規格の車を3ナンバーにしてみたり、「ドラッグが販売されている」と風営法でもってディスコを閉店させたり、漫画やドラマや映画を次々と制作中止にしたり、公営競技の場所を閉鎖していた記憶があります。また、万博や国体がある地域ですと「衛生上よろしくない」と食品衛生法を理由に屋台を潰してみたりしていました。

それがオランダがオリンピックを開催しない理由なのかもしれません。「環境破壊につながる」からと自動車競技場やサッカースタジアムを閉鎖させたり、「麻薬の密売がされている」とディスコや喫茶店を閉鎖させたりされるからだと。

大体は「外交問題になりたくない」と言うのでしょうが、実際は選手を籠に入れて外に逃げないようにするためでしょう。現に日本人でバドミントンか水泳か卓球の選手が現地の夜店に入ったのが問題になりました。

オリンピックも札幌(1972)や長野(1998)の頃は雰囲気が良かったとは思います。札幌は「北海道に鉄道を通す」と鉄道などを通して物流を改善させたり、長野も同様のことを行って、北海道や長野の経済や生活のレベルを向上させていました。一方で長野の前年の1997年に京都議定書が発効されましたが。

ただ、オリンピックという世界の背景には15世紀から16世紀のにおいがしていますね。その根源は15世紀頃にヨーロッパで発明されたドイツのグーテンベルクの活版印刷技術からかもしれません。

バスや電車が好きな人達はバスや電車が田舎や地方みたいに1時間から3時間に一回ではなく20分に一回バスや電車が来るような街、1200秒に一回バスや電車が来るような街に住んでいてその間隔が心地良いから好きなのかもしれません。特にバスに搭載されている発動機は5.0リッター4気筒でフォードマスタングと同じ容積でマスタングより少ないシリンダの数でメートル毎に70キロの押し出す力を2千回転の帯域で発生させて、その力をポルシェと同じ駆動方式で使うので、普段と馴染みがない、希少価値があって、ありふれていない音や力などの様相に夢中になるのでしょう。同じように運送会社のトラックもスポーツカーと同じ排気量と駆動方式でランサーエボリューションと同等の力をアイドリングの帯域で出すことが出来ますので、それが心地良いから好きな人がいるのかもしれません。

そうとは言いましても、今の世の中のスポンサーはカメラの会社ですので「一瞬を掴み取る」ことが出来るかどうかが優先事項なのでしょう。それに対して自分から機会を作っていってもそれは「自助努力に依存」していて、反対を示しても「運に依存している」と言われていくと思います。

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