チームリーダーとプロジェクトリーダーの役割が違うことに気づいた話
最近会社で「他者への働きかけ」について、こんな会話をしていた。
私が頭の中の説明をすっ飛ばしているので、会話としては成立していない可能性があるし、無意識的でも裏には基準があるはずなので、残念ながら会社の人の質問には何も答えられていないのだが、一旦それは置いておいて、後でふとこの会話から気づいたことがあった。
それは、
と
「自分がチームリーダーかどうかによって、振る舞い方を変えていること」について思い返してみると、私はそれぞれの場合で、以下のように振る舞っている。
●チームリーダーの場合
(明確に指名されていなくてもそれっぽい立ち位置なら)、チームが目指す方向性を何度も話し、チームメンバーの中期的な成長や幸せを考える(本当は人生という長い時間軸で考えたいが、自分の力が足りてない)というのをほぼ無意識的にやっている。
●プロジェクトリーダーの場合
プロジェクトを完遂することを考え、やることや進め方の認識合わせをし、淡々と進めていく。
メンバーの成長要素を考えることも、皆無ではないが、あくまでプロジェクトの中で得られる学びなど極短期的なものに焦点がいく。
私は会社の中では、プロジェクトリーダーをしたことはあるが、チームリーダーをやったことがほぼない。
ので、会社の人からは熱く語らない人に見えているのかもしれないという結論に辿り着いた。
(部活で主将をしているときは涙ながらに話した記憶もあり、それゆえ、他者認識と自己認識のズレにつながった気がする。)
そして、この両者の役割における振る舞いの違いは、
「私の中ではプロジェクトリーダーとチームリーダーは違う」
ことに起因している。
どちらもリーダーということには変わりないのだが、私の中では、それぞれの役割について、以下のような捉え方をしている。
●チームリーダー
チームの成果と、チームメンバーの成長・充実に責任を持つ。
プロジェクトより長期で考えやすい。
チームの成果はすなわち、チームメンバーの動きによって決まるので、人へのアプローチの比重が大きくなる。
●プロジェクトリーダー
プロジェクトを成功させることに責任を持つ。
プロジェクトという切り取られた活動をうまくいかせるためには、認識が揃っていること、みんなから全体像が見えていることなどが必要なので、そういったあたりに時間をかける。
私はストレングスファインダーのトップ5に「責任感」という資質が入っている。
上位資質は無意識に出てしまう性質らしい。
リーダーという名前は同じでも、無意識的に「責任の範囲」を自身で定義し、それに沿って行動してしまっているのかもしれない。
また、考える中で、プロジェクトがうまくいくよりも
チームがうまくいく(成果が出て、みんなが充実して働ける)方が圧倒的に嬉しいし、楽しいことにも気づいた。
理由は複数あるはずだが、一つには熱を持ってやれるから、結果が出た時に嬉しいというのはある。
(裏には熱を持ってやれる理由があるはずで会社が変わるなど環境が変われば、必要なリーダーの種類も変わるので、再現性を持たせるためには超重要な深掘りだが、それはまた別のページで考えたい。)
自分が常にチームリーダーだと思って行動すれば、熱を持って仕事できる時間を
増やせるのかもしれない。
実際は「常に」というのは難しいだろうが、自分でオンオフをコントロールして、チームリーダーの振る舞いを発揮できれば、見える世界が変わってきそうだ。
社会人になってから、学生時代の部活のように熱中できないことに正直なところ、もやもやを感じていた。
思わぬ会話から、仕事をより充実させる糸口が見つかった。
チームリーダースイッチを操れるように精進していきたい。
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