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機関投資家が期待する人的資本の情報開示〜経営戦略と連動したストーリーの重要性とは〜

昨今、ESG投資やISO 30414への対応など、人的資本の情報開示が国内外で注目されています。そこで今回、第一生命保険株式会社 オルタナティブ投資部イノベーション投資室長の乙部真太郎氏に、『機関投資家が期待する人的資本の情報開示』をテーマとして、機関投資家から見た人的資本の情報開示の現状や好事例などについてお話を伺った記事から、一部抜粋してお届けします。

本インタビューの全文は、下記URLからダウンロード可能です。
機関投資家が期待する人的資本の情報開示〜経営戦略と連動したストーリーの重要性とは〜

■Profile
乙部 真太郎
オルタナティブ投資部 イノベーション投資室長
1999年監査法人トーマツに入所し、監査・公開準備支援・M&Aデューデリジェンスに従事。2006年第一生命保険に入社し、未上場株式投資・上場株式アナリスト・運用企画・外国株式ファンドマネジャーに従事。2018年より証券企画課長、2021年度にスチュワードシップ推進室長、2022年度よりオルタナティブ投資部イノベーション投資室長としてベンチャーダイレクトおよびファンド投資を統括。東京大学経済学部卒。

「真の企業価値」を高める人的資本経営

■ 昨今、「人的資本経営」や「人的資本の情報開示」の注目度は高まりを見せています。しかし、それらを通じた「真の企業価値」を高めるための議論はまだまだ少ないようです。

乙部氏:私も議論が不十分であると感じています。最近では欧米諸国に倣って日本でも、人的資本の情報開示指針については議論が活発になっています。しかし、指針に沿って情報を開示するだけでは、企業価値を高めるまでには至らないと考えます。企業価値の向上を目指すなら、まず、「どういう人的資本が、なぜ必要であり重要なのか」を自社の経営戦略や経営課題と照らし合わせて議論を重ねることが大切です。人的資本投資が「資産」であるということ、それが企業価値にどう結びつくのかを、社外に説明できるようにする。このことが企業価値の向上においては重要です。

■ 企業にとって「経営戦略と非財務(人的資本)のデータを連動させること」の障壁はどのようなものでしょうか。

乙部氏:経営戦略をしっかりと定めている企業は、スムーズに対応していると感じます。一方で、「議論が展開しない」「方向性が定まらない」と感じる企業もあります。そういった場合は、経営戦略が明確かどうかを見直し、改めて議論することが重要です。
「何から取り組むべきか分からない」という場合は、経営戦略の中で特定の重要課題を設定し、具体的な取り組みを定め、説明できるようにすることから始めるのが望ましいと思います。

■ 現在、さまざまなサステナビリティ課題も挙げられますが、どの指標の注目度が高いのでしょうか。

乙部氏:内閣官房の非財務情報可視化研究会が紹介する資料の1つに、企業価値に大きく影響するサステナビリティ課題についてのCFOアンケートがあります。その結果によると、1位が人的資本、2位は気候変動、3位がダイバーシティでした。ダイバーシティも広義の「人的資本領域」と捉えられます。つまり、人に関する項目の課題意識が強く、注目が集まっている指標だと言えます。ただし、ダイバーシティに関しては注目度が高い指標である一方、浅い情報開示にならないように、企業側は留意するべきです。

■ ダイバーシティに関する指標の中でも、「男女比率の開示」はよく取り上げられます。これはマイナスの評価を出さないための開示になっているケースが多いのでしょうか。

乙部氏:そのように捉えている企業も多いと思います。開示作業だけで完結しないためには 、「ダイバーシティの指標」と「経営戦略」の関連性を明確に示すことが重要です。つまり、しっかりとストーリー展開していくことが、指標に対する納得度を高めることに繋がります。

■ 「なぜ取り組んでいるのか」という点について、実際に各社の経営陣とはどのように対話していますか?

乙部氏:現在の経営状況や、中期の財務戦略に問題がない場合でも、「長期的な人材育成のポリシー」について見通せない場合は、深堀りして質問することもあります。人材育成については、経営陣の中でなんとなく決まっている、組織的に明文化されていない、というケースが多くあります。しかし、従業員や求職者、社外のステークホルダーなどの共感を得るためにも、人材育成のポリシーを明確に定めて開示・発信することが重要です。

■ ここでいう「ポリシー」は何を意味しているのでしょうか。

乙部氏:「ミッション・ビジョンを実現するために、どういうポリシーに基づいて取り組んでいるのか」という意味です。たとえば、企業の人材育成ページに研修プログラムや女性活躍推進についての記載はあるものの、「なぜそれが必要なのか」が読み取りづらいケースがあります。この状態はビジョンとの結びつきが弱く、「企業のポリシーが見えづらい」と言えます。ミッション・ビジョンとその関連項目を整理したうえで、課題設定やどのようなポリシーで対応するのかを明確にすることが重要です。

各社の指標に対する投資家の評価とは

■ 人的資本の定量化にあたり、企業間で比較しやすい指標と、比較できない企業特有の指標があります。投資家はどのように評価しているのでしょうか。

乙部氏:ISO 30414に関する法制化の動きにより、見るべき指標は示されています。そのため、経営戦略の評価を軸に、各企業が戦略的に組み入れた指標も考慮し、総合的に判断していくのだと考えます。業界ごとに重視される指標はありますが、現時点では明確な答えはない状況です。

■ 今後、開示と評価を繰り返すことで人的資本に関するデータは蓄積されていきます。そうすると「本当にその企業が成長したのか?」を振り返ることができます。徐々に有効な指標はアップデートされていきそうですね。

乙部氏:そうですね。企業が過去の取り組みに対する結果を開示することで、投資家も振り返りやスコアリングがしやすくなります。開示⇒評価⇒振り返りの流れができれば、投資家もモニタリングを経て、人的資本経営の評価や横比較もできるようになるかもしれません。

■ 同業他社との横比較はどのように対応していくべきでしょうか。

乙部氏:競合他社の動静は把握すべきだと思います。しかし、多くのスコアを提示しても、必ず企業価値が上がるわけではありません。投資判断のしやすさ、コミュニケーションツールとして活用できる情報の開示度合いを表す、という認識を持っておくと良いでしょう。

■ 「取り組みや開示自体が評価に値する」という現状について

乙部氏:3つの理由により、取り組みや開示自体も評価に値すると言えます。

① 開示できるということは、それだけ既に整備されているという証明である。
② 開示すれば投資家と議論する余地が生まれる。そこから企業価値向上に向けた話が展開できる。
③ 開示することで会社の現状や、重視している項目を従業員が理解することにつながる。さらには、従業員のモチベーションに対して有効である。

個人的には、投資プロセス上の非財務情報を財務情報にどのように置き換えるべきかという、ベストプラクティスを積み重ねることができれば、非常に画期的だと思います。そのため、非財務情報と財務価値の連動性を示す開示に期待しています。

■ 投資家は従業員エンゲージメントなどの組織の状態に関する開示をどのように捉えるのでしょうか。

乙部氏:スコアはもちろん高いほうが良いです。しかし、絶対値についてはそれほど重視していません。「どの領域が課題なのか」、「その領域に対して何を取り組んでいて、結果はどうなのか」をストーリーとして語られているかが重要です。企業が定量データをどのように捉えているのか、その意図を、投資家は知りたいのです。

■ 従業員エンゲージメントや従業員エクスペリエンスは、人事部門のKGI・KPIとして経営陣や現場と目線合わせができる指標として有効ですが、それらをその先の改善まで接続できているかどうかが重要ですね。

乙部氏:現状、人的資本をストーリーとして展開ができている企業はまだ少ないです。前提条件としての情報収集と分析をしっかり行い、人事責任者と経営陣が議論・検討をしていくプロセスが求められます。

■ 投資家は開示情報による投資可否をどのように判断されるのでしょうか。

乙部氏:人的資本情報を「経営戦略の評価」という形で組み入れます。具体的には、財務上の利益推移・今後数年間のマーケット分析・ビジネスモデル分析を予測したうえで、「人的資本経営」が企業の成長曲線にどのような影響を与えるのか、というような活用方法です。

■ 業種別に重要視する項目は変わりますか?

乙部氏:場合によっては同業種でも重要視する項目が異なることはありますが、各企業の課題によって重視すべき項目は異なります。たとえば、不祥事が起き、その原因が従業員の管理に関するものであれば、今後はその項目をより重視するでしょう。そして、根本原因が改善されない限りダウンサイドリスクと認識する、という使い方が考えられます。

■  人的資本を活用してESGスコアを上げることは可能だと思われますか?

乙部氏:現時点ではまだ機械的にスコアを上げることは難しいと考えています。ただし、開示情報が足りていない場合、「開示できていない」と判断されスコア・格付けに差が出てしまいます。ESGの中でも、E(環境)における開示は進んできましたが、S(社会)にも人権やダイバーシティ、エンゲージメント、スキル開発など重要な要素がありますので、対応は必須となります。

■  現在の情報開示では、どこを重要視すべきか、そしてどこを改善するとESGスコアが上がるのかという点は明確ではありません。その側面でも「経営戦略と人材戦略の接続」という本質に向き合うべきですね。

乙部氏:企業は、「経営戦略上の重要なポイントはどこになるのか」という議論を行ったうえで、資源を投資していくことが重要です。

人的資本の情報開示における好事例

■  人的資本の情報開示における好事例を教えていただけますか。

乙部氏:「ストーリー・課題・対応策」が明解な開示は、良い開示といえます。たとえば、経営トップのサクセッションプランに課題を感じているため、「後継者準備率」をKPIに設定し、ポジションごとの充足状態、および後継者のコンディションや今後のキャリアについて常に経営陣で議論している例があります。課題認識〜取り組みまでの流れが非常に明解で、定量化も実現できています。

■  人的資本の情報開示に関しては、グローバル企業の方がスムーズに進んでいるように見えます。

乙部氏:規模が大きい企業ほど、さまざまなステークホルダーから声が上がってきます。そのため、開示に向けた進みが早いのだと考えます。国内展開が中心の企業でも、人的資本経営が「喫緊の課題」である場合は、経営者の意識も高く、人材戦略をしっかり立てて情報開示に向けて動いています。

人的資本の情報開示において企業側に期待すること

■  海外では、CEOやCHROと連携して対応するケースも多く見られます。現状日本では、CEOとの対話が主流でしょうか。

乙部氏:現状はその傾向にあると思います。しかし、役員クラスのサステナビリティ担当者と対話する機会も増えています。CHROについては、人事戦略説明会などで「中期経営計画の中でどのように人材戦略を立案し、実行していくのか」という話を伺う機会があります。このような説明会は、開催することで「開示に向けた準備ができている」と示すことができます。また、実際に参加して、やはり経営戦略から逆算した人事の運営方針やKPIの説明はしっかりできていると感じました。

■  今後、企業に期待することはどのようなことでしょうか。

乙部氏:ISO 30414などはあくまでもガイドラインです。つまり、その通りにすれば必ず最善の結果が出るとは限りません。経営者と人事担当者が、自社の人事戦略におけるスタンスをしっかり整理・議論してこそ、投資判断上の指標として有効なものになります。まずは「社内での話し合いを通じて定めていく」という点を重視していただきたいですね。

■ そうですね。また一方で、海外と比較すると、日本は人的資本への投資額が少ないといった統計もあるので、日本全体で積極的な人材投資や人的資本経営に向けた取り組みが拡大していくと良いですね。乙部様、本日はありがとうございました。

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