マガジンのカバー画像

嵯峨野綺譚  京都嵯峨野を舞台にした奇妙な物語集

10
京都 嵯峨野を舞台に物語をいくつか書いてみました。 「観光地 嵯峨野」のイメージとはまた違った嵯峨野の貌をみていただければ幸いです。
¥500
運営しているクリエイター

#連載小説

嵯峨野綺譚~来訪者  ~

嵯峨野綺譚~来訪者 ~

 「おい、彦九郎。久しぶりじゃの」
 「おっ、これは了以殿。大変ご無沙汰致しております。お元気でいらっしゃいまするか?」
 「おう、おかげさんでの。おぬしも息災か?」
 「はっ、おかげさまで。最近は排ガス規制のおかげでこの辺りの空気もずいぶんきれいになり申した」
 「そうか。それは何よりじゃ」
 「ところで了以殿、今日はまた何用で三条大橋くんだりまで?」
 「いやさ、ここ数年京都市内にもマンション

もっとみる
嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸  最終回~

嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸  最終回~

 シャリン、シャリン。鉦の音が近づいてくる。鉾を先頭に神輿が続く長い隊列は御旅所を出て通りを北上してくる。たいして広くない通りの両側には見物客がひしめいている。
 よく晴れた5月の空の下を、祭りの列はゆっくりと進んでくる。
 鉾の長さは電柱の高さを超える。男性の脛くらいの太さがあって先端には鉾の切っ先が、その下には金色の房飾りがあって鉦がついている。さらに幟まで下がっているので相当な重さだ。これを

もっとみる
嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.2~

嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.2~

 「高校のとき、うちの両親離婚してさ。リョウくん、知らんやろ?その頃のこと」
 「ああ、そうやなぁ・・・。」
 居酒屋を出て皆が解散した後、僕はなんとなく久美子と一緒に歩いていた。すぐに診療所の前まで来た。
 「お母さん、看護婦の資格持ったはったから、ここで働きださはったんよ」
 久美子とは中学、高校と一緒だったが特に親しかったわけではない。特段美人というわけでもなく、自己主張するタイプでもなく、

もっとみる
嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.1~

嵯峨野綺譚 ~篁(たかむら)の井戸 vol.1~

 どこか甘い香りのする晩春の夜の空気に乗って「シャリン、シャリン」と鉦の音が聞こえてくる。久々に聞く鉦の音だった。
 僕は鉦の音のする御旅所(おたびしょ)の方に向かって歩いていた。

 5月の下旬は嵯峨の地にとって祭りの季節。愛宕山頂にある愛宕神社と渡月橋にほど近い野々宮神社の合同祭が行われる。
 鎌倉時代に遡るという古い祭りだが、戦後は廃れて神輿の担ぎ手もいなくなり、神輿を載せたトラックが嵯峨一

もっとみる