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完結間際『お客さま、そんな部署はございません』のレビュー

毎週、日曜日夜の更新を楽しみにしていた小説が終わろうとしている。せっかくなので最終回間際に今までのエピソードを振り返る形でレビューを書いてみた。レビューと言っても、1話ごとにゆるっとしたコメントを添えている感じの感想文です。

■1話「安易に夢が叶ってしまったのだが正直どうすればいいかわからない。」

主人公であるネコミズさんが市役所に採用されて総合窓口業務にたずさわる話の導入回である。
「IDカードを首からぶら下げる」ということに対する憧れと、TVで見たホテルコンシェルジュの対応の素晴らしさに対する憧れがキーワード。
ネコミズさんの心のなかのツッコミには「そりゃそうだ」と思ったり、申し訳ないけどその大変さにくすっと笑ったりしてしまう。
そして多分ずっと付きまとう市役所という場所のサービス業務。これについては後述する。

■2話「マージナル(境界人)」

タイトルがいいよね。
実際、受付という場所は市役所の外から来た人間と、内側の業務をやっている職員をつなぐ仕事だ。そういう意味で境界の上にいる人たちである。そして14話に出てくるけど、内側の人たちから見ると、外からの人間を適切に振り分けてくれる「門番」であることに間違いはないわけで、総合コンシェルジュがいるからこそ、担当窓口でスムーズに手続きができる。
あと外部の人はなかの人を全て「役所の人」というくくりに入れる。そこには雇用形態の違いなんて全然加味されないのよね。
余談だけど、大きな組織(企業)に属していても同じことが起きるので、新聞沙汰になるようなことをしちゃうとまず””会社名の役職””という表記をされてしまう。有名企業では事故を起こすなと口をすっぱくして言われる。

■3話「ごあいさつ最適化計画」

葬儀後の窓口はどこか、という豆知識も知ることができるこの回のキーワードは「挨拶」
ここでも市役所は”サービス業”なのかという問いがあると思うのよね。

■4話「おじさんの襲来と満天の星空」

厄介なおじさん色々の回。
私は意地の悪いおじさんを見ると「きー!」となってしまう。反撃してこない相手だと思っているからこういうことをするんだと思うと、その卑怯さに腹が立ってきちゃうのだ。だって同じ女性相手でも、口の近くにピアスして目のまわりを黒くメイクして髪の毛ミドリにしてる人とかには絶対に意地悪なこと言わないでしょ!?と思っているから。
でもそういうおじさんたちってきっと他にしゃべる人もいないんだろうなってちょっと思う。だからこういう、話かけても自分を脅かさず相手せざるをえない人をつかまえて話しているんだろうなって。
この回は、一定の属性でくくられがちな人の「個人」に目を向ける話なので好き。

■5話「気になる2人組」

ほのぼの回。
4話が「属性」で括られがちなおじさんたちの話だとしたら、5話は「個人」の話だ。来庁してくる常連たちで、特定の人たちとして認識されていている。この人たちには時間の流れと物語がある。

■6話「誰かが見てる」

雪が降るようなところに住んでいる人ならわかる、手っ取り早く暖かさがほしいときにオイルヒーターは役に立たない。室内で足元だけ温めるなら電熱ヒーターもよいけど、半分外みたいな市役所出入口付近とかだと石油ファンヒーターは最強だ。

■7話「きみはいったい何と戦っているのだ」

一体何と戦っているのか。私はこの回が一番好きかもしれない。
予測して先回りする優しさは確かにサービス業に必要かもしれないけれど、お客さんのペースを尊重して先回りしすぎないというのもサービス業には必要で、その見極めって難しい。私はサービス業をやったことがないけれど、14話で出てくる「グルーヴ感」は一人では生まれない。人が二人いたときに生まれるセッションは一人ではできない。だから私はせめて「良い客」を心がけている。
でも多分、この回は私が感じているよりもっと深いところにネコミズさんがいて、1回のときに憧れていた「コンシェルジュ」に近づいているんじゃないかなって気がした。

■8話「悪魔の証明」

この小説のなかにある柱のひとつが、ネコミズさんの「専門性に対する憧れ」にあると思っている。そして8話は、できませんわかりませんと即答するのではなく、来庁者に寄り添った対応を心がける回だ。たとえできなくても期待にそえなくても来庁者が納得する(見える)形まで持っていってから相手にパスする。パスまでの余裕を持たせること。
コンシェルジュの在り方は「できる」ことだけではないのだ。

■9話「ビューティフル・ネーム」

そしてもうひとつの柱が「個人」のような気がしている。「市民」とくくるのは簡単でいいけれど、市役所に来る一般のひとたちのなかで一番よく来る窓口が「戸籍」に関するところっていう事実。そういう個人の人生にちょっと携わる仕事ってことなんだね。

■10話「私にそれを聞かないでください」

ユーモア回。そして、それは市役所職員の業務なの? が含まれる回。むしろ図書館のレファレンスサービスで聞いたほうがいいんじゃないのかな、というのもありそうなのよね。過去回にあった市のマークの意味とかさ。
あと読んでいて「それってチチカカでしょ~」と思ったのと、不倫カップルぽい人のどうでもいい問いかけに思わず半笑いになった。

■11話「冷蔵庫の神さま」

漢検少女に対するツッコミが好きなんだよなー。これ私も思っちゃうからさ。あと連載のいいところ、前回のチチカカがこの回で活きてきます。
それはそれとして、エピソード的にはわりと緊迫した話である。普通の会社で働いていて「うわ、救急車必要かもしれん!」みたいなの私はまだ経験したことないし。
ばたばたおろおろしながらも懸命に対応するネコミズさんにがんばれ! てエールを送りたくなっちゃう。そしてこのとき渡された1本の缶コーヒーが特別なものになる。

■12話「へんな市役所」

カリンちゃん(5歳)がとても可愛い話。こういうの本人がたとえ忘れてしまっても大人が覚えていて何度でも話題にのぼるといいな。
それとは別にネコミズさんにも変化がみえる。当初のまごついた感じはもはやなく、たいていのことには対応できそうな感じになっている。コンシェルジュが板についてきている。そしてそれは、それだけこの業務に携わってきたということで、雇用期間がきまっている非正規職員とすれば、残りの時間が短いということを意味してもいる。

■13話「その、いちばんやわらかいところに」

今まで一緒にやってきたエンヤマさんの意外な一面が見える話。ほかにも特徴的な職員の、外からはわからなかった面とか。
人って印象で「なんとなくこういう人なのかな~」て思いがちだけど、話してみてわかることもけっこうある。当然のことだけど、そういう当然のことすら忙しい毎日のなかで忘れがちになることがあるし、ある程度わかってきちゃったらそれ以上踏み込まなくなって「そういう人」って括りにしちゃうことってある。
この話のなかで出てくる「自称高スペックの黒シャツ」くん、個人的に既視感があった。県職員のともだちが話していた同僚に醸し出すテイストがよく似ているんだよね…。
エピソードはおじいちゃんが外の駐車場で倒れている話。最近の夏の暑さでは年齢は関係なくまったく他人ごとではない。
この回はもうひとつ「稼ぐこと」というキーワードがでてくる。本来、行政は稼ぐ必要がない。例えば、市営住宅は基本的に民業を圧迫しないように中心からちょっと離れたところに建てられていたりする。この「稼ぐ」ことに対する意識と行政の「サービス業」という感覚がネコミズさんのなかでひっかかりがあるんだろうなあという感じがする回だ。

■14話「雑踏のグルーヴ」

最初読んだとき「おお、いきなりクライマックス感のある回だ!」と思った。
マージナルな場所にいるコンシェルジュが門番として内側の人たちから信頼を集めていたこと(2話)、コンシェルジュという接客対応のプロフェッショナルに対する憧れ(1話)、属性と個人の間を揺れ動いて(4、5話)、自分の負けず嫌いな部分と葛藤して乗り越えて(7話)、空回りしていたと思っていた行動が評価されて缶コーヒーを手にいれる(11話)、そういう今までのことを全部ひっくるめて「仕事が楽しい」って感じられるのいいよね。
しかも、些細なきっかけで突然視界がひらけて「これか!」てなる感じ。説明しづらくても、実感として確かにある感じ。
コップいっぱいに注がれていた水が「どーもね~」の一滴で溢れ出た。ネコミズさんのなかではここに来るまでにもうすでに色んなことが熟成されていたんだね、と思った回だった。

■サービス業とは

最後にサービス業について。
物を売るときには対価を支払う。うどんとか、車とか。でもモノじゃないものにも価値があって、人はそれにもお金を払っている。私はそれをサービスだと思っている。店員さんがうどんの注文を聞きにきたり配膳をしてくれたり、カーディーラーが車種の提案や見積もりをしてくれたり。それらはもちろんタダではないし、労働者にはお給料が支払われている。(だからセルフサービスのうどんはちょっと安い)
サービス業は”サービスそのもの”を売っている。
チップという制度がないからなんとなくサービスはタダのように感じることもあるけれど、そうではないのだ。
じゃあ、行政のサービスって”サービス”を売っているのか、というと多分違う。私の考えでは行政はサービスを売っていないし、行政がしていることはサービスではない、ということ。あそこで行われているのはただの手続き業務だ。

『お客さま、そんな部署はございません』では行政サービスそのものが問われていると思う。
民間のサービス業ならお客様のための笑顔が必須だ。感じよく振る舞うことは客の心証をよくすることにつながり、売り上げにも関わる。
しかし市役所という場所は、極論をいえば市民に愛想をふりまく必要はない。ないが、ここほど個人の生き方にコミットする職場もないような気がする。たとえ一瞬でも人の誕生、結婚離婚、死亡に携わる。
(余談だが私は離婚届を出しに行ったとき年配の受付係から「もう一度考えなおしてみては?」と言われたことがある。余計なお世話ともいえるし、私自身、年齢を重ねてみるとそういうお節介をお節介とわかっていてもつい心配で言ってしまいたく気持ちもわかる。見ず知らずの人であっても。)

市の人口は○○万人。市民は数字にもできる。でも役所に手続きにくる人たちにはひとりひとり名前があって体を移動させて、手続きをしにくる。
「市民」として接するか「名前のある個人」として接するか。その間の距離をはかりながら、ネコミズさんは総合案内コンシェルジュという仕事に携わる。
向き合う人たち全てに「個人」として向き合っていたら、接客は疲弊してしまう。接客している側だって人間なのだ。
自分らしく振る舞うことの一端にネコミズさんの心の中のツッコミがあって、私はこの小説のなかでこの部分が大好きだ。「む」とか「えー」と思うような困ったちゃんもネコミズさんのツッコミでユーモアに変わる。

さて、残すは最終回のみ。どういう感じで終わるのか楽しみである。

■追記

最終回が公開されました。いい終わり方だった!


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