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初代マメルリハとの別れ

※注意※
今回はペットの死に関する話です。
お読みいただく際はご注意ください。

私がnoteに投稿し始めた当初に紹介していた「初代マメルリハ(♀・ブルー)」。動物嫌いの私が当時やむなく折れるしかなくなり、稲生家で最初に飼われたマメルリハである。

動物嫌い・鳥嫌いを公言して憚らない私であっても、この時期になると彼女を思い出す。初代マメルリハが亡くなった頃だ。当時、私は一人暮らしをしており、母とまだ学生だった弟が当時の実家で暮らしていてそこで初代マメルリハの面倒を見ていた。


2013年7月31日

たしか初代マメルリハが亡くなる1年くらい前、初代マメルリハを病院に連れて行ったところ、加齢であちこち弱っており、肝臓が腫れてるという診断だった。その時に初代マメルリハの背中に注射をしてもらい、それからしばらくは少し若返ったかのように元気になった。

それでも稲生家に初代マメルリハが来て12年が経過した2013年7月にはかなり弱っていたらしい。その頃に幾度か通院もしていたようだが、年齢的に避けられない状況だったとも言える。

そしてこの日までに初代マメルリハは腎不全・糖尿病・痛風などで止まり木にも止まれなくなり、食べたり飲んだりできず、体重が35g→22gにまで減ってしまった。

2013年8月1日

いよいよ初代マメルリハが弱って来た。最後の晩餐は水とふやかしたパンをだったらしい。心配した弟は、夜に何か起きた時のために普段はリビングにいた初代マメルリハを鳥籠ごと自室に連れて行った。

弟の部屋に移動した後の初代マメルリハ

この画像は8月1日の夜のうちに弟が私に送ったものである。これが画像で残る生きている初代マメルリハの最後の姿になった。

2013年8月2日

朝6時前後。一度就寝して鳥籠の遮光カバーをかけられたら朝にカバーを外してもらうまで鳴かない初代マメルリハが、鳴いて弟を起こした。初代マメルリハの様子から、いよいよその時が来たと悟った弟は、台所で朝食の用意をしていた母を慌てて呼んだ。

弟は、初代マメルリハを鳥籠から出して自分の手の上に置いた。そこに駆け付けた母を見て、初代マメルリハは少しばたついて一声鳴いて逝った。

母は後で「(初代マメルリハの)目から生の光が消える瞬間を見てしまった」と言っていた。

初代マメルリハは、風切り羽根を切られたことがトラウマになるような環境からより良い生活環境を与えてくれた飼い主の手の上で、最愛の存在である母を見ながら逝くというおそらく幸せな最期だった(全身痛くて辛かったとは思われる)。

彼女を最も大切にした二人に逝く前にきちんとお別れしたところがすごい。

2013年8月4日

弟が手配したペット葬儀業者が来るこの日まで、初代マメルリハは冷蔵庫のチルドで保存されていた。実家に葬儀業者がやって来て、きちんとお葬式、火葬、納骨が執り行われたそうだ。

初代マメルリハが納められた棺には稲生家の家族写真と好物だった麻の実なども一緒に入れられた。

その後骨壺に納まった初代マメルリハは、弟の家で大切に保管されている。彼にとっては「欲しくてたまらなくてやっと来た最初のペット」なので、思い入れがあるようだ。

初代マメルリハは稲生家に来て12年2か月。
推定年齢15歳だった。

初代マメルリハの死と稲生家の反応

ちなみに私が最初に初代マメルリハの死の第一報を聞いたのは8月3日だった。電話で母がその事を話そうとすると涙で話ができなくなってしまい、臨終の瞬間の話は電話を代わった弟が話してくれた。

その時私は、母のように泣かずに普通に初代マメルリハの話をする弟に対し、話を聞きながらも違和感を感じていた。

後で分かったことだが、弟は8月2日当日は悲しみのあまり食事が喉を通らず、大泣きしていたらしい。そして夜もよく眠れずにいたが、翌3日に単位のために出席必須のテストを受けに行かなくてはならず、帰宅すると飲まず食わず眠れずでボロボロになって玄関に倒れこんだそうだ。そこから回復して落ち着いたタイミングでの電話だったのだ。

普段弟は一見ドライな感じだが、私よりはもともと情が深く、特に生き物に対する愛情もあるので、愛着のある初めてのペットの死についてしっかり嘆き悲しんだと知って私は逆に安心した。違和感の正体はこれだった。普段の様子と隠し持つ情の深さのギャップが大きくて、すぐに思い至らなかった。

ちなみに稲生家は誰もペットロスにはならなかった。初代マメルリハが亡くなる一年前から具合が悪かったので、あれほど悲しんでいた母も弟もその時が来る覚悟が既にあったらしく大丈夫だった。

もし心の準備なしに初代マメルリハが逝ってしまったらどうなっていたか………

私の場合は一瞬の喪失感があったのみ。8年は一緒に暮らしていたことがあり、動物嫌いの私が当時この世で唯一触れることのできる生き物で、餌を持ってなくても私の所へ寄ってくる唯一の鳥で貴重な存在だった。

この約2年後に現在の稲生家のマメルリハ・シャルの母親にあたる雛と「運命の出会い」をして現在の状況(鳥嫌いの私がシャルと同居)に至る。

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