マガジンのカバー画像

小説たち

17
掌編、短編小説と長編の第一話をまとめてます。多分、主人公は男が多い(笑)
運営しているクリエイター

2020年11月の記事一覧

朝を待つ

朝を待つ

 あなたはずっと、朝を待っていたのかもしれない。

 朝待ち宵。
 透けていくその言葉を心の中で反芻しながら、遠くの空に生まれ行く朝焼けを見ていた。
 施設のバルコニーで、同じベンチに腰掛けるあなたを見やると、伸ばしっぱなしの髪が無風の中で微かに揺れる。それは東雲の空に色彩を乗せていく絵筆のように見えて、すこし哀しかった。こんな中でもあなたの髪は白いままなのだな、とひとり、心の中でつぶやく。

 

もっとみる
星の送り人

星の送り人

 銀湾が、藍より少し深い色をした夜空に広がっていた。森深い辺境の地にあるその村からは、無数に輝く星一つひとつの光の輪郭がはっきりと見える。ふと、澄んだ夜風が南東から吹き抜けてきて、草木の香りを匂い立たせた。少女が纏った麻布の衣と左右に結った三つ編みが、それに倣って軽やかに揺れる。
 この調子だと、明日も晴れそうだ。そう思いながら、少女は胸を撫で下ろした。
「セイラ」
 彼女が名を呼ばれて振り返ると

もっとみる
ムーンライト・メロウ

ムーンライト・メロウ

夕紅とレモン味 ークラン・ドゥイユー

 行き合いの空に少しだけ、欠けた月が夜空に浮かんでいた。ほとんどまるいかたちをしたそれは満月と言っていいのかもしれない。

 ふと手元に視線を落とす。ティーカップに注がれた紅茶が月明かりに照らされてもなお、夕空を閉じ込めたような橙色に輝いていた。沈殿した茶葉が濃い色層となって、いっそうどこかの夕暮れ時の風景に見える。

 そっと、華奢な取っ手をつまんで、カッ

もっとみる