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ブックデザインあれこれ 3 | Water Towers

だいたい週1くらいのペースで、個人的に気になったブックデザインについて好き勝手書いています。取り上げる本はISBNがついている、もしくは一般に流通している(していた)モノという以外、特にルールはありません。


ベッヒャー夫妻による写真集『Water Towers(給水塔)』。1988年に MIT Pressから出版(印刷と製本はドイツにて)。本当のオリジナルはドイツ語版で、これはその英語版。

MIT Pressのロゴマーク 「mitp」の文字がモチーフになっている

ベッヒャー夫妻の写真について一応書いておくと、ある種類の建造物をひたすら撮りまくるというのが特徴で、昆虫学者が似たような形の昆虫をたくさん集めて標本にしているような、そんな写真で、タイポロジー(類型学)と呼ばれている。
現代で言うマニア、コレクターといった系統の気質を感じるが、これだけコンセプチュアルでソリッドな写真を撮るくらいなのだから、きっと言語化にも優れた能力を持つ人だったのだろう。デュッセルドルフ美術アカデミーでも教鞭を執り、アンドレアス・グルスキーやトーマス・ルフなどの教え子たちも、いわゆる〈ベッヒャー派〉として活躍している。
具体的な撮り方としては、まず大判カメラで対象を正面から真っ直ぐ撮る。ピントはパンフォーカスで、背景をボカしたりはしない。天気は曇りの日を選び、空はフラットな白に(晴れた日のように対象に強い光が当たったり、青空や雲の形が見えない状態)。人間でいう面接用の証明写真だろう。
とにかく感情を排しひたすら機械的に撮り続け、それを横一列に並べることで、建造物をその置かれた環境や役割からも切り離し、モノとして何か新しい見え方になりませんか、ということである(と解釈している)。
見る人は〈給水塔〉ということが予めわかっているため、「これなんだろう?」と思うプロセスを飛ばすことができ、それによって純粋に形にフォーカスできるのではないだろうか。
ちなみにこの『Water Towers(給水塔)』以外には『Blast Furnaces(溶鉱炉)』『Cooling Towers(冷却塔)』などがあり、ドイツをはじめ周辺のヨーロッパ各国で撮影されたものらしい。

この本とりあえず重い。
たしか神保町の古本屋で買った気がするが、持って帰るのにずいぶん重てえなと思った記憶がある。
本文用紙はダル系というかマットコート系で、サテン金藤なんかが近いかもしれない。斤量は(四六判で)135kgくらいあるだろうか。とはいえ重いということはそれだけ紙に塗工がしっかり施されているということでもあり、したがって写真が諧調豊かに印刷されているということでもある。

〈序文〉インデント無し フォントはTimes

序文はインデント無しの箱組みで、やや硬い印象。
フォントはTimes Monotype。Timesはその名の通りもともと新聞用に開発された書体なので、写真の方向性(無感情で機械的な感じ)と、そういった硬さや新聞の客観性みたいなものがリンクしているような気もする。

こんな感じで本当にひたすら同じような写真が、同じレイアウトで最後まで続く。

ぱっと見モノクロの写真なのだが、よーく見ると少しセピア調も入っている気がする。ルーペで網点を見るとベージュとスミ(黒)のダブルトーンになっていた。おそらく黒1色だとここまで深みのある諧調は出ないのだが、画面越しでは伝わらないかもしれない。

すでに紹介した12のように、わかりやすいデザインの工夫や仕掛けはないが、写真集として(さらにコンテンツも含め)これ以上無いというほどシンプルで、エッジが効いている。どんな本にも「こんな本にしよう」という〈コンセプト〉があるわけだが、この本はそのコンセプトの〈純度〉が前の2冊と同じかそれ以上に高いように思われる。

もし宇宙人が地球に来て写真集というものを探しているのであれば、この1冊を写真集のサンプルとして持ち帰ることをおすすめしたい。

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